黒百合編

第133話 後輩ちゃんとそーゆーのもアリで

―――それは突然のことだった。


いろんな人たちとお祭り騒ぎしたり姉さんとめくるめく後夜祭を堪能してしばらくのこと。

性懲りもなく少女ひとりを掌握しようとした私は、だけど。


ぴーっ、ぴーっ―――……


と。

鳴り響く音によって拒絶される。


「ッス?」

「あ……」


慌ててスマホのアプリから残高を確認してみるとそこには燦然と輝く『0¥』の文字。

すっかりノリ気で寝ころんでいた後輩ちゃんもそれを覗き込んで気まずそうな顔をする。


「あーうん……いや、チャージしてなかっただけだから、」

「ベツになくていんじゃないッス? みうは……かまわないッスよ?」

「うんと」


どちらかというと、『私が無理やりという構図』『30分の制限』『手痛い出費』によってタガをかけているわけで。

なんでもできてしまうからこその縛りというか……それをなくして彼女と、もちろんほかのみんなとも『仲良く』するとなんだかやりすぎてしまいそうで怖かった。


とはいえこうして言ってくれる後輩ちゃんに恥をかかせるのも申し訳ない。


ひとまず今回はそれでいいかと、手を広げて私を迎え入れる後輩ちゃんに―――


ぴんぽーん。


「んんぅっ。ごめん」

「あはは。どぞッス」


今は姉さんがいないから無視をするわけにもいかない。

にっこりと笑ってくれる後輩ちゃんにお礼の気持ちでキスをして玄関に向かった。


がさ、と、ちょうどその時郵便受けに何かが入れられる。


カメラで見てみても誰もいなくてなんとなく不気味だった。


とりあえず郵便受けを開いてみると、そこには封筒が入っていた。


黒くて、薄い封筒だ。

手に取ってみると、カード状の固いものが触れる。


どきり、と心臓が弾む。

恐る恐る開いてみると、中には一枚の紙と―――黒色のカードが、入っていた。


光沢のない黒に、黄金の百合。

リルカに似て、だけど、真反対みたいな。

裏には当たり前に、私の名前がローマ字で彫られていた。


『あなたの欲望に黒百合を』


紙に記された文言にゾッと背筋が震える。

LILCAリルカという都市伝説にこんな続きはなかった。

そもそもそれは創作都市伝説とでも呼べるようなもので、変なまとめサイトに載っている以外に噂も何もなかった。白色のカードで女性を買うという―――それだけのものだったはずだ。


―――私は、どうやってリルカを手に入れたんだっけ……?


ふいに過る疑問に身体が凍り付く。

思い出せない。

初めてそれを使った時のことは覚えている。

相手は姉さんだ。私は部屋でリルカを眺めていて、そして隣の部屋に行った。


それはこんな風に封筒に入って送られてきたような気もするし……だけど、まるで初めから手の中にあったような気も、する……


「あ」


もしかしたらと思って、ブックマークしてあった都市伝説のページを開く。

それは当然“LILCAリルカ”についてのページで。

だけど、読んだことのある内容とは違っていた。


「『そのカードには黄金の百合が描かれていた』……?」


この文言は、違ったはずだ。

白銀の百合と、そう書いてあったはずだ。


文章を読んでいくと、その内容もまたディテールが違っている。


―――百合援助交際専用ICカード“LILCA”


これを提示すれば誰にでも私を買わせてしまう・・・・・・・という魔性のカード……らしい。


白のリルカと真逆。

黒のリルカ。

もしやと思ってポケットに手を突っ込んだけど、これまでのリルカは確かにそこにあった。


白と黒が、いま私の手中にある。


―――私はいつの間にか部屋に戻っていた。

ベッドのふちに座っていた後輩ちゃんが抱っこしていた枕をほっぽって笑う。

だけどすぐに私の様子がおかしいことに気が付いたのか首をかしげて、隣に座った私を見上げる。


「どーかしたッス?」

「どうもしないんだけど……その、ね。ちょっと趣向を変えてみようかなぁ、とか」


そう言い訳がましく言いながら、私は黒リルカを取り出した。

リルカの時と同じように、それは一目見ただけで対象者―――後輩ちゃんにその効力を理解させる。


「―――へぇ。そーゆーのもアリなんッスね」


後輩ちゃんの視線が色を変える。

それは最初のころの彼女みたいな小悪魔スマイル。

見下すような視線にゾクゾクくる。


後輩ちゃんはそしてあっさりと私を買った。


そのとたんに私は彼女のものになる。

それ以上の言葉はない。

なぜとかどうしてとか、そんな疑問をさしはさむ余地もないほどに。

彼女に抵抗するということがありえないのだと―――たとえ暴力を振るわれたって、殺されたって、犯されたって、抵抗してはならないのだという強烈な実感がある。


もしも赤の他人なら恐怖したことだろう。

彼女たちの反応を思い返してみると随分と優しいものだったのかもしれない。


だけどそれが目の前の後輩ちゃんだから、この身を包む支配感に幸福さえ覚える。


「なんでもしちゃっていいんッスもんねぇ……♡」

「うん……して?」


後輩ちゃんが私を押し倒す。

そんなことさえ心地よくて両手を差し出すと、後輩ちゃんは瞳を動揺させた。


「な、なんかセンパイそっちのほうがパワーあるッスね」

「だって、みうちゃんにしてほしいの」


彼女のものでいるということ。

彼女にすべてをゆだねるということ。

それはどこまでも心地のいいことだ。


暴力を振るわれても、なんて思いはしたけど。


だけど彼女はそんなことはしないだろう。

自分のしたいように、だけど私を喜ばせるように、気持ちよくするように、楽しくするように、そんなことを一生懸命に考えて、いっぱい、してくれるだろう。


そんな信頼があるから、私はすべてを差し出せる。


後輩ちゃんの首に腕を絡ませる。

ぐいと引き寄せて、吐息を交わす。


「ねえ、ねえ。時間、もったいないよ? ―――満足、できなくなっちゃう、よ?」

「ぁ、う、ッス……」


ごくりと生唾を飲み込んだ後輩ちゃんが、自分の満足のために指を躍らせる。

その視線が、おっかなびっくりの手つきが、たまらなく愛おしい。

だけどもっとしてほしくなる。

私は彼女のものだから、遠慮なんてしないで全部してほしいって思う。


「うふふ。なんでもしていいんだよ? 後輩ちゃんのシたいこと……ぜんぶ、私に見せて?」


私が言うと、彼女はまた唾をのんで。

そしてまず、私にキスをくれる。

普段よりも余裕がない、ぐちゃぐちゃに口の周りが濡れるような、熱い熱い……


ああなんだか、とてもしあわせなきぶんだ。

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