第132話 お祭り騒ぎな彼女たちと(18)

祭りの後の彼女たちと、だけど楽しく帰宅した家にて。


学校祭も終わってこれから日常に回帰しようというその下り坂にいるはずなのに。


私はふたたび、執事服をまとっていた。


洗濯のために持ち帰ったものだ。

記念に買い取りもできるようだけど、そうしない場合はまとめて演劇部に寄贈するらしい。

もちろんこんなものいらないから、もう袖を通すことはないとそう思っていたのに。


―――ネクタイを食んだ姉さんが、ゆらりと私を見下ろしている。


ベッドのふちに座りながら、まるで教室でそうしていたみたいにお話をしているだけだったんだ。そうしたらその体勢からから押し倒されて……なぜだ。


「……♡」


口がふさがっているから、姉さんは鼻からいつもより荒く息をする。

なんで姉さんはネクタイを咥えているんだろう。

そしてなんでそんなことがここまでヤバそうに思えるんだろう。


ごくりと唾をのむ私をじぃぃと見つめて、それから姉さんはゆっくりと体を起こす。

そうするとネクタイはぐぃと引かれて、当たり前に首が締まっていく。


「っ、」


呼吸を仕留めようとする圧迫に指を挟んで食い止める。

だけど姉さんは構わず体を持ち上げて、持ち上げて。

LEDの冷ややかな光に姉さんの顔が眩む。

苦痛の中で見上げる後光。

今自分の命を掌握されているという感覚がゾクゾクと背筋を震わせる。

恐怖と人は呼ぶのだろうか。

だけどそれならどうして、こんなに身体が熱いんだ。


ぴん、と背筋を伸ばした姉さんはネクタイを手で掴んで、口を離す。

それから今度は、ぐ、と急に顔を近づけて私を瞳にとらえた。


「うふふふふ。苦しかったかしら。ごめんなさいね」

「うう、ん」


にっこりと笑う姉さんに、私は笑い返す。

そうすると嬉しそうに笑ってくれて、きゅ、とまたネクタイを引かれる。


「私もゆみと執事ごっこをしてみたかったのよ」

「うん……」


姉さんの中の執事像がどうかしている気がしたけど、思えば先輩もそんな感じだった気がするから大した問題じゃないんだろう。だって姉さんはこんなに笑顔だ。


ネクタイを引かれるままにベッドから降りて、促されるままに四つん這いになる。

ネクタイは首輪であり、リードだ。

姉さんはそうして私をお散歩に連れ出す。

絨毯のひかれた部屋を出て、フローリングの廊下に膝が痛む。

ぺたぺたと手の平が鳴るのに、なんだかたまらなく興奮する。


姉さんはそのまま私を階段にいざなった。

四足歩行で見下ろす階段は、そのまま真っ逆さまに落ちてしまいそうでたまらなく不安で。

だけど姉さんはそんなこと意に介さず、どんどんと下っていく。


恐怖で心臓が弾む。

息が荒れる。

汗がにじむ。

だけど姉さんは、私の首を、引いて、降りる。


だからどうしようもなくて、私は、恐る恐る一歩を踏み出した。


そのとたん、重力が私の四肢を捉える。

落下の一歩手前にいるという感覚。

手はまだなんとかなる。

だけどこの体勢のまま、いったいどうやって階段に膝をつけばいいんだ。


怖い、怖い、怖いっ


「はっ、はっ、はっ」


一歩。

また一歩。

滑り落ちそうな、それとも真っ逆さまに落下しそうな、そんなどちらとも思える不安定さが足を手をすくませる。

だけど姉さんが引くから、私は下りていくしかない。


一歩。

また一歩。


降りていくしかない。


―――そして。


「ふっ、はっ、はぁっ」


ようやく私は、廊下に降り立つ。

姉さんは私をリビングまで連れて行った。

ソファに座った姉さんは私を見下ろして笑う。


「よく頑張ったわね、執事さん。すてきよ」

「あ、りがとう、ございます……」


姉さんからのねぎらいの言葉。

それだけで、全身をがたがたと震わせているこの恐怖感がさえいとおしく思えてくる。

私が頑張れば、その分姉さんは私をほめてくれる―――そういう実感が、首を絞めつける首輪に安堵さえもたらした。


「ご褒美をあげないとね」


そう言って、姉さんはふら、とスリッパを脱ぐ。

露になった姉さんの足。

土踏まずが少し深くて、細やかな分、長さがあるように見える。

きれいに整えられた爪は濡れたようにつやつやしていて私を誘うようにゆらゆらと。


ご褒美。


その蠱惑的な響きが、姉さんの白い足を、まるで極上の氷菓のようにさえ見せる。

そのつま先がふらりと顔に近づいて。

そして私は、犬のように舌を垂らしてそれを待った。


だけど姉さんの足は、すっと持ち上がって離れていく。

膝を抱えるようにしてその頭に頬を乗せる姉さんが、からかうようにまた笑う。


「なにを期待していたのかしら」

「ぁう」


たまらない羞恥心にうつむいてしまう。

なんてはしたないんだろう。

そう思うのに、まるでお預けを食らったかのように、おなかの奥がぐるぐると飢えている。


姉さんはネクタイを引いた。


誘われるままに姉さんの胸に顔をうずめると、見上げた視線の先で、姉さんは緩やかに唇を薄くする。


「好きに奉仕なさい―――それが、執事さんへのご褒美には相応しいでしょう?」

「はっ、うっ」


誘われるままにリルカを取り出す。

じらすようにゆっくりとした手つきでスマホをさらす姉さんに我慢できなくて、奪い取るように買った。


学校祭の最後の思い出がこれでいいんだろうか―――と。


ふとそんなことを思って。

だけど、姉さんが許してくれるんだから、たぶんそれでよかった。

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