第131話 お祭り騒ぎな彼女たちと(17)

こういう時を、なんというんだったっけ。

宴もたけなわ……いや、これは違う気がする。イメージ的に逆っぽい。


……宴もたけなわのたけなわとは一体なんなんだろう。


なんの気なしに傍らの先輩にそんなことを話しかけてみた。

先輩は思い出すように小さく首をかしげながら、ひやりと首筋に指を触れてくる。


「最も盛りのいいタイミングのことだと聞いたことがあるね。つまり、宴会や集まりのピーク……そこからは静かになっていく、みたいな意味合いもあるのかな」

「じゃーおわっちゃった後はなんていうッス?」

「さて。知っているかい? シトギさん」


先輩に話を向けられたシトギ先輩は瞬き、繋いでいた手をふにふにと弄んで考え事。


「シンプルに祭りの後、でよろしいのではありませんか?」

「それまんますぎッスよぉー」


きゃっきゃと笑う後輩ちゃんに先輩ズは顔を見合わせる。

そこでおずおずと手を挙げたのは図書委員ちゃんだ。

お、と珍しそうに目を輝かせる後輩ちゃんの好奇心を向けられてややたじろぎながらも、私の制服をキュッと握って口を開く。


「慣用句のように使われる言葉があるんです。『友達と遊んだ日の夕方は祭りの後のように寂しい』というように」

「そーなんッスかー! みうゼンゼン本とか読まないから知んなかったッス!」

「でも学校祭の後だからほんとに祭りの後だもんね。みうさんがそう言うの分かる……ってゆーかわたしも思ったし」


目を輝かせる後輩ちゃんに、照れたように笑うのはカケルだ。私の肩に手を置いて、「ね?」なんて同意を求めるように首を傾げられるのに私も頷いた。

言われてみれば、比喩的な言葉が比喩じゃないっていうのはなんとなく不思議な感触がある。


ああ、だけど、そうか。

祭りの後、か。

なるほど。


「あー、でもそッスよねー。なんかこー、めっちゃ祭りのあとって感じッス」


彼女もまた納得感があったのだろう、どこか寂し気に笑いながら、ぎゅっと腕に抱き着いてくる後輩ちゃん。見上げる視線に額へのくちづけで応えると、彼女は寂しさなんてどこかへ行ってしまったみたいな満面の笑みでじゃれついてくる。


我ながらなんというか、随分と図に乗った態度だなぁとかそんなことを思いつつ。


「ユミカも、ずいぶんと寂しそうだね」

「あはは。そう、ですね」


くしゃりと柔らかく頭をなでる先輩の手。

先輩が『先輩』としての笑みを浮かべて、寂しがりやな後輩を慰めてくれる。

そうしているとひょいっと親友が私の顔を覗き込んでむむっと口を尖らせた。


「なによっ。あんたはずいぶん楽しんだんじゃないの?」

「あー、まあ……」


なにせ結局、それを願ってくれていたはずの彼女とは一瞬も一緒に回ったりできなかったんだ。

それと比べれば充実していたのかもしれない―――いや。


「でもやっぱり、アイと一緒に回れなかったのは悲しいよ」


先輩たちが最後の一度であるように。

私にとってもまた、これがあとたった二回のうちの一回なんだ。

同じような関係で、同じようなノリではいられなくて。それを思えば、これもまた最初で最後だったはずだ。


それを彼女と一緒に回るのは、きっととても楽しいことだったろう。

なんて思いはそれこそ、後の祭りというもので。


私のつぶやきは、少し湿り気が過ぎていたのだろう。

優しいシトギ先輩が少しだけ目を伏せるのを見逃さず、私はその手を取った。


「後悔はしていないんですよ。おふたりと一緒に回りたいと、そう私が思ったから私はそうしたんです―――だからこれは、私だけのものなんです」


学校祭というのは年にたった一度の機会だ。

だから分かっていたはずだ。

中途半端な立場にいる私は、必ず誰かとしか一緒に過ごせない。


後輩ちゃんとも、親友とも、オノデラさんとも、カケルとも、もちろんサクラちゃんとも、ユラギちゃんとも……そして先輩やシトギ先輩とだって、全員とふたりきりではいられなかった。

そういう、単純な事実だ。


「……なんて。ごめんなさい、ちょっとしんみりしちゃいました」


気を取り直して笑う。

いつの間にか止まっていた足を動かそうとして、だけど他のだれもが動き出さないから失敗した。


「キミは相も変わらず傲慢なことを言うね」

「あー、えと。反論の余地もありませんです」

わたくしたちが独占してしまうのは悪いことだったかもしれませんね」

「そんなことないです!」

「みうもセンパイと回りたかったんッスよぉ? そゆことゆーのズルいッス」

「ごめんね……」

「まあ『コイビト』と回れないのは悲しかったかなあ」

「うぐぅ……」

「わたしはあまり賑やかしい場所は得意ではありませんが……島波さんやサクラちゃんと一緒なら楽しかったかもしれませんね」

「……そうだね。きっと、とっても楽しかったと思う」

「ワタシなんてアンタのせいでボッチだったのよ!?」

「それはアイのコミュ力のせいじゃないかな」

「なんでワタシにだけ当たり強いのよッッッ!!!」

「冗談だよ。執事服のアイ、連れまわしたかった」

「そ、そう……ってやっぱなんか違うじゃないのっ!」


きゃんきゃんと喚く親友はさておいて。

そんな風にいろいろなあったかもしれない文化祭は、どれもこれもが幸福色で描かれる。

だけどやっぱりきっと、その最後は今なんだろうと、そう思える。

祭りの後、後の祭り。

くだらない言葉遊びみたいな寂寥と、選んでしまった私とみんな。


私の過去にIFはない。

ここにリルカ以上のファンタジーはないから、繰り返したりなんかもしない。

はっちゃけすぎた体育祭、先輩たちと回った文化祭―――それがすべてで、それはもう終わった後にいる。


「―――また明日、ね」


そう告げた私には、全方位からの突っ込みが届いた。

我ながらに面白くて、私は笑う。

そういえばまだ、今日でさえ終わってないんだった。

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