第120話 お祭り騒ぎな彼女たちと(6)

ご機嫌な先生におもちゃにされてヘロヘロになっている間に昼休憩の時間になっていた。

といってもみんなでいつものように教室でご飯食べるだけだからそう何があるでもなく、つつがなく午後の部に。


午前中ですでにリルカ5回とかいうはっちゃけ具合だったからさすがに午後は自重しようということで、おとなしく応援した。

私の出場競技である障害物競走も私の働きによってではないだろうけど二位という上々の結果で、個人的にはほとんど私の体育祭は終わったようなものだった―――ああいや。

あとはまあ、あれだ。

大トリが待ってる。


最終競技スウェーデンリレー。


グループ対抗、つまり学年をまたいで一番速い生徒たちを集めた精鋭部隊によるリレー競技。

当然のように国体常連なあのスポーツ娘が出ないわけもなく。


するとどうなるのかといえば……まあ、こうなるんだけど。


―――というわけで、私はいつかみたいに彼女と人気ひとけのつかない場所にいる。


遠くに聞こえる喧噪を他人事に、ガチで勝ちに行くつもりの彼女はトイレで私の胸をもんでいる。


頭おかしいんじゃないのかなこの人。


「あのさ。なんというか、なんだろう。英気を養うって言ったらなにしてもいいと思ってない?」

「わりと」

「正直者は好きだよ。どきやがれこのやろー」


べしっと手を振り払って拘束から逃れようとしたら、苦笑しながら抱き留められる。


「ゴメンってジョーダンだよ」

「冗談で人の胸揉まないでくれない?」

「いやはは、ユミカどこまでさせてくれるのかなって」

「終いには怒るよ」

「ゴメンゴメン。……あの、ほんとにゴメン」


さすがにやりすぎと思ったのかしょんぼりと落ち込むカケル。

しばし肩越しに彼女をにらんでみるけど、どうやらちゃんと反省しているらしいから許してあげることにする。


溜息を吐きながら反対を向いて、彼女の頬をむにっと包む。


「なに緊張してるの」

「え? あはは。あー。……いや、なんかさ。なんかこう……なんかね」


むむむ、と難しそうな顔をする彼女は、それからぽつぽつと語りだす。

聞くところによると、どうやら今回のスウェーデンリレー、彼女のグループが楽観的なのがあまり好ましくないらしい。


わりとうちのグループとかも熱苦しい人たちが集まってるんだけど、彼女と一緒に走る人たちはなんだかカケルがいれば勝てるみたいなそういう雰囲気があって居心地が悪いんだとか。


正直なところ、陸上というやつにあまり造詣の深くない私は別に気にならないけど、これまで本気で陸上競技に打ち込んできたからこそ彼女にはその緩んだ態度が面白くないようだ。


「や、しょせん体育大会だしさ。学校の行事でそんなホンキになる必要ないんだろうし、シンプルにわたしが空気読めてないっていうか気にしすぎっていうか……そーゆーのなんだけどね」


ふと思う。

彼女にとって、陸上っていうのはどれくらい大切なものなんだろう。

私とこうなるずっと前から、ずっとずっと続けてきた彼女の代名詞的なもの。

生徒の少なくない人数にとっては面倒だろう学校の行事―――楽しむ側も、友人たちと一丸になることを楽しんでいるような雰囲気のあるこの体育祭というものでさえ、ここまでこだわりを貫こうとする……それは、私には考えの及ばないくらいに立派なことだと思う。


だけど知ったようなことを言える舌はなく、そして単にそれを讃えてみたところで、今の彼女の思いにはただの重荷だ。


私は少し考えて、けっきょくリルカを取り出した。

私にできることなんてそうはないし。

だからせめて、気兼ねなく、思い切り走りぬいてもらいたい。


彼女はちらっと外の喧騒に視線を向けて、それから私を受け入れてくれる。

こうしてやってみたものの、特になにをするっていうイメージも沸いていなかった。

とりあえず彼女の手を持ち上げて、胸にふにっと乗っけておく。


「いったんこれでどうかな」

「えーっと……けっこうなお点前です?」

「それはよかった」


困惑しながら胸をふにふにされる。

そう楽しいほどのサイズもなさそうだけど、手慰みくらいにはなるようだ。


「あはは。なになに。励まそうとしてくれてる?」

「んー。ちょっと違うかな」


胸をふにふにもてあそばれながら首をかしげる。

なんと言うのが正しいだろう。

うーむと考えながら、とりあえず言葉を選んで口を開いてみる。


「励ます……まあ確かにそうなんだけど、でも別になんだろ、カケルがそう思ってることとか、悩んでること? それに対して何をしようっていうんじゃなくて、それこそほら、英気を養ってる」

「おんなじじゃない?」


首をかしげる彼女だけど、正直私も自分で言ってて同じようにしか思えなかった。

でもなんだか違うんだ。


「なんかね。細かいことは別にどうでもいいんだよね。ただ、カケルが全力で走れればそれでいいなって」

「全力で」

「そうそう。周りがどう思ってようと、それをカケルがどう思ってようと、カケルが走る距離も競技も変わりないでしょ? だからさ、好きな人のおっぱいもんで元気出たから頑張るぞ、くらいの動機で走ればいいじゃん」


まあ、バカすぎるけどね、それ。

性欲で生きてる感じがしてなんかこう、実際そんなこと言われたら哀れみの目を向けてしまいそう。

インハイでも結構そんな感じだったような気がするからなんとも言えないんだけどさ。


もちろんこれはちょっとした冗談みたいなもので、とりあえずそんなに重苦しく考えないでほしいっていうことだけが伝わればそれでいい。


そう思っていたのにカケルはなんとも神妙な表情でうむうむとうなずいて、それからグイっと私を抱き寄せるように胸に顔を押し付けてくる。


「ユミカって、わたしに都合よすぎるよ……」


単純な誉め言葉ではなさそうだ。

ぎゅ、と背中に回された手に締め付けられる。


「そんなこと言われたらめちゃくちゃガンバりたくなっちゃうじゃん」

「ふっふっふ。まんまとだね」

「まんまとだよもう」


彼女は、そして私を見つめて笑う。


「見ててね。勝ってくる」

「ん。期待しとく」


笑みを返せば彼女は自信満々にうなずいて、そうして私の胸をもぎゅっともむ。


「ほら、英気英気」

「……これで負けたら承知しないからね」


なんていうまでもなく。


彼女は宣言通り、最下位で受け取ったバトンを先頭で掲げながらゴールインして見せたのだった。


おっぱいの力ってすごいね。

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