第119話 お祭り騒ぎな彼女たちと(5)

運動不足の保健室登校児の運動不足を解消するためにベッドの上でふたりきりの体育祭を開催したのち、私は保健室を後にした。

へとへとでベッドから起きれなくなってしまった彼女だったけど、まあどっちみちほかの競技には出場しないし問題ないだろう。


そうして人目につかないように席に戻ろうとしていると。


「―――やはり貴様か、島波」

「げっ」

「『げっ』とはなんだ」


校舎から出ようとしたところで、待ち伏せしていた先生にとっ捕まる。

話を聞くに、一応立ち入らないようにと言われているはずの校舎に侵入している生徒がいると目撃証言があったらしい。どうも先輩によるものではなく、普通に見られていたっぽい。


だからって私だって決めつけなくてもいいのに、とそう思いはするけど、事実である以上口にはできなかった。

ふてくされていると、先生はきょろきょろと校舎のほうをのぞき込む。


「それで、もうひとりはどこにいる」

「いませんよ」

「なに? ……ああ。宇津野か」

「そうやって人のプライベートを詮索するのは聖職者としてどうかと思いますけどっ」

「女をとっかえひっかえするのは人間としてどうかと思うが」

「正論が聞きたいんじゃないんですよ!!! とっかえひっかえなんてしてないですし!」


してないけど、まあ不誠実な人間だろうっていうのは事実だ。

今すぐ全員に見捨てられたってなんらおかしなことじゃない。

そんなことを思えば自然とうるむ涙目で睨みつけても、先生はどこ吹く風。


「ほどほどにしておけよ。他の教員に見咎められてもかばってはやらん」


ぽん、と頭をなでてあっさりと去っていこうとするその服の裾をつかむ。

振り向いた視線は冷ややかで、私はひるみながらも果敢にリルカを差し出し―――


そのとたん、リルカを持つ手もろともに掴まれひねり上げられる。

小さく悲鳴を上げる私を気にせずリルカを取り上げた先生はそれをポケットに触れ、ぴぴ、と電子音が鳴る。どうやらそこにスマホが入っているらしい。


先生は用済みとばかりにリルカを私のポケットに滑り込ませ、ぐいと引き寄せ抱きしめてくる。


「後輩や同級生では飽き足らず、今度は私か? なあ島波」


もしかして全部見られている……?

そう問いかけようとした口が、視線だけで塞がれる。

先生はそのまま私を校舎の陰に連れ込み、壁に押し付けて鼻先が触れるほどに顔を寄せてくる。


「―――図に乗るなよ」

「ひぅっ」


まるで真冬の朝焼けみたいに凍てついた視線。

その細長い指が鋼鉄の手枷となって、それだけでもう身動きさえ取れない。

張り付いた肌がわずかな身じろぎだけで裂けてしまいそうになる。


「うん? 今日だけで何人と遊んだ。学校祭とはいえ、ハメを外しすぎではないか。なあ」

「ご、ごめんなさ、」

「何人、と問うたのだ。この私は何人目の相手だ」

「ご、五人目です……」


冷静に考えたらどうかしてるな……?

だけど嘘をつくわけにもいかない。

私は今日すでに四人とこうしていて、そしてだから先生は五人目のリルカ対象ということになる。


たしかに、ちょっとこれは……やりすぎかもしれない。


一日で五回。

いつかのプールを思い出す好記録だ。この調子なら最高記録も目指せるかもしれない。

だから金欠だっていうのに。なにが最高記録だよ私。


なんだか自分のどうしようもなさが悲しくなってくる私。

一方の先生はしばし呆れ、それからぎゅっと私の腕を強く強く握った。

手形がついてしまうことをさえ気にしないようにひたすら強く。


「ぃたっ」


私がたまらず声を上げても気にせず、先生は私を押しつぶすみたいに身体を押し付ける。

これから先生につぶし殺されてしまうのではないかと、そんな風にさえ思えるほどの力強さ。それなのに、抵抗の意思がわかない。


「島波。この間、貴様はこの私に嫉妬を向けたな」

「は、い」


風邪を引いた日。

先生がお見舞いに来てくれた日。

先生が許してくれると知っていたから、私は先生に甘えて、甘えて。


「これはそのお返しというやつだ」

「えっ」


その文脈だと。

まるで、先生が私に嫉妬しているみたいじゃないか。


困惑する私の耳元に、先生の吐息が食らいつく。


「存外悪くない気分だぞ―――由美佳」

「ひゃあっ」


そんなお楽しみ感覚で嫉妬しないでくれませんか?

とか言えるわけもない。

生徒で遊んで楽しいか、と問うまでもなく横目に見える表情は心底から愉悦している。


「さて。あいにく嫉妬などしたことがないのでな。作法は分らんが……さしあたって、そうだな」


嫉妬に作法もなにもないと思いますけど……


なんて考えていられたのは一瞬のこと、先生の顔が動いて、吐息が首筋に―――不良ちゃんに刻まれた歯形に移動する。


「お前の肌を私だけのものにしてやろう。光栄に思え」

「せ、先生がやっていいことじゃないと思いますけど!?」

「安心しろ。私だと露呈するようなバカはやらん」

「私がされたっていうのは一目瞭然なんですけど!?」


なんて抗議の言葉に意味はなく。

そうして先生は、『嫉妬』とやらに従うまま、なんとも楽しそうに私をなぶった。


どっちがハメ外してるんだろう……

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