第118話 お祭り騒ぎな彼女たちと(4)

あけまして、新年おめでとうございます。

今年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。


―――


ずっこけた後輩ちゃんの傷をめいっぱい綺麗にしてあげた後、彼女を保健室に連れて行った。

そのときに分かったんだけど、彼女はどうやら今日も来ているらしい。

いつものベッドが埋まっていて、気になってメッセを飛ばしたら返信があった。

こういうイベントごとは特殊な単位になってるから欠席すると面倒っていう話を聞いたことがある―――といっても、果たして保健室でちゃんと出席として扱ってもらえるんだろうか。


それはさておき居ると分かったなら顔を見ておきたくなってしまうもので。

友達なんかもしばらく出番はないからと、私は保健室にやってきていた。

保健の先生は基本的に外だから、保健室には彼女だけがいる。


「やっほー。来ちゃった」

「……ん」


おや。

なにやら元気、というか活気がない。

ちらっとこっちに視線を向けて、かと思えば寝返りを打って顔を隠してしまう。


「もしかして眠ってた?」

「……別に」


そっけなく答えてまたごろん。

眠たいというよりは、むしろこう、なんとなく私を拒むような感触。

だけどなんだかどうしてか、たまらなくぎゅぎゅっとしてわしゃわしゃ可愛がりたいような……めちゃくちゃ可愛い家ネコを前にしているみたいな、たぶんそんな感覚。


はてさてどうしようかなと思いながらとりあえずベッドの上に乗り込む。

四つん這いになって彼女を見上げると、めちゃくちゃ顔をしかめられる。


「なに」

「元気かなって」

「別に。元気だし。……おかげさまで」


そう言ってまたぷいっ。

やっぱり私がイヤとかそういうことではなさそうだ。

そっと頬に触れて顔をこっちに向けてみると、あんまり抵抗もなく視線をくれる。


彼女は視線をさまよわせて、それから私の唇に注視して、ほんのわずかに頬を染めて目を逸らした。


……やっぱり、そう、なんだろうか。


「あの、さ」

「…………なに」

「や。……ううん。やっぱいいや」


問いかけの言葉を飲み込む。

きっと聞かないほうがいい。

そう思う私に、だけど彼女は言い訳をするように叫んだ。


「あれはっ! ……あれは、ただ、別になにも、わたしは、」

「いいよ。大丈夫。べつに変に思ったりしないから」


安心させるように頭をなでる。

そうすると少しは落ち着いたのか、声を荒げてしまったことを恥じるみたいに布団を持ち上げて口元まで隠れる。


するりとなでおろして頬に触れると、彼女はその手を包むように手を添えてくれる。


「ごめんね。朦朧もうろうとしてるときに、私が変なことしちゃったから」

「……先輩のせいじゃないし」


苦笑しながら謝る私に、彼女は嬉しいことを言ってくれる。

だけどやっぱりあれは心身ともに疲弊した彼女が縋り付いてくれただけのことで、だからあまり能天気に喜ぼうとも思えない。

もちろん、それだけ近くに私を近づけてくれるというだけで幸福ではあるんだけど。

そんなことを思いながら、私は微妙な空気を払しょくするためにリルカを差し出した。

あっさりと受け入れてくれた彼女に笑みを浮かべながらベッドのふちに座る。


「ちょっと疲れたから休憩しよっかな」

「……なんか走ったの?」

「私は午後の障害物競走だけかな」

「走ってないじゃん」


あきれたように笑いながら彼女は隣に座る。

窓から見える校庭では高校生たちが一生懸命に走り回っていて、元気だなぁと他人事みたいに思う。


「ユラギちゃんって足速い?」

「はやいわけなくない?」

「ああうん……」


まあ、そうか。

すごい納得感。


しみじみ頷くと、べしっと肩を叩かれる。

やったなぁと反撃して、されて、ぺちぺちぺしぺし。

たのしい。


「あ、そういえば単位とかって取れるの?」

「ムリに決まってるでしょ。こんど清掃活動みたいなのしなきゃだって。メンドい」

「あらそうなんだ」


とするとじゃあなんで学校に来たの、なんて野暮なことは聞かない。

……やまあ、彼女のまじめさ故っていうのが本命なんだろうけどさ。


「んー。よし。じゃあなんかせっかくだしなんかしようよ」

「なんかってなに」

「や、ほら。体育祭なんだしさ、運動……?」

「先輩って……」

「いやいやいやいやいや断じていかがわしい意味なんかじゃなくてね!?」


リルカとか使ってる分際でよくもまあ言えるなって自分でも思う。

だけど今のはさすがにちがう。


ふたりきりのベッドで体育祭とか、それをいかがわしいと思うのはちょっと精神衛生上よくない。こちとら花も恥じらう乙女ぞ。ぞッ!


「ほら、えっと。こういう機会だし、運動不足解消みたいなね」

「なにすんの」

「えっ」

「やるとしてなにすんの。ここで? こんな狭い部屋でできることある?」


えっと。

保健室……はまあいろいろ置いてあるから、ベッドの上でできるような運動で、運動不足解消できるような……だから全身運動がいいのかな。で、ふたりでできるやつ……うーむ。


ちょっと、あれだ。

さっきの思考が邪魔をして最低なことしか思いつかない。


「あーうん……う、腕立て伏せ、とか……?」

「筋トレじゃん」

「だって他にできそうなのなくない?」

「じゃなにもしないでいいじゃん」


まったくもってその通り過ぎる。

だけど一度口にした言葉をひっこめるわけにはいかない。

私はぐわ、と立ち上がり、こぶしを握りながら彼女を見下ろした。


「ユラギちゃん! そんなこと言わないで頑張ろうよ! 今からでもまだ間に合うよ!」

「なにが」


それはちょっと分かんないけど。


「さあさあさあ」

「えぇ……」


心底イヤそうに、だけど私がうっとうしいからおとなしく腕立て伏せの体勢になる彼女。

がんばれがんばれと声をかけると彼女はぷるっぷるした腕で身体を起こそうとして、


「ぺぐっ」


志半ばで力尽きる。


……おっとぉ。


「え。あの、ユラギちゃん? 想像の百倍くらいザコだよ……?」

「……うっさいし」

「うむむ」


まさかユラギちゃんがこんなにも貧弱だとは。

身体さえ起こせないってそんなことある?


「ほら、支えてあげるからもう一回やってみようよ」

「めんど……」


心の底から面倒くさそうにしながらも、ユラギちゃんは再トライ。

その身体の下に手を差しこんで支えてあげる。

一瞬停止した彼女は私の顔を見て、私が首をかしげるとふいっと下を向いて身体を持ち上げた。


おおー。


……いや『おおー』じゃないんだけども。

なんて思っている間にも彼女はぼふっとベッドに沈む。


「やったよユラギちゃん」

「こんなんで褒められてもうれしくないし」

「一瞬前の自分の体たらくを見てもおんなじこと言えるならぜひどうぞ」

「………………ありがと」

「うん」


でしょうね。

苦笑する私に、ごろりと仰向けになった彼女は自分の身体を抱くようにして口をとがらせる。


「ってゆーか、先輩ってやっぱヘンタイじゃん」

「え? ええっ!? や、今のはだって仕方なくない?」

「けっきょくそういうつもりなんじゃん。ヘンタイ」

「ぐふぅ」


まったくもってそういうつもりじゃないんだけど、当事者に言われてしまうと私が否定したって意味はないだろう。

そうか私は変態なのか……


そうやって落ち込んでいると、彼女は「それで」と身体を起こす。


「次はなにするの」

「え」

「競技、ひとつじゃないでしょ」


―――いいの?


と。

問いかけるのは、さすがに野暮っていうやつだろう。


それならと私は一生懸命プログラムを考えて、30分の体育祭はふたりきりで進行していく。

たぶんほぼジムのトレーニングだったけど、体育祭って言ったら体育祭なのだ。


あいにく単位は出ないけど、精力的に参加してくれた彼女に金メダルをあげたい。

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