第117話 お祭り騒ぎな彼女たちと(3)

よわよわな親友の英気をめいっぱい養ってあげたからか、私たちのクラスはリレーで第三位になった。順位をキープしたうえに間違いなくバトンを渡した彼女は、十分に頑張ったといえるだろう。


校舎裏でご褒美をあげて一足先に席に戻ると、遠くのほうから後輩ちゃんが駆けてくる。

意図してか成長性に期待してか手元まで丈が余るジャージを羽織る彼女は、なんというか、とても後輩っぽいというかなんというか……自分でも言語化しにくいある種の感動みたいなものがある。


手を振って迎えると―――彼女は私の目前で思いっきりずっこけた。

勢いあまってズザァ―――ッ!と滑った彼女は私の椅子に衝突して止まって、「ぐふぅ……ッス」と呻く……って、ええ!?


「だ、大丈夫!?」

「へ、へへ、ヨユーッスよ」


よろよろと立ち上がる彼女はほっぺまで砂だらけで、膝とかめちゃくちゃすりむいてしまっているようだ。なんとも痛ましい……


「とりあえず保健室行こうか」

「やや、ちょちょっと流したらダイジョブッス! バンソーコーだと覆えないッスし」

「そう? じゃあいったん流してみて、それから養護教諭の先生に診てもらおっか」

「メンボクないッス……」


しょんぼりする彼女の手を引いてまず、外にある蛇口のところに移動する。

学内からも敷地外からもほとんど見えないところを選んで、靴と靴下、それに体操服を脱いでもらう。

羽織っただけのジャージは全く役に立たず、体操服は砂だらけだ。

インナーを着ているとはいえ、さすがに他人に無防備な姿を見せたくはない。


「上ぱたぱたしなよ。誰も来ないように見とくから」

「ありがとッス」


そう言いつつ、蛇口をひねって彼女の足を洗っていく。

傷に水をかけると少ししみるのか顔をしかめてしまうから、なるべく痛くないように、弱い水流で、表面の砂を落としていく。


「染みる?」

「ダイジョブッスぅ……」


むぐぐ、と唇をへの字にして我慢している様子の後輩ちゃん。

ずいぶんと痛そうだ。

どうにか痛くなくしてあげる方法はないかなと考えて、ちょっと自分でもどうかなって思うような思い付きをしてしまう。


素面でやるのは色々な抵抗があるから、私はリルカを取り出した。

こんな状況で何をするのかと首をかしげながらも彼女は素直に受け入れてくれる。


私は彼女の足元にしゃがみこんで、そっと足を引き寄せる。

擦りむいた膝は、表面のほこりみたいな部分が取れているけど、よく見ると微細な砂がついているようだ。


「綺麗にしないと、ね」

「センパ、ッ」


彼女がなにかを言う前に、そっと傷口にくちづける。

皮膚がさけてあらわになった彼女の内側に、神経に近い場所に、舌を触れる。

触れる血と、肉の味―――彼女の、味。

目につかないだけで少し砂っぽくて、それを取り去るように、丁寧に舐る。


「ッ、ぅ、」


後輩ちゃんがぴくっと弾んで私の頭を押さえる。

くすぐったいんだろうか。

反応が強い場所を探って、舌先でゆっくりと可愛がってあげる。


「ッ、くぁっ」


ぎゅ、と頭を押さえる力が強くなる。

呼吸が細く荒く細切れになって「センパイ、センパイ、」と切羽詰まったように私を求めてくれる。

それがうれしくて、ちゅぢゅ、と傷口を吸う。

口の中に広がる彼女の体液の味を舌で包んで、じっくり溶かす。

汚れや細菌と混ざったそれを飲み込むのは衛生的によくないと思うから、せめて味蕾にしみこませて、大事に大事に記憶する。


最後に一度傷口を丁寧に舌先でくすぐって、それから私は彼女の手をとんとんと叩く。

彼女は一度だけ私の口をぐりぐりと押し付けるようにしてから、ハッと息をのんで解放してくれる。


「ご、ゴメンなさいッス」

「ううん。ひぃよ」


赤く染まった舌を見せつけるようにさらしながら笑いかけると、彼女はごくりと唾をのんで、そっと顔を近づけてくる。

だけど私は唇に指を触れて彼女を止めた。


「らーめ」


くすくす笑いながら、顔を背けて口をゆすぐ。

口元をぬぐってから彼女の足をもう一度軽く流してあげれば、まあ、さっきよりはきれいになったことだろう。


まだ血のにじんでくる傷口をしげしげと観察してみると、舐めているときにも思ったけど、けっこうザックリいってるっぽい。


「やっぱり保健室行ったほうがよさそうだね」

「そ、そう、ッスか」


もじもじと内またになって足をすり合わせる後輩ちゃん。

行き場がないのか私の髪をくるくるともてあそぶ指先が、ためらいがちに後頭部をくぃくぃと押して欲しがりに誘う。


「ふふ。反対側も、してあげるね」

「ッス……♡」


期待に満ちた視線で見降ろしてくる彼女を上目遣いに見つめながら、私はそっと、彼女の中に舌を触れる―――

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