第115話 お祭り騒ぎな彼女たちと(1)

―――学校祭。


私の通う学校では体育祭一日と文化祭二日の計三日間の日程で行われる。

もっとこう、学校の名前から取ったりモジったりしたイカしたネーミングをつけろよと思わないではいられないシンプルな名前のそれが、今日この日から始まったのだった。


初日である体育祭は、長々とした開会式から始まる。

そのあとはラジオ体操とかして、第一競技の徒競走の後はプログラム通りにやんややんや。

応援したり親友とだべったり、遠征してきた後輩ちゃんとだべったり―――主にだべり倒しの午前だ。何せ私は午後の障害物競走しか出ないし。


さてそんな体育祭の真っ最中。


私は不良を人気のない校舎に連行していた。

なにせみんなは普通に応援したり競技したりしているわけで、当たり前のようにほぼ無人だ。


そして彼女を連れて行った普段の教室で、私は机の上に押し倒された。

なんなら途中から立場逆転で引きずられていたくらい。

律儀にも彼女の机をチョイスしているあたりがそこはかとなく良心的。


「な、なんでしょうかサクラちゃん」

「普段てめぇオレに目もくれず楽しくやってやがるだろ? たまにはオレにもサせろよ」


私の問いかけに、彼女はなんとも不満げながらも答えてくれる。

確かに私は普段、彼女と教室では話さない。

なにせ彼女は授業中は寝てるかスマホだし、そもそも席も遠いし。かと思えば休憩時間にはさっさといなくなってしまうしで―――なにより、屋上という特別な空間を共有しているせいか、逆に学校ではそれ以外の場所で会うっていうイメージがないというか。


そんな言い訳に意味などもちろんないのだろう。

噛みつくように口づけをくれながら当たり前のように短パンの裾から手を潜り込ませようとする彼女をリルカで食い止める。


「きょ、今日はずいぶんやんちゃだね?」

「なんもしねえよ。分かってんだろ」


にやにやと笑う彼女は、なるほど確かに絶対に一線を越えることはない。

だからといってわざわざ境界線を綱渡りする必要もないだろう。

彼女はポケットから無造作にスマホを取り出すとリルカに触れて、まるで何事もなかったかのように続きをしようとしてくるから、改めてその手を食い止める。


「んだよ」

「ううん。徒競走、かっこよかったよ」

「あ゛ぁ? ……チッ。そうかよ」


陸上部の生徒も混ざっていたグループで堂々と一位を駆け抜けていった彼女の姿はたぶん、この体育祭の最大の思い出の一つになるのだろう。

だけど彼女は全くそう思っていないようで、むしろ萎えてしまったのか私の上から降りて椅子にどっかり座りこむ。


「足早いんだね。や、授業でも何回か見たけど、まさか陸上部りくぶに勝つとは」


私が机の上に座りながら彼女を見下ろして笑うと、彼女は何とも面白くなさそうにそっぽを向いて顔をしかめた。


「てめぇがうるせえからだろぉが」

「あらあら」


確かに私は彼女が走っているのを全力で応援したけど―――なるほど。

どうやら彼女は、私の声援を力に頑張ってくれたということらしい。


なるほどなるほど。


「ニヤけてんじゃねえよ」

「えへへ。ごめんって」

「チッ」


気に入らなさそうに睨みつけてくるサクラちゃん。

なんとも不機嫌そうだ。

自重したほうがよさそうだけどついつい止まらない。


「じゃあそんなサクラちゃんにご褒美を上げちゃおうかな」

「あ?」


なめてんのか、とでも言いたげな剣呑な視線に、私は両腕を広げて応える。

彼女はしばらく怪訝な様子で私を見て、試すように身を乗り出してくる。


そんな彼女をぎゅっと抱きしめて、優しく優しく背中をなでる。

すぐに何か口を開こうとする彼女をむぎゅうと胸に押し付けて止めて、私はまるで子供をあやすように、できるだけまあるい声を喉から出す。


「よく、頑張ったね」

「……」


彼女は普段から素行不良で。

一時期は、根も葉もないひどいうわさが立っていたくらいで。

それは単純にイジメと呼べるくらいに、最低の状況だった。

今はまあ、それよりよっぽど素行不良な援助交際女がいるわけだけれど―――ともかく。


そんな彼女が、あんなふうに目立って。

そして授業中とは違って、公然とした雑談が可能なあの空間にいて。


……別に具体的な何か言葉があったわけじゃないけど。

でも、視線と、ささやきと―――気配っていうのは、やっぱり、伝わってしまうものだ。

その内容がただの興味だとか、意外への驚きだったりとかだとしても、かつて悪意にさらされた彼女は、きっとたくさん、傷ついたんだろう。


憤りとやるせなさと……そんな感情が、彼女にはあったように見えた。


そもそもは、だからこうして連れ出したんだ。


どうも彼女は何となくそれを感じ取ってしまったみたいだったけれど、やっぱり、こうして彼女を慰めてあげたいとそう思う気持ちはなくならない。


「ベツに、大して気にしちゃねえよ。強がりじゃねえ」


ゆっくりと顔を上げた彼女が私を見る。

その視線は穏やかで、彼女の言葉が嘘ではないのだとそう告げている。


「オレにはてめぇがいる。……あとはまあ、アイツとかよ」


アイツ―――たぶん図書委員な彼女のことだろう。

私という奇縁は案外良縁だったらしい、仲のいいことだ。


「だからベツにほかのやつになに言われようが気になんねえんだよ、今は」


それから彼女はまたそっぽを向いて、まるでスネた子供みたいに唇を尖らせる。


「―――アイツら、てめぇのことぺちゃくちゃやかましく喋りやがってよ」

「え?」


……うんと。


「な、なにか言われてたっけ?」

「はぁ? てめぇあんだけ言われといて―――」


あきれてにらみつけてくる彼女は、だけど急に言葉を止めて、顔を真っ赤にする。

彼女の脳内で一体どういう変化があったんだろう……なぞだ。


「チッ。うぜぇ」


やがて彼女は舌を打って私を押し倒す。

さっきは机の縦長に倒されたけど、今度は横長だから首がはみ出てしんどい体勢になってしまう。しかも顔を上げようとしたら彼女の手に目をふさがれて止められてさらにしんどい。


「ちょ、首ぐいーなってるから」

「見んな。黙ってろ」

「そんな暴力的な照れかたある……?」

「照れてねえよバカがよ」


がぶり、とのど元に食らいつかれる。

今からまだまだ体育祭は続くのに、がぶがぶと念入りに歯型を刻まれる。


おかしい。

私は彼女のことを慰めるつもりでいたのに……いやまあ、それは余計なお世話だったわけなんだけど……


まあ、彼女が傷ついてないなら……いい、のか……?

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