第114話 普通の生徒会長と

遅くなりましたが、更新です。


―――


信頼するOLさんお姉さんにたっぷり裏切りの味を仕込んであげた。

とてもいい休日だったといえる。


そして翌日。


お昼ごろ、生徒会長さんが電話をくれた。

彼女は最近たまにこうして勉強の息抜きに私を誘ってくれる。

とてもありがたいことだ。


「もしもし」

『もしもし。粢です』

「知ってますよ。ふふ」


彼女は毎回通話のたびにこうして名乗ってくれる。

そういうところもたまらなく愛おしいと思うのはいたって自然なことだろう。


「今日のお勉強のお供はなんですか?」

『本日はココアにしました。ミルクをたっぷりと入れたのですよ』

「いいですねそれ。甘めですか?」

『ええ。今日は普段よりやる気があったので、お砂糖をいつもよりひとさじ多目にしてしまいました』


くすくすと笑う声が聞こえてくる。

やる気があったからお砂糖を多めにするなんて、さすがに可愛すぎる。

たぶんきっと、それはもう集中できたことだろう。


こんな風に彼女はいつも勉強のお供を気分で変えていて、それを聞くのがお決まりの会話なのだ。


「私は今久々にインスタントのラーメンでも食べようかなと。味噌ラーメンです。袋を開けました」


ばりばり。

その音は彼女にも聞こえたのだろう、くすくすと笑い声が届く。


『お食事の準備でしたか。わたくしもお腹がすいてきましたね』

「今日はなに食べるんですか?」

『そうですね……わたくしもラーメンが食べたくなりました』

「おっ。先輩はなにラーメン派ですか?」

わたくしは醤油が好みですね。ただ、うちにあるのは恐らく塩ラーメンなのです……』

「カップ麺でも買えばいいじゃないですか」

わたくし、生麺を謡っている乾麺が好きなのですよ』

「さてはブルジョワジーですね」

『うふふ。そうでしょうか』


電話で話す彼女はずいぶんと印象が違う。

こんな風にインスタントラーメンの話題で盛り上がるとか、学校では考えられないことだ。

そもそも学校での姿を知っている人が、彼女がインスタントラーメンを食べるって知ったら意外に思うことだろう。彼女はなんというか……そういう俗世間的なこととかけ離れていそうな雰囲気があるし。


でも彼女はインスタントラーメンも食べるし、甘い飲み物で英気を養ったりする。

思ったほどはギャップと感じないのが不思議だった。


―――そうだ。


「じゃあ先輩、せっかくだし一緒にラーメン食べに行きましょうよ。まだお湯も沸いてないので」


と言いつつ鍋の火を止める。

ぼこぼことすぐに不満が沸いたらしい鍋をゆすりながら、いちおう保険もかけておく。


「もし勉強に差支えがなかったら、ですけど」


そんな私のいじらしい(?)言葉は、シトギ先輩の小さな笑い声で簡単に吹き飛ばされる。


わたくしが普段から勉学に励むのは、いつでもサボることができるからなのですよ』

「これは失礼しました」


さすがにシトギ先輩は言うことが違う。




―――というわけで、彼女と駅で待ち合わせてラーメン屋さんデート。


位置的に私の方が先につくので、醤油ラーメンがおいしいと評判のお店を調べて待っていた。


やがてやってきた彼女はシンプルなシャツにジーンズというなんともラフな装いをしていて、なんかもうたまらなく好き。


「こんにちはシトギ先輩」

「どうも島波さん。今日はお誘いありがとうございます」

「こちらこそですよ。来てくれてありがとうございます」


軽くあいさつを交わしたら、さっそく調べたラーメン屋さんに向かう。

歩きながらのんびりとお話をして、たどり着いてみれば『ちょっと待つけど見てもげんなりしない』くらいの列ができている。待ち時間40分……さすが有名店の昼時。


「予定よりちょっと長く一緒にいてくれます?」

「はて……予定ですか。ふふ、わたくしの予定は夕餉ゆうげまで空いていますが」


そう言って快く受け入れてくれた彼女と一緒に列に並んだ。

彼女とお話をしていたら待ち時間なんてないようなものだろう。


のんびりとお話をしながら、私にはちょっとしたいたずら心がわく。


早速それとなく手の甲同士を触れてみると、彼女もちょんちょんと返してくれる。

指先を交わしてみると同じように返してくれて、それならと手を握ってみると握り返してくれる。


貴女あなたにしては、手を出す・・・・のが遅かったのではありませんか?」

「人のことなんだと思ってるんですか。……好きな人には触りたくなっちゃうんですよ。どうしても」


っていうか手を出すどころか彼女の素肌にさえ触っているわけなんだけど。なんならハンドマッサージもしたし。

思えばあれだけマッサージ(健全)した彼女と今更手をつなぐのに、こうもドキドキするっていうのも不思議な気持ちだ。


貴女あなたはさみしがり屋なのですね」

「そうなんでしょうか」


にぎにぎと彼女のすべすべな手をさする。

すりすりと人差し指をつまむようにしながらこすり上げて、彼女の指をくすぐってみる。

ぴく、と少しだけ反応した彼女は、だけどなにを言うでもなく私に手を預けたまま。


「先輩は……どうですか? 私と、触れ合いたいって……そう思ってくれますか?」

「さて。どうでしょう」


くすくすといたずらめいて笑う。

そしてそっと私の手を持ち上げると、肩の上に誘う。


「けれどまた肩が凝ってきたかもしれませんので。マッサージをお願いしようとは思っていますよ」

「あはは。それは気合入れてやらないとですね」


彼女の言葉がうれしくて、調子に乗って腕を絡める。

指を深く組み合わせて、水かきをこするようにぎゅ、ぎゅ。


「……島波さん。少しはしたなくはありませんか?」

「そうですか?」


どうやら腕を組むのはダメらしい。

ちぇ、と思っていると、彼女はむずがるように動く。

それに合わせて彼女の肘が私の胸にふぃっと触れて、その途端彼女は口元を震わせた。


なるほど。


なるほどなるほどとうなずきつつ、私はそっと腕を解く。


……もしかして、ほんのちょびっとだけ、意識してくれたりしたんだろうか。


なんて。


「あなたが照れてどうするのですか」

「いやあ、はは……」


ちょっとした不意打ちだったから、つい照れてしまった。

多分きっと、そんな深い意味はなくて、普通に人の胸が当たってたらなにかしら意識は向くだろうから、つまりその程度のことなんだろうけど。


私は今度は、彼女の腰を抱き寄せてみた。


「腕がだめなら、これはどうでしょう」

「……事後承諾とは感心しません」


そういいつつも、やんわりと拒絶したりさえしない。

ちらりと向けられる視線が噛み合って、ほんの少しだけ彼女の瞳が動揺する。

当たり前のはずなのに思いがけず近くて、私も何か気恥ずかしい。


なんて思っていると、彼女は腰に回したほうの手に手を重ねてくる。

そしてまるで自分を押し付けるように、ほんのちょこっと……ほんとのほんとに少しだけ、力を籠める。


だけど私がもっと彼女と近づこうとすると、そっと肩を押しとどめられた。


「これ以上は……勘違いを、されてしまうかも、しれませんので」


ほんのりと桜色に色づく彼女の頬。

困ったように眉を『ハ』の字にした笑みが、緩やかに私を拒絶する。


「それは貴女あなたも困るのではありませんか?」

「……」


なるほど確かに私の立場的に、特定の誰かと恋仲だなんだと噂が立つのはあまりいいことではないだろう。

彼女のそれは単純にそういうことで。


だけど忘れてやいないだろうか。


私といえば、とある人気陸上部員の恋人だったり、図書委員を手籠めにしたり、親友とただならぬ関係だったり―――ともかく噂についてはことかかないような最低の女である。


私は懐からリルカを取り出して、それを先輩にだけちらりと見せる。


「先輩は、どうなんですか? 私と噂になったら……イヤですか?」

「……その尋ねかたはフェアではありません」


『困る』と『イヤ』。

似ているように見えて、でも、明らかに異なるそれら。

彼女が唇を尖らせてしまうのもよく分かる。


私が笑っていると、彼女は身体を寄せて隠すようにしながらリルカにスマホを触れた。


私はそのまま彼女とぎゅっと密着する。

体の半分が重なるくらいだから、傍から見たらそれはもうとんでもないバカップルに見えることだろう。


「私って結構さんざん言われてますからね。先輩の評判にも傷がついてしまうかもですね。ああ。それなら、先輩は困ってしまいますか」


にっこり笑いかけると、シトギ先輩はますます不満げな表情をする。

まったくずいぶんと表情豊かになってくれたものだと思う。

それにしてもこんな言い方はよくなかったかなと少し反省して、彼女に側頭部をすりつけるようにじゃれついてみる。


「ごめんなさい。でも、つい調子に乗ってしまうんです。だって、先輩とこんな風になんの理由もなく普通にお会いできて、手をつないだりして……それって、とっても嬉しいことなんですから」


私が言うと、彼女はしばらく沈黙した後、ゆっくりとため息を吐く。

こんな風に甘えられるのは嫌だったろうか。

そんな不安は、優しく頬を撫でる手に簡単に拭い取られた。


「そんなことは、知っていますよ。……ええ。とってもよく」


くぃくぃと額を触れ合わせて、先輩は言う。

そんな言葉ひとつでうれしくなってしまう私はずいぶんとちょろいみたいだ。


「ふふ。今からラーメンを食べるのだと思うとなにか締まりませんね」

「あはは。そうかもです」


笑みを交わして、顔を離す。

腰を抱いた手はそのままに、重なった体はそのままに。


そんな風に過ごす30分は―――いや、夕方までの数時間でさえ。

ひどくあっという間で、そして深く長かった。

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