第113話 信頼するOLと
ついさっきまでシていたスポーツ娘にシてもらうという、ひとたび冷静になったら羞恥心で焼け死にそうな夜を過ごしたせいで、翌日彼女をまともに見られなかった。彼女もまたろくに私を見られなかった。逆ニーチェ。
っていうかあれってもしかしてテレえっちてきなアレだったんじゃないかという疑惑が……この前の
と思ったので、しばらく放置していたあの人の件も清算しておくことにする。
早速翌日に連絡してみると、そこはかとなく感情のないレスが週末に約束を取り付けてくれた。それ以降は何度話しかけても返答がない。
……私のほうが気が気でないんだけども。
そんなわけできたる週末。
私はなにか決戦に挑むような―――それとも死地に身を投じるような心持ちで扉を開いた。
ら。
玄関からして、真っ暗。
扉を開いて、外からの光を遮断して……それでようやく部屋のほうは常夜灯モードのオレンジ色の明かりがついていることに気が付いた。
カーテンの隅から漏れる明かりが少しだけ薄めるオレンジ色の中、ベッドのふちにお姉さんは座っている。
ベビードール、とかいうんだろうか。
そういう薄地のランジェリーだかナイトウェアだかを着ている。
こうしてみると結構サイズがあるんだなあとかくだらないことを考えつつ、奇をてらうつもりで膝の上に座ってみた。
そのとたんお姉さんは私をそっと柔らかく抱擁して耳元でささやく。
「ほんま警戒せぇへん子やね」
小さな呟きはどこか呆れたようで、なにか疲れたようで。
「一応、お姉さんのことは信頼しているので」
「いつか言ったやろ。
お姉さんの手がするりと顎を撫でる。
唇を割って舌に触れる人差し指を甘噛みしたら、咎めるように人差し指と中指で口を開かれる。
「―――物足りへんかったわ。妄想っちゅうんは」
―――もしかしたらそれは、私がカケルに最も言ってほしかった言葉なのかもしれなかった。
それをお姉さんが……似たようなシチュエーションで放置かましたあのお姉さんが口にするということ。
熱く身体の芯に灯る熱と、皮膚の表面を覆う鳥肌が立つような冷気―――こうして直接的に、明確に、性欲を向けられるということ。
大人の人から、好きな人から、性的対象であると明言されながらに、腕の中にいるということ。
ごくりと生唾を飲む音に、まるで音に惹かれる怪物のように、空いていた手が喉をつかむ。
柔らかく、それなのに強く、命を支える最大の管を―――掌握する。
「ゆみちゃん、なんだかんだ拒絶はせえへんもんね。また今回もせんっちゅうてタカくくっとるん? ―――ドアホが」
お姉さんの唇が首元に触れる。
触れているのかさえ頼りないほどに、だけど確かに吐息が熱く触れて。
「ん、ぶ」
お姉さんの指に潰された吐息の塊が口の端から零れ落ちる。
だらり、と垂れる唾液が顎までつぅと伝う。
あふれる唾液を必死に飲み下す。
お姉さんの味がする。
甘くて少し苦い―――ハンドクリーム? 花のような、蜜のような、香り。
「したで。したよ。ゆみちゃんのせいやで。なんかいしてもしたりん。ハッ。ガキ相手に本気になるたぁ思わへんかったわ。なあ知っとる? ウチが振られた理由の半分はな、性欲強すぎっちゅうて言われてんよ。アホらしやろ。そんな女の家におんねやぞ、アンタ今ぁ」
熱い、熱い、熱い。
吐息が、言葉が、欲望が―――熱い。
熱烈に愛されるという意味を書き換えるような壮絶な体験を今しているという実感があった。そしてそれは今からまた書き換わるのだろうという強烈な予感があった。
心臓が弾む。
そしてもっと性とつながる深い場所が―――疼く。
「安心しい。夜には帰したるよ。……帰りたいっちゅうて思えるんやったらな」
お姉さんの指が、口から抜けていく。
粘度の高い唾液にまみれたそれはゆっくりと顎を、首を下って、服の内側に潜り込む。
心臓になど目もくれず下へ下へ―――おへその下あたりで止まって、粘液をすりつけるように撫で押す。
心音よりも、それは響く音だったのだろうか。
お姉さんの耳にはそれが届いてしまったのだろうか。
そして今指先から、まるでエコー検査みたいに、なにかを感じ取っているのだろうか。
「準備、できとるやん。ゆみちゃん」
あざ笑うように、それとも興奮をかみしめるようにじっくりとした言葉。
準備。
お姉さんを受け入れる準備。
女を受け入れる準備。
できているのだろうか。
分からない。
だけど―――
「……信頼って、どういうことだと、思いますか?」
「なに。今更ヤメてとか言うん? せやったら―――」
「私は」
「んぅ。な、なんよ」
なにか言葉を続けようとしていたお姉さんをぶった切って主導権を強奪する。
もはやこのたじろぐような反応の時点でいろいろと察するところはあるけれど―――この前失敗したことを二度も同じように……ちょっとグレードアップさせた程度でやるとかずいぶんと舐められたものだ。
「信頼っていうのは、裏切られないって信じることだとか、信じて身を任せるとか―――そういうものじゃないと思っています」
「う、うん」
「信頼は、その人に期待やお願いを裏切られてもいいって、そう思って信じることなんだと思うんです」
すっかり緩んだ拘束を解き、振り向きながら押し倒す。
お姉さんの顔の横に片腕をついて見下ろしながら、私はゆっくりとブラウスのボタンをはずしていく。
「その人にもし裏切られたって許せてしまうような―――そんな風に相手の力を、心を、行いを、全面的に信じることだと思うんです」
最後までボタンの外れたブラウスは当たり前のようにふわりと開いて、勝負下着とは呼べない極めてシンプルな下着が露になる。
お姉さんがどこに視線をやればいいのか分からず目をぐるぐる回しているのにうっかり笑ってしまいそうになりながら、私はこれ以上ないほどの無表情で首をかしげる。
「お姉さんは、私の信頼……裏切って、みたいですか?」
「…………み、みたぁないです……申し訳ありませんでした……」
大の大人が女子高生にマウントポジション取られてガチで謝罪している図。
ひどく無様だ。
今、お姉さん史上いちばんきゅんときたかもしれない。
イケナイ扉が開きそうだ。自制しなければ。うんうん。
「ふふ。そうですか」
とはいえひとまず謎の達成感を獲得することには成功したのでよしとして、私はくすくす笑いながら彼女にリルカを差し出した。
……おっと。つい無意識で。
「ゆ、ゆみちゃん? あ、あんなぁ。いまウチこんなやし、いやあのそれはウチが悪いんやけど、」
ぐいぐい。
「えぁ、そ、そうや、電気だけでもつけへん? ほら、やっぱこういんってあれやあのぉ……そう! 暗いと目ぇ悪うなるし、ウチみたいにコンタクトとかしとうないやろ? めんどいんやでこれほんま」
ぐいぐい。
「……ぎゃ、逆になんやけど、え、ナニする気なん……? ウチがおかしなこと考えとるんが間違っとるんよね……? いつもみたいに、っちゅうのもなんや無様な話やけど、癒してくれるみたいなことなんやよね……?」
ぐいぐい。
「あ、あかんからね? せえへん。ウチほんませえへんから。っちゅうかあれよ、したっちゅうんもウソやし? ゆみちゃん相手にそういうん罪悪感やばいんよ。冗句やん冗句。ウチうまかないねんけど、あは、は……わ、わかる?」
ぐいぐい。
「……おし。今わかったわ。警戒ないんって…………ウチやん……」
ぴぴ。
ようやく観念した(もちろん、リルカを見せた時点で陥落は確定事項だったわけだけど)お姉さんの耳元に、笑いながら口を寄せる。
「お姉さんのほうはどうですか?」
「な、なにがよ」
「信頼―――裏切られる準備、できてます?」
たぶん火を見るよりも明らかな問いかけに、お姉さんがなんと答えようともはや関係はない。
もちろんおかしなことはしない。してやるものか。
いつも通り、癒してあげたいっていうのが私の思いだ。
なにせあんなドアホなことをしようと思ったくらいなんだ―――それはもうしっかりと
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