第111話 夕暮れの図書委員と
反逆の双子ロリ(おねえちゃん)がいもうとちゃんを貪る背徳の光景を見たせいで罪悪感がひどい。見てはいけないものを見てしまったのはまちがいない。全部私のせいなんだけどそんなことは問題じゃないのだ。
というわけで癒しを求めて彼女のもとへ。
図書室に向かうと……なんとまあ。
どうやら今日はずいぶんと暇だったらしい。カウンターの向こうで彼女が眠っている。
しれっとカウンターの向こうに回って、椅子を持ってきて隣に座ってみる。
さすがにそれだけでは目覚めたりしないようだ。
くぅくぅと可愛らしい寝息を立てる彼女の髪をなんの気なしにいじくってみる。
さらさらしていて心地いい。
うーむ。癒し。
のんびりしていると、見知らぬ後輩が本の返却と貸し出しにやってくる。
それくらいの動作は私にも分かるので処理してあげると、彼女はとなりの本職さんにちらちら視線を向けながらも去っていった。
たぶん常連さんなんだろう。顔見知りとみた。起こしてあげたほうがよかったかな。まあいいか。
その後も何人か本を貸し出したり返却したりしつつ、放課後の図書室で彼女と過ごす。
喧騒は遠く、なにか別世界みたいな感覚があるからこの時間の図書室は好きだ。
学校っていうものがまるで他人事みたいに思える不思議な感覚。
保健室と図書室って、なんだかそんな感じ。
で、けっきょく最終下校時刻寸前―――つまり図書室の閉室時間までそうしていましたとさ。
なかなか有意義な時間だった。
好きな人の寝顔を独占できたっていうんだから、それ以上のことはない。
とはいえ時間は時間なので、私はカウンターの反対側に回ってから彼女の肩をそっとゆすって起こしてあげる。
「おーい」
それはもうずいぶんと気持ちよさそうに寝ているから少し申し訳ない気持ちになるけど、まじめな彼女に変なマイナスをつけるのもかわいそうだ。
「―――……っ、あ、あれ? えと」
ぐば、と起き上がった彼女は状況を理解しようとくるくる見回して、それから私に視線を留める。
「お、おはようございます……?」
「あはは。おはよう。もうそろそろ下校時間だよ」
「あ、はい。……えっ!?え、わたし仕事……」
「誰も来なかったんじゃないかな? 来たなら声くらいかけるでしょ」
「そうです、か……?」
「うんうん。だから私も声かけたんだよ。はいこれ」
「は、はい」
本当は返却された一冊をとっておいたやつだけど、彼女にぴっぴとしてもらう。
これはせっかくだし家に帰ったら読むとして。
「せっかくだし一緒に帰らない? ちょうど用事あってこんな時間になっちゃったもんだからさ、一人で帰るっていうのも寂しいじゃん」
「はいっ。そういうことでしたらぜひご一緒します。えと、」
「先行って待っとこっか?」
「そう……ですね。はい。校門のあたりで」
「おっけー」
いったんのお別れにばいばいと手を振って校門に。
待ち受ける先生たちに、それはもう図書室が大盛況で忙しそうだったという事情を伝えてちょっぴり大目に見てもらうように持ち掛けて、校門の外で待つ。
なんだかんだ時間内のぎりぎりで彼女はやってきたから杞憂だったけど、ともあれふたりで帰路につく。
「一緒にって言っても小野寺さんの家私知らないんだよね」
「あ、わたしあっちの方なんです。島波さんの家と方向は同じですね」
「それはよかった。校門でさよならとか意味ないもんね」
「ふふ。そうですね」
なにげなくおしゃべりしながらてくてくと歩く。
彼女の声は、こんなささいなおしゃべりでもまるで詩の朗読を聞いているみたいにゆったりと響いて心地がいい。
それにこうしていると、なんとなくとても青春感がある。
こんな風にして人は恋愛に至るのだろうか―――なんて。
とっくに私のほうがベタ惚れしちゃっているわけなんだから、そんなの今更だけど。
―――ふと。
特に理由があるわけでもなく、言葉が途切れる。
ひとつ話題が終わって、次に行くためのちょっとした間隙。
彼女が言う。
「……いつから、いてくれたん、ですか?」
「いつからって、起こしたときから」
「それが嘘だということくらいは分かります」
立ち止まる。
数歩先に歩いた彼女は振り向いて、夕焼けを背負ってゆらりと笑う。
メガネのふちに弾んだ赤い日差しがまばゆくて、自然と世界から彼女だけを切り取る。
問い詰めるようではなく、ただ単に、彼女は本当のことを知りたいらしい。
「まあ、放課後すぐくらいからかな。ホームルームがゆっくりだったから」
「そんなにですか」
「あっという間だったけどね」
言ってから、ちょっとキモいかもしれないと思う。
だけど彼女はぱちくりと瞬いて、それからはにかんで笑った。
「恥ずかしいです」
「可愛かったよ」
「もうっ」
一歩近づいて、ぽこっと軽くたたかれる。
ずいぶんとおちゃめなことだ。
……
私は。
ひどく意識的に、彼女の頬に触れていた。
そっとなでおろして、その小さな顎を、くい、と、上げる。
「キス……していい?」
ずうっと彼女のそばにいて。
彼女の寝顔を見て。
彼女の香りをかいで。
彼女の寝息を聞いて。
そうしている間に溜まった大好きが、つい、口から零れ落ちる。
彼女はそういう気持ちじゃない。
私を好きとは言ってくれるだろうけど、恋愛をするつもりも、こんな不誠実な私を特別にしてくれることもない。
分かっている。
分かっていても―――
「……ごめん。忘れて」
ぽん、と頭をなでる。
さすがにうまく笑えていないと自分でもわかる。
最近たくさんの人に積極的に好きを伝えてきたせいで、すこしタガが外れていたんだろう。
私が好きでさえあれば伝えてもいいのだと、そんなひどく傲慢な勘違いをしてしまうところだった。
苦笑しながら下ろす手を、彼女がそっと掴む。
「……たとえば」
きゅっと私の手を握りながら、彼女が私を見上げる。
「たとえばわたしがうなずいたら―――あなたにとってわたしは、特別になりますか?」
「それはとっくに、かな」
まったくもってひどく自己中心的―――とかいう自嘲と反省と自責はいったん乗り越えて今にいるつもりだ。
だからまっすぐに彼女を見つめる。
彼女は少したじろいで、それでも視線を外さなかった。
「そうでした、ね」
笑う。
笑って。
「―――サクラさんには、ヒミツですよ?」
つま先立ちで、ほんのひとときだけ近づいた顔。
唇は私の唇のほんの片隅にだけ触れて。
「ふふ♪ これでわたしもお仲間ですね」
「お仲間……?」
「島波さんと爛れた関係を築く皆さんのお仲間ということです」
「うーん。びっくりするほどぐうの音も出ない」
困ったな、と笑いつつ。
調子に乗って彼女の手を取ってみる。
そのまま指を絡めると彼女は恥ずかし気にうつむいて、だけど何も言わず、振り払ったりもしない。彼女は性格的に嫌でもそういうことができなさそうだから、嫌がっていないかどうかをしっかりと観察した。
……ふーむ。
「! も、もうっ! 一回だけです!」
「最初のは0.5回分くらいだったから今ので一回だよ。もう二度としない」
「に、二度ととまでは言っていませんけど……」
「いいやしない。絶対にもう二度としない」
「それはおかしいと思いますっ」
「じゃあいい?」
「え…………い、いいでんむっ」
うーむ。
どうやらなんだかんだ彼女は緊張しているらしい。目に見えて思考力が落ちてしまっている。
悪いことをしたかもしれない。
「もお……」
でもなんだかんだによによと緩む口元を見るにまんざらでもなさそう。
これは……調子こかせてもらおうかな。
「ところで、お仲間なんだよね?」
と言いつつリルカを取り出す。
彼女はきょどきょどと視線をさまよわせて、だけどかろうじてうなずく。
なるほど。
「じゃあなにしてもいいんだ」
「な、なんだかいきなり豹変しすぎではありませんか?!」
ずざざ、と距離を取ろうとする彼女だけどあいにくとすでに拘束はすんでいる。
そして抗うこともできずスマホが触れて、私は笑う。
「まあじょうだんだけど」
「じょ、冗談ですか……」
「でも、もっとしたいのは、ほんと」
ぐいと引き寄せて、顎をつまむ。
顔を寄せて、彼女の許しがあればいつでも何度でも触れられるくらいに、近くに。
「―――いい?」
「ひゃ、ひゃう」
彼女の鳴き声はたぶん肯定。
そういうことに、した。
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