第107話 ダメな先輩と
「たまごがゆ美味しい……」
たまごがゆ美味しい……
たまごがゆ、ああたまごがゆ、たまごがゆ。
豪勢というのとはまた違う意味で特別なお食事。
なにせ風邪をひいた時しか食べられない。
いや、別に姉さんはお願いしたら作ってくれるだろうけど、なんとなく風邪の日じゃないとダメっていう感じがする。
やさしくてあたたかい、安らぎの味。
疲労に満ちたからだがほかほかと温まっていくのがわかる。
つまりまあ、思いっきり風邪をひいたわけだった。
弱々しい保健室登校児と同衾して温めてあげたおかげで、彼女の保有する風邪のウィルスを拾ってしまったらしい。
弱々しいのは私だったというわけだ。
……うん。
「―――ごちそうさまでした」
食べ終えた器をわきに置いて、一息。
適度におなかいっぱいで、なんだかちょうどよく眠たい気分。
今日明日とお休みだから心置きなく休息できる。
とりあえず寝ておこうかなと目を閉じて。
開くとベッドサイドに先輩が眠っていた。
組んだ腕の上に顔を乗せて、けっこう厳しそうな体勢で安らかな寝息を立てている。
いつの間にきて、そしていつからそこにいたのだろう。
身体を起こすベッドの軋みで先輩のまぶたが震えた。
彼女のぼやけた瞳がゆるやかに私を捉えて、そっと笑みの形に頬が緩む。
「やあ。おはようユミカ」
「おはようございます。そばにいてくれたんですね」
「そのつもりだったけれど、どうやら眠ってしまっていたらしい。すまないね」
「いえ。ありがとうございます。ふふ、幸せです」
さわさわと指先を触れ合わせる。
指先を牙みたいにがぶっと噛みつくと、先輩の手は素早くそれをよける。
すぐにお返ししてくるのを避けて反撃。
ひょいがぶひょいがぶ。
ぐわ、ぎゅぎゅ。
「あ、捕まっちゃいました」
「あはは、捕まえたよ」
私の手に噛みついた先輩は、そのまま指を絡ませて私を捕らえる。
私がその手を引っ張って引き寄せると先輩は素直にベッドに上がってきてくれて、ためらいもなくくちづけをくれた。
「うつっちゃいますよ」
「そうしたらキミが看病してくれるんだろう」
「回復祝いにデートとかしてくれないんですか?」
「ふふ。ああ確かに、それは魅力的だ」
先輩は笑って私の隣に寝そべる。
どうやらだからといってやめるつもりはないらしい。
いたわるように頬に触れる先輩の手が、柔らかに撫でて安らぎをくれる。
やさしくてあたたかい。
疲労に満ちたからだがほかほかと温まっていくのがわかる。
こうして付きっ切りでお見舞いをしてくれた先輩に、お礼をしたいと思うのはしごく自然なことだろう。
そう思って、先輩の手を服の中に誘う。
楽でいたいからパジャマの下にはなにも着ていない。
先輩の手は氷みたいに冷たくて、火照った肌に心地いい。
「寝汗、かいちゃってますよね」
「ユミカ。言っておくけれど、ボクは善人であったことなどないよ」
「先輩は優しいですよ」
ぷちぷちとボタンを外していく。
先輩の目がわずかに見開かれる。指先がこわばっていくのが肌越しに分かる。
先輩の興奮と緊張が―――伝わる。
「私、今とっても弱ってますね」
「ユミカ」
「身体だけじゃなくて、風邪だと心が……とっても寂しくて。目が覚めたとき先輩がいて、とっても嬉しかったんです」
理由。
理由。
理由。
私を好きにできる理由。
先輩の目の色が黒く、黒く染まっていく。
服の中で先輩の指が震える。
吐息が熱くて、肌にしみこむようによくなじむ。
「……なる、ほど」
なにがなるほどなんだろう。
そう思っていると、先輩の手がそっと私から離れていく。
無意識にその手を捕まえて、捕まえたあとでそうしたことに気が付いた。
先輩は柔らかく微笑んで、パジャマの中、胸の合間にくちづける。
そのまま頬ずりをしながら這い上がってぎゅうと抱きしめてくれる。
「これは、ユミカなりのお礼といったところかい?」
「こういうのは、イヤですか?」
「分かってて言ってるだろう。まいったよ、まったく」
先輩の唇が頬に触れる。
ちゅうと撫で上げて、耳元にささやき。
「―――次はめちゃくちゃにしてあげよう」
「
そっとリルカを取り出す。
こんなこともあろうかと手元に置いておいたんだ。
先輩の目が大きく見開かれる。
その首に腕を回して肌をすり合わせる。
「今は、じゃあ、ダメなんですよね? 先輩」
「……………………………………うん」
苦汁と苦虫シェイクの喉越しはよほど劣悪なんだろう。
それはもう悔しそうに先輩はうなずいた。
口にしてしまったからには先輩は裏切らないだろう。
私がどんなお礼をしてみたところで、先輩は今回はなにもできない。
別に先輩がそこまで言ったわけではないけど、この顔を見るに今回は私の勝ちだろう。
というわけで誠心誠意お礼をさせてもらおう。
私は笑って先輩を―――
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