第106話 弱々しい保健室登校児と
お望みの親友にちょびっとだけ特別なことを教えてあげて、とんでもないことに気が付いてしまった。
けっきょくリルカ、節約してなくない……?
減りゆく貯金残高はまだ消滅にはやや遠い。
バイト代を考えてもふた月……もたないかもなぁ、っていうくらい。そもそも毎日使うわけでもないっていうのを踏まえてそれだ。場合によってはもっと減りが早いだろう。
……分かってるんだけどなぁ。
分かっていても、ついつい好きな人のところには足繁く通いたくなってしまう。
会ったが最後なんだかんだリルカを使いたくなるのももはやお決まりみたいなもので、それが普段から一緒にいるような相手でなければ特にそうだ。
それでもなるべく使わないように触れ合おうと決心しながら、私は保健室にやってきた。
養護教諭の方は今はいない。
もちろんそれを見計らったわけだけど―――なんとそこには、生徒もまたいなかった。
生徒っていうか、ユラギちゃん。
どうやら今日はいないらしい。
メッセージを飛ばしてみると、既読はすぐについた。
だけどしばらく待ってみても返信はないようだ。
―――というわけで放課後、私は彼女のお家にいた。
放課後を見計らったように返信があって、どうやら彼女が熱を出して病欠しているらしいと知ったので、やや強引に住所を教えてもらったというわけだ。
きっとずいぶん心細かろうと思ったからいろいろ持ってお見舞いに訪れると、彼女ではなく母親らしき人が私を迎えた。
彼女は私がユラギちゃんのお見舞いに来たのだと言うとたいそう驚いて、今すぐケーキとか買ってこようとしてくれたので丁重にお断りしておく。
ひとまず彼女の部屋に案内されて、ものすごい涙ながらにユラギちゃんのことをお願いされたから、とりあえず私は笑っておいた。
「お見舞いくらいしかできませんから」
友達のお見舞いに来ただけのことを、そう大仰に取ってほしくない。
そんな私の言葉をどう受け取ったのかは分からないけど、反応は見ずに彼女の部屋へと入った。
いつものように、と言うべきか。
彼女はベッドのふくらみとしてそこにいた。
扉が閉まる音に反応して顔を出した彼女は、私がコンビニの袋を持ち上げると小さく笑う。
「おはよ」
「寝てないし」
「あらそう」
ベッドに腰かけて袋を置く。
そっと顔を覗き込むと、彼女は頭に冷えピタを貼って寝転がっていた。顔が少し赤くて、目元が腫れぼったいし、なんとなく瞳がぼんやりとしている。
メッセではそこまで大したことはないと言っていたけど、けっこうしんどそう。
寝てないっていうのも、どうやら嘘っぽいし。
目元にかかる髪をそっとよけて頭をなでる。
くすぐったそうにむずがって、だけど彼女は拒んだりしない。
弱っている彼女をこうして慰められることがたまらなくうれしい。
「プリン買ってきたよ」
「ぷっちん?」
「プッチン。ふふ、ほんとに好きなんだ」
なにか買っていくものがあったら言ってと連絡したら、たったひとつだけおねだりされたぷっちんのプリン。彼女がわざわざお願いしたくらいなんだからそれはもう大好物なんだろうとそう思ってもちろん買ってある。
三連に並んだそれをさっそく取り出せば、彼女はゆるりと笑みを浮かべた。
だけど包装を解こうとする手はそっと止められて、むすっと唇を尖らせる。
「冷やして食べるから」
「おお。確かに」
それもそうだと笑ってプリンをしまう。
代わりに取り出したスポーツドリンクを揺らすと、彼女は身体を起こして受け取った。
「ありがと」
「どういたしまして。寝汗とか大丈夫?」
「べつに」
スポーツドリンクをくぴくぴと飲んだ彼女は、それからふと私を見る。
「もしかして先輩変なこと考えてんの?」
「えー。……まあいちおう汗拭きシートは買ってきたけど」
「うわキモ」
「あはは。さすがに冗談だよ」
さすがに彼女相手にそんなことをしようとは思わない。
せっかく少しは心を開いてくれたような気がするのに、そんな最低な理由で嫌われたくないし。
とりあえず取り出した汗拭きシートは枕元に置いておく。
ほかにもゼリー飲料とか買ってきたものをいろいろと紹介してみたけど、今はどうやらスポーツドリンクだけで十分だったらしい。寝転がった彼女はぶるっと小さく身震いする。
「あぁー、さっぶ」
「ごめんね起こしちゃって」
「だから寝てないって」
むすっとする彼女の体を、布団を引き上げて包んであげる。
頭をなでると穏やかに目を細めて、ちょっとだけ気恥ずかしそうに口元まで布団にうずもれた。
「……ありがと」
いつにも増して素直な言葉だ。
うなずきで受け取って、それから笑う。
「こっちこそ、ありがとう」
「なんで先輩がお礼言うの」
「こんなとき、そばにいさせてくれたから」
「……意味ワカンナイし」
こうして弱った彼女のそばに入れてくれたことが嬉しいなんていう私の自己中心的な感動は、どうやら彼女には理解できないらしい。
それでも私の気持ちくらいは伝わるのかむずがゆそうにする彼女の胸元を、ぽんぽんと優しくたたきながら寄り添って寝転ぶ。
「おやすみ」
「……寝ないし」
「寝てないんでしょ? ならちゃんと寝なきゃ。身体をあったかくしてね」
「べつに大丈夫だって」
なんでこんなに睡眠を敵視しているんだろうこの子。
だけど風邪にはやっぱり栄養と睡眠が一番だ。
栄養はまあ冷蔵庫にでも入れてもらうとして、せっかくだし睡眠くらいは提供しておこうかな。
私はリルカをとりだす。
彼女はあっさりとそれを受け入れてからかうように笑った。
「こんなときにでもするんだ? 先輩サイテー」
「えぇー。それはひどい」
くすくすと笑いながら布団に潜り込む。
軽く身体を絡めて、ゆっくりと胸元をなでさする。
「なにされちゃうわけ?」
「ふふ、なにかなぁ」
にこにこと笑いながら、彼女の呼吸に合わせてなでなで。
楽しげにしていた彼女は次第にうつらうつらとしてきて、それに合わせて不満げに口をとがらせる。
「……さいてー」
「ゆっくりおやすみ」
「…………うん」
ごろりと寝返りを打った彼女と向かい合う。
ゆるりと私の手に指を絡ませて、そのまま彼女は目を閉じた。
「おやすみなさい」
「……」
すっと持ち上げた手にくちづける。
すると彼女は目を開いて、聞こえないくらいの声で何かをささやく。
問い返す間もなく目を閉じて寝息を立ててしまったから内容はわからなかったけど、まあ、それもいいかなとそう思う。
そうして彼女が熟睡するまでのしばらく、私は彼女と一緒にベッドの中にいた。
普段よりもずっと熱いからだに、それなのに体温が奪われていくような不思議な心地があった。
元気になってもけっきょくベッドの中で会うんだからなんとなく面白いなとそんなことを思って、そうしているうちに私は眠っていた。
夢の中で、なにかとても甘いものに触れたような―――そんな気がした。
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