第105話 お望みの親友と

わがままな後輩ちゃんがちゃんとわがままを言えるようにと教育したりして過ごしていたある日のこと。


私は親友と一緒にラブホテルにいた。


不思議なことにまたいつものホテルだ。

お姉さんの疲れを癒し、姉さんと未来の義姉ねえさんによる痴話げんか(?)に巻き込まれたあのホテル。

そろそろメンバーズカードとか作ったほうがお得かもしれないとか思い始める今日この頃。高校生がラブホに入り浸ってるとかまた変な噂が立たないだろうか。


なんて。

そんなちょっとした現実逃避をさえ許さないとばかりに、彼女の手が私の背に触れる。


「……アンタって、背中キレイよね」

「そうかな」


シャワーから飛び出すお湯が流れ落ちる私の背中。

彼女の手は水流とともに背筋をなぞり降りて、尾てい骨に流れる曲線を撫でさする。

まるで壊れ物にでも触るみたいにこわごわとお尻に触れる指先がこそばゆくて私は笑った。


「くすぐったいよ」

「ぁ、……ゴメンなさい」

「別に、謝る必要はないんだけどね」


シャワーを止めて、くるりと振り向く。

目を見張って息をのむ彼女に少しだけ身体が熱くなって、だからといって何をするでもなく彼女の手を引いて浴室を出た。

どことなくぼんやりとした彼女の身体を拭いてあげて、自分の体もぱぱぱとふき取る。

バスローブを着てから彼女をベッドに誘えば、おぼつかない足取りで隣に座った。

そしてふと背後に視線を向けて、耳を澄ます。


「―――雨、もう止んだわよね、きっと」

「そうかもね」


休日にふたりで遊んでいたときに、文字通り水を差したにわか雨。

視界がけぶるほどのざんざん降りから逃れようと走り出したとたんにずっこけた彼女はどうやら足をひねったようで、ひとまずここで雨宿りしてみたというわけだ。


普通にラブホを雨宿りに使おうと思えてしまうあたり、小馴れ感あるよね。おかしいな、私女子高生なのに……。


「……ありがと」

「んー、ふふ。どういたしまして。まだ痛い?」

「少しは良くなった気がするわ」


ひょい、と足を上げて見せる親友。

スリッパがぷらんぷらんと揺れる足先。

その付け根、つまりは足首は、少しだけ赤くなってしまっている。

多分下手に動かすとまた痛んでしまうだろう。私はそっと手を添えて、ゆっくりと彼女の足を下ろさせた。


彼女は自分の足を見下ろしていて、だけど不意に私を見る。


「こういうところ、よく、来るの?」


きゅ。

と、彼女の手が私の手を握る。

不安げに揺れる瞳が私を見ている。


……これ以上に答えにくい問いかけがこの世にあるだろうか。


「………………えっと。来たことはあるけど、したことはない」

「なによそれ」


むす、と不機嫌そうに吊り上がる眉。

冗談かなにかとでも思われているのかもしれない。

だけど恐るべきことにこれが事実なのだ。


どう説明しようかと頭をひねる私だったけど、どうやら彼女にはそんな素振りだけで十分だったらしい。またなにかおかしなことをしたんだろうとでも言いたげな呆れとともに納得された。


ぐうの音も出ない。


「でも……そう……他の子とも、そういうことはしてないのね、アンタって」

「まあ、そりゃね。わっ」


うなずくと、彼女は突然私を押し倒す。

見下ろす体勢だと、バスローブの隙間から彼女の体がよく見えてしまうから、たまらない。

彼女の目だけを見つめる私に、親友はぼんやりとつぶやいた。


「ワタシって、特別よね」

「そうだね」

「なら、ワタシだけとは……シてみても、いいんじゃないの?」


まるでそれが素朴な疑問であるかのような無垢な問いかけ。

前回のセフレの件を引きずっているらしい。

彼女なりにそういう行為について真剣に考えた結果訳が分からなくなったといったところだろう。たまにあるのだ、こういうバグった彼女は。


―――だけど。


だからこそ、これは彼女の願望のひとつでもあるのだと。

そう言えるのかもしれない。

なにせ彼女のムッツリは、今に始まったことでもないんだし。


だとしたら、私の答えは決まっている。

というかむしろ、そっちはどうなんだっていう話だ。


私は彼女をグイと押して、体勢を入れ替える。


布越しに身体を重ねて、顔に手を張り付けるようにして中指を咥えさせた。


「そういうアイは、本当に私とできるの?」

「らりゅ、ゅみ、ぇお、」


ぐちゅぐちゅと舌をいじめる。

喉の奥を突いてえづく彼女がこぼすしずくを丁寧に舌で拾い上げる。

私を押して離そうとするのを無理やり押しつぶすように身体を押し付ける。


そうしたら今度は耳たぶを噛んで、どこか夢うつつといった彼女を強引に現実に引き落としてあげた。

私の前にいながらいつまでもぼぉっとなんてさせやしない。


「そもそもアイの思ってるのは、アイの大切なところを私が触ったりすることなのかな」

「っっっ、」


想像してしまったのだろう、頬が真っ赤に染まる彼女を笑ってやる。


「だったら―――全然物足りないかな、私」

「っ、ぅ、」


中指だけじゃなく人差し指も咥えさせて、舌を嗜虐する。

かき混ぜられた唾液が口の端から落ちていくのをじゅるるとすすり上げて、口の端にキスをした。


「特別ってそういうことじゃないと思うんだ。だってそうでしょう? 付き合ったらいずれは誰だってするようなことなんて、普通のことだよ」


とろとろとしずくを流して陶酔する彼女の瞳を見つめながら、掴んだ舌を引きずり出す。


「ねえ。分かる? 今あなたのベロをぐちゃぐちゃにしてるのが私の指だよ。アイはこんな風にしてベロを虐められて楽しいんだね。うれしそうな顔してるよ?」


指でなぶり、言葉でなぶる。

強引に彼女の脳をこじ開けて、そこに私の感触を刻み付けてやる。


「今度から、ベロを使うときはいつも私を思い出してね。喋るとき、食べるとき……ベロを意識したら、これは私にいっぱい楽しませてもらったんだってちゃんと思ってね。そうやってアイの生活に私を組み込むことが特別なんだと思うんだ。―――あなたが望むなら、息をするだけで私に会いたくしてあげる」


ぱ、と手を放す。

それなのに彼女は舌を突き出したままで、あまつさえ私を求めるようにうごめかせる。

すぐに私の笑みに気が付いてひっこめたけど、そんなことをしたって手遅れにもほどがあった。


「私の思う『特別』ってそういうことだよ。本当に―――シたい?」

「ひっ」


きゅっと自分の体を抱くように彼女は縮こまってしまう。

どうやらずいぶんと脅し過ぎてしまったらしい。

私は苦笑しながら起き上がって、そのとたん身体を起こした彼女によってバスローブが掴まれる。

自分でそうしながらも唖然とした様子の彼女に、自然と笑みが深まった。


「ごめんね、驚かせちゃって」


優しく彼女の頭を撫でながら、当たり前のようにベッドサイドにおいてあるリルカを手に取る。いっしょに持ってきたスマホを彼女に渡して、そして有無を言わさずに重ねた。


ぴぴ。


と聞こえれば用済みになったものをまた退かして、彼女の頬をそっと包む。


「アイが望まないことなんて、絶対にしないから。……あ、もちろんあれね。『普通』にそういうこともしない。うん。まあ、なにせ中途半端な関係なんだし、ね」


笑いながらそっとくちづける。

舌を触れ合わせると彼女は露骨に反応して、ぎゅっと私の肩のあたりを掴んだ。

随分とおびえているのか、それとも……


まあどちらにせよ、あまりいじめるのもかわいそうだ。

私はそっと口を離して、濡れた唇をなめる。


そしてなるべく無害そうな笑みで、彼女に言った。


「だから今日はお試しで―――ベロだけにしよっか」


私の言葉に色を変える彼女の表情。

どうやら前言は撤回する必要もなさそうだ。


アイが望むんだから、もちろんしてあげないと、ね?

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