第104話 わがままな後輩と
子供が欲しい姉さんが元気な子供を産めるようにたくさんマッサージしてあげたおかげで、なんだかみんなに大好きを伝えたい欲求が昂って仕方がない。
なにせ姉さんだってあんなにかわいらしい姿を見せてくれたんだ。
姉さんとは違って誰に気兼ねするでもなくできてしまう他のみんなも、もっとかわいくしてあげたい。
というわけでこのあいだ楽しい水族館デートに誘ってくれた後輩ちゃんをお招きした。
当然のように姉さんはいない。やっぱりふたりきりっていうのが重要だろう。
「―――おじゃまするッスー!」
やってきた後輩ちゃんはいつものように元気いっぱい愛らしい。
私は彼女を迎え入れて、そっと腰を抱きながら後ろ手に鍵を閉めた。
鍵を?
なんでだろう。無意識の行動だった。
幸い彼女は対して気にしていない様子で、むしろわざわざ扉の前まで迎えに来た私に喜んでいる。
それならまあいいかと、ふたりでキッチンへと移動する。
「というわけで、今日はホットケーキリベンジです」
「おおっ!? ついにこのときが来たッスね!?」
ノリのいい後輩ちゃんはわくわくと瞳を輝かせて、だけどすぐに首をかしげる。
「リベンジッス? まえもちゃんとしたの食べさせてもらったとおもーッスけど」
「あのときはほら、なんか全部私がやっちゃってあんまり一緒にっていう感じじゃなかったから」
だから今度は一緒に頑張ろうと、そう伝えながら彼女の首にエプロンをかける。
ぎゅっと抱きしめるように後ろのひもを結んであげて、くすぐったそうに笑う彼女にくちづけた。
「さ、じゃあ始めようか」
「はいッス~♪」
いつものように後輩ちゃんをボウルに向かわせて、私はその後ろから抱き着くようにしてお手伝い。
牛乳と粉と卵の混ざるもったりとした生地をたぽょたぽょとかき混ぜる後輩ちゃんは、初めてのときよりちょっと小慣れて……いるようないないような。
これならいいかなと思って、彼女のうなじあたりにそっと鼻を触れる。
「わっ。なんッスかぁせんぱい……♡」
「ううん。……みうちゃん、いつも私の家に来てくれるときは違う匂いだなって」
「えへへ。オカシがアマいッスから~」
学校にいる時の彼女と、私の腕の中にいるときの彼女はにおいが違う。
化粧品、香水、そういった匂いがどれも、あまり香り立たない静かなもの。
だから彼女の甘酸っぱいような匂いがいつもよりも少し強くて、お菓子の甘い匂いと混ざって舌がとろけそうになる。
「私、みうちゃんのこと好きだなぁ……」
「……そッスか」
ふわ、と華やぐ彼女の首筋。
照れているのだろうか。
思えばこうして分かりやすく言葉で伝える機会は案外少なかったかもしれない。
止まってしまった彼女の手をそっと包んで、耳を食むようにささやく。
「いつもいつも、今のみうちゃんが一番かわいいんだってそう思うんだ。ニコニコして、うきうきして、私まで楽しくなっちゃう」
「なんッスかぁ~トツゼン。もしかしてみう、くどかれてるッス……?!」
「うん」
「はぇ?」
冗談めかして笑う彼女に、思いがけず真剣な声で返してしまう。
するりとすり抜けてしまいそうな感覚があった。
だからそうはさせまいと、そんな風に無意識に思ったようだった。
おかげで彼女は今もまだ、私の腕の中にいる。
「心を込めて口説いたら、みうちゃんはもっと私を好きになってくれるかな」
「や、やだなぁセンパイ。これ以上スキになっちゃったらみう困っちゃうッスよ~♪」
「そうなってほしいって、そう思ったら……ダメ?」
彼女の手を包むのと逆の腕。
指先をそっと腕に、肩に登らせて。
そのままするりと首筋を撫でて、彼女の顎をきゅっと掴む。
振り向きたくても振り向けないようにしながら、もう片方の手で彼女の手を優しく捕らえた。
「この前ね。一緒にサボって水族館行ったの、とっても楽しかったんだ」
どうしてあんな風に誘ってくれたのかはわからない。
もしかしたら理由なんてなかったのかもしれない。
ただ私と一緒に過ごしたいって、そう思ってくれたのかもしれない。
彼女は、とてもわがままな子だと思う。
だけどそれ以上に遠慮しいで、怖がりで。
そんな控えめなところも好きだけど、どうせならめいっぱい彼女を楽しませてあげたいとそう思う。
「ああいう風に、もっとしていいんだよ?」
「やはぁ、センパイモテモテッスから」
モテモテ、っていうのはまあさておき。
やっぱり彼女は遠慮しているらしい。
「そんなの関係ないよ。みうちゃんがしてほしいこと、したいこと……いつだって私は、みうちゃんを満たしてあげたい」
「……でも、ほかの人と一緒にいたら、そっち優先するんッスよね」
―――以前。
彼女と一緒にいるときに、生徒会長さんの電話を拒否したことがあった。
それは当たり前のことで、だから彼女も、それを恐れているのかもしれない。
どことなく不安げで、そしてトゲのある声音だ。
そっか、と。
つぶやきは胸の内で飲み込んで、そっと彼女の耳介を口に含む。
つるりとなで上げた指先で腰のあたりをくすぐれば彼女は簡単に足から力が抜けて、崩れ落ちそうになる身体を支えてあげながら一緒に座り込む。
「ごめんね、みうちゃん」
「????」
自分が座っていることさえ理解できないみたいに、後輩ちゃんは視線を動揺させている。
そんな彼女の目を塞いで、力強く身体を押し付けた。
「それは、確かに……うん。どうしたって、私は変えられないと思う」
ただでさえ最低なことをしているという自覚がある。
その挙句目の前の人以外にうつつを抜かすようなことはしたくない。
くだらない自己満足で、あまりにもイカれた思考だとは思うけど、それでも。
「―――
だけどそんなのはしょせん私の倫理だ。
彼女に関係することじゃない。
私が応えられないことは、彼女が我慢する理由になんてなっちゃいけない。
「応えられないことをもっとなじってもいいんだよ。あなたが罪悪感を抱える必要なんてないんだよ。寂しいならそう言ってほしい。全部私が悪いんだから―――全部、みうちゃんの抱えてるもの、全部、私にぶつけてほしい」
優しくてかわいくて人懐っこい後輩ちゃん
いつか彼女は、『いちばんかわいい』自分を私に見せてくれるのだとそう言っていた。
それはとてもうれしいことで、そうあってくれることを誇りにも思う。彼女の意思は尊重する。もっと、彼女の思う最高の彼女を見せてほしい。
だけど。
それはそれとしてほかの彼女も全部ほしいという―――そう、これはただの、わがまま。
「
「そっ、……せ、センパイ、いつもとなんか、ちがうッスよ」
「そうかな。……こんな私は嫌い?」
「そんなことないッス! ……そんなことないからこまるんッスよ……」
後輩ちゃんが、目を覆う私の手をそっと包む。
「ホントに、いいんッス? みう、……みうセンパイが思ってるよりメンドーッスよ?」
「……多分、みうちゃんが思ってるより、私ってみうちゃんのこと好きだよ」
耳の後ろにくちづけて、そっとうなじに唇を沿わす。
「もしも不安なら―――今から、いっぱい教えてあげるね」
彼女が安心してさらけだせるように、彼女をたっぷりと愛してあげる。
そんな決意に身体を熱する私に、彼女はなにかを察知したように身体を震わせる。
「せ、センパイ? あの、えと、ホットケーキは……?」
「ホットケーキなんてほっとけー、……なんちゃって。うふふふふふ」
「はは、は……トッ、とりあえず一回お花つみに行ってくるッスね?」
「だぁめ」
私はリルカを取り出して彼女の心臓に当てる。
目をふさいでいてもそれで十分伝わったようで、彼女は小さな悲鳴とともに頬をますます赤くする。
そんな彼女がかわいらしくて、私は取り出した薄手のハンカチできゅっと彼女の目隠しを作った。
「みうちゃんと一緒にいると、恋は盲目っていう言葉がとってもよく分かるんだ」
「すくなくともこーゆーイミじゃないとおもーッスけど????」
「そんなことよりほら…………私のモノに、なって?」
耳元で囁けば、彼女はごくりと唾を飲みながらスマホをリルカにかざす。
この鍵のかかった家の中で、彼女が、私のものになる。
これでめいっぱい好きを伝えられるのだとそう思ったら、私は頬が痛くなるくらいに笑みを浮かべていた。
ああ、人に好きを伝えるのってどうしてこんなに楽しいんだろう。
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