第101話 知らないスポーツ少女と

別々の彼女わたしと飛び切りの夢を見たことで、それとなくリルカを使うことへの抵抗が薄れている気がしていた。

もとからそんなものがあったのかと問われれば―――まあなかったんだけど。

でもそこはかとなく不安というか、けっきょく全部私の都合でわがままで、ほんとはみんなリルカのせいで私を受け入れているだけなのかもしれないとか、そんな風に思わないと言ったら嘘になる。


彼女たちのことを疑っている訳じゃないけど、やっぱり卑怯なアイテムではあるんだし。


でもリルカにはたぶん、心をどうにかするような効果はなくて―――だからきっと、少なくとも今は、ちゃんと私はみんなを好きでいていいんだろう。


なんて。

そんな思いが滲んでいたらしい。


久々に部活がないらしいカケルと放課後デート。

別れを惜しんで公園でふたりぼっち。

そういえば今日はしていなかったなとそう思って、キスをしたら彼女が首を傾げた。


「なんかいいことあった?」

「えっ。なんで?」

「んー?」


首を傾げつつ、もう一回くちづける。


「ん。やっぱいつもよりキモチい」

「キスで分かるものなの……?」

「ふふふ。愛だよ愛」

「なるほど」


試しにもうひとつ。

うーむ。

私にわかることと言えば、彼女が好きっていうことくらいだ。あと唇ぷるぷるしてる。


「なにかあった?」

「あったってほどではないけど……まあ」


まさか自分とリルカして勇気を得たとか言えない。

だけど彼女に伝えたいことはあって、だから私はもうひとつ。


「伝わった?」

「言葉にしてくんないと分かんない」

「ええー」


まったくもって言ってることが逆だ。

私は笑って彼女に寄り添いながら、リルカを取り出して手の中でもてあそぶ。


「カケル、さ。もし私がこれ持ってなくても―――私を好きになってくれた?」

「え。ムリじゃない?」

「んぇ」


てっきり『もちろん』ってそう言ってくれると思っていたのに、彼女はあっさり否定する。

リルカ無害説がガラガラと崩れ去る音を聞く私をしりめに、彼女はスマホをカードに触れる。


「そもそもユミカってそれがあったからワタシに話しかけてくれたでしょ」

「それはまあ」

「じゃあむしろあれじゃない?」


ずい、と顔を寄せてくる彼女の意地悪な笑み。


「―――それなくても、ワタシとこうなってた?」

「あぇ、あー……」


言われてみれば彼女は完全にリルカから始まった関係だった。

それまでは言葉さえ交わしたことはなくて、つまり、もしもリルカがなかったら―――


「だからさ、いんじゃない? もしもとかどうでも」


ぐい、と押されて、ベンチに押し倒される。

夕暮れ色に染まる彼女はまたひとつ、ふたつ、くちづけをくれて。


「きっかけがなんでも、いまこうしてられるならワタシはそれでいいよ。……もしもなんて、どうでも」


―――ああ。


そうか、と。

ふいに理解する。

私はどんなにかひどいことを言ってしまったんだろう。


よりにもよって彼女に、もしもこうならなかったら、なんて。


「もぉー。なにショゲてるの。笑いゴトだって」

「……うん。そうだね」

「そういうところも好きだけど、せっかくのデートがしんみり終わるのはヤだなー」


そう言った彼女は、私のスカートの中に手を染みこませる。

さわ、と膝から太ももを撫でる手つきは優しくて、そして熱い危機感がこみ上げてくる。


「カケル……だめだよ……?」

「その言い方は誘ってるって」

「んぅ」


さす、と撫で上げる手。

ほんの少しずつ、じわじわと付け根に近づく感触がたまらなく熱い。


「正直シたくない? それともワタシだけ?」

「いやあの、少なくともこの関係のままはさすがに」

「……それさ、気になってたんだけどよくない?」

「な、なにが?」

「だってどうせ誰かとセックスしてなし崩しに関係持つでしょ」

「ひどいこと言われてる!?」


なんてこと言うんだこいつ。

嘘だろと思って目をむく私に、だけど彼女はわりと真剣っぽい表情をしている。

本気で私がそんな性にふしだらな子だと思われているんだろうか……。


「いや、ひどいっていうか……そういうのガマンしなきゃっていうのがおかしくない?」

「いやいやいや」

「だってワルいことじゃないでしょ? スキを伝えるコミュニケーションじゃん」

「いやいや」

「それを言うならキスもだめじゃない? なにが違うの? スキな人と触れ合いたいって思うことは異常?」

「いや……」

「そりゃあ、単純にそういうのがキライなら仕方ないけどさ―――そうじゃないなら、単にワタシが拒まれてるっていうだけだよね」

「……」


―――あれ、もしかして私って実はすごい失礼なことしてるんじゃ……?


こんなに好きと言ってくれて、こんなに好きな人で、その人がもっと親しくなりたいって言ってくれることをどうして拒む必要があるんだろう。

まだ特定の人と特別な関係になるかは分からない、だけど、この気持ちが何よりも特別だっていうことに変わりはない。

気持ちを伝えるコミュニケーション―――なるほど道理だ。

好きだから触れたくて、それはキスも同じことで、だからそれ以上を拒むのならそもそもキスもダメだと思わないとおかしい。


つまり、つまり……?


「―――きょう、両親いないんだ」


彼女が言う。

ひどく分かりやすい誘い文句だった。


これを拒むのは、彼女自身を拒むことで。

だから……だから、彼女を拒む理由がないのなら、受け入れてしまうべきなのでは―――


「………………っていや違うよ!?」

「チッ」

「舌打ち……ッ!」


なにかとてつもない洗脳攻撃に屈しそうだったけどかろうじて理性が復旧してくれる。

それが面白くないらしい彼女は私から身を離して、つまらなさげに足をブランブラン。


「一回シたらゼッタイ堕とせるのに」

「カケルさーん?」

「ワタシってハジメテにはけっこーいい相手だと思うんだけど。経験ほーふだしさ」

「まさかそれを武器にしてくるとは思わなかったんだけども」


私が言うと彼女は声をあげて笑った。

……うん。それならまあ、私からは何も言うまい。

言うべきは別のことだ。


「で、どういうつもり?」

「んー? あはは。……笑わない?」

「バカにしたりしないよ」

「ん」


頬を染めて、下唇を噛むようにうつむく。

そして彼女は気恥ずかしそうにつぶやいた。


「好きな人と、セックスしてみたい……なぁ、って」

「んっ、んん゛。それは、……突然だね」

「けっこーガマンしてたりして」

「そう、なの?」


話を聞いてみるとどうやら発端はインハイだったらしい。

……納得感があるのがなんとも言えない。


「夜、とかね。ほら、あるよね?」

「んん~……あー、……まあ、……なくはないけど」

「ユミカはモテモテだけどさー、ワタシにはユミカだけだし。だからまあ、そういうことだよね」

「ゔ、うん」

「そしたらまあ、妄想だけだと物足りないなってなるでしょ?」

「な、なんか生々しいね」


熱くなった顔をパタパタする私を彼女は笑う。

それからふっと寂し気に目を伏せて、私の手を取った。


「―――この手の感触じゃないんだよ。ワタシが知ってるのって」

「……」

「だからまあ、イヤだなあってのもあるけど」


するりと指が絡み合って、私の形を知ろうとするみたいにうごめく。


彼女の知らない私の指。

彼女の知っているほかの指。


私を教えたいと思う。

私だけを覚えていてほしいと思う。


だからといって、彼女だけと情を交わすわけにはいかない。

そしてこの中途半端な関係のまま、誰ともするわけにはいかない。


「カケル、目、閉じて?」

「えぇ? なになに?」


楽しげに笑って目を閉じる。

私は彼女の手を取って、その両手で私の手を包ませる。


「私の手を、よく感じて」

「ふふ。……いいんだ?」

「しばらく夜寝れないかも」

「あははっ。じゃあするときは連絡しよっかな」

「それ毎日かかってきたりしない……?」

「あはははははっ! ……えへ」

「冗談のつもりだったんだけど!」


全然全く笑い事じゃないっていうね。

いやいいんだけど……いいんだけどなんかこう、電話かかってきた翌日はまともに顔見れない……それが毎日? 私を不登校にするつもりか……?


「はぁーあ。ふふ。じゃーもっとちゃんと教えてもらおっかな」


目を閉じたままの彼女が、私の手にそっと唇を触れる。

形を確かめるようにそっとなぞって、ゆっくりと舌が指先を撫でた。


「―――キスも、してくれる?」

「……いいよ」


えぉ、と私を招く舌。

そっと持ち上げるように絡めて、そのまま唇を重ねる。


舌の感触まで覚えようとするみたいに、ゆっくりと、彼女の舌が私を確かめる。


彼女の想いに応えることが、つまり私の想いを伝えるということで。


大好きのコミュニケーションを通して彼女に私を知ってもらうこのひとときは、どこまでも心地よかった。

その結果間違いなく今後いろいろと大変になるだろうとは理解しながらも、目の前の彼女以上に優先できない。


……まあ、いっか。

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