第99話 我慢する女子中学生と

いつから更新していると錯覚していた……?

(ごめんなさい、更新忘れです。気を付けます)

―――


全然おかしなことはしない先輩に全然おかしなことをおねだりしたりなんかしていないのだと、それだけは最低限声高に主張しておきたい今日この頃。誰より私がそれに対して懐疑的な思いを抱えていたりするけど、自分を騙す第一歩はそれを口にすることだと思う。うん。


……騙すっていう時点でダメかな。


さておき。

奇跡的に貞操を保ったまま先輩の居城より帰還した私は、それからしばらくは安静に過ごしていた。まるで仏様のような穏やかな御心―――ではなくむしろ今下手なことしたら度が過ぎてしまいそうという危惧のせいだ。


だけど肌の内側に溜まっていた熱もそれなりに冷めてきたような気がするので、私はバイト先の女子中学生を暗くてぎらつく閉鎖空間の中へと連れ込んでいた。


つまり、映画館というやつ。


カップルシートとかいうほぼベッドじゃんって言いたくなるくらい大きな寝れるソファで、メイちゃんと寄り添ってこてこての恋愛映画を見ている。

まごうことなき映画館デート。

暗闇と接近に乗じて恋人つなぎなんかして、なんだかこう、とても青春してる感がある。

あれメイちゃんってこんなにかわいかったっけ、とか、危うく思いそうになって自制した。そういうのは、なんとなく日の下での彼女に伝えたい。


実際彼女は、今日はいつにも増して気合を入れてくれている。

普段はあまりお化粧をせず気兼ねなく笑って怒ってと見ているだけでうきうきしてしまうくらいに活き活きとしている彼女は、今日はなにか大人びて、凛々しいという言葉がよく似合う。

お化粧のクセがお母さんっぽいから、多分してもらったんだろう。

もちろん娘さんをお預かりしますっていう感じでお話はしてあるから私と映画館にいることは彼女の両親も知っているわけで―――もしかして外堀を埋められたのだろうかと邪推してしまったものだ。


そうでもしないと、本当に惚れ直してしまいそう。


「ぁ」


ちょうど映画が、キスシーンにさしかかったとき。

ヒロインふたりが口づけを交わす姿に、メイちゃんが小さく声を上げる。

演出だろう、一瞬訪れた無音の中によく響いてしまったその声に恥ずかしがって頬を染めながら、彼女の瞳が私を見る。


やけに長いまばたきが、やがて開くことをやめて。

淡く色づいた彼女の唇を、受け入れる自分を想像して。


―――私は、彼女の唇を指先で受け止めた。


そっと目を開いた彼女は残念そうに、だけど予想通りと言いたげに笑う。

ちゅっと音を立てて離れていった彼女の唇に視線が吸い込まれる。


だったらすればいいのに。


と、そう目で笑われて、私は苦笑する。


これでも一生懸命我慢してるんだよ。


そんな思いはちゃんと伝わっているのだろう。機嫌を損ねるでもなく、彼女は私の腕を抱く。そうしていると彼女はいつも通りだ。心の底から楽しげに笑って、感涙するヒロインたちを眺めている。


だから、たぶん。


これに関しては私がダメなんだろうなと。

そんなことを思いながら、私はリルカを取り出した。

バッグの中でスマホと触れ合って、電子音はBGMにかき消される。

不思議そうに私を見上げる彼女を抱きしめて、深く息を吐いた。


「っ、はぁ~……」

「ど、どうしたの」


ひそひそと尋ねてくる彼女になんと答えるべきか思いつかなくて、私はただ首を振った。


「メイちゃん」

「う、うん」

「好き」

「あぇっ」


かぁ、と耳まで赤くなる彼女はやっぱりいつも通りのメイちゃんだ。

だからこそたまらなく、どうしようもないほどに疼く。


映画館デートで。

普段よりおめかしした愛おしい人と。

薄暗闇の中。

キスシーン。


そんなのキスするじゃん……ッッッ!!!

したいに決まってるじゃん。今でしょ。今が絶好のファーストキスチャンスだよ。

だけどしない、できない、してはいけない―――分かってるけども……


「―――もしかしてユミ姉、……キスしたいとか、思って、る?」

「ソンナコトナイヨ」

「えへへ。そっかぁ」


テレテレする彼女は耳より心のほうが聴覚が発達しているらしい。

そんなことないって言ってるのに聞きやしない。


「じゃあしちゃえばいいのにぃ」

「ダメなのー。メイちゃんが大人になったらね」

「ぶーぶー」

「かわいい子ブタさんめ」

「んごっ、、ちょっともぉー!」


鼻をむぃっとしてやるとぽこすか殴られる。

かわいい。

むしろかわいい。

なんでこの子にキスしちゃいけないんだろう。

もしかして法律が間違ってる……?

これは私が総理大臣になるしかないのでは……?


なんて。


そんなくだらないことを考えながらごろりろり。


「メイちゃんが大人になって、まだ私を好きでいてくれたら……一日中キスしようね」

「いちにちじゅう……!」

「唇ふやけちゃうくらいにいっぱいいっぱい、次から唇を見ただけでお互いの味がわかるようになるくらい、めいっぱい」

「あぅ」


爛れた未来予想図はメイちゃんには刺激が強かったらしい。

ぷしゅうと湯気を立てる彼女に私は笑う。


キスでこれなんだから、それ以上を示唆してみたらどんな顔をするだろうって。


そんな邪な考えは、今はまだ口にしない。

なにせこれでも、一生懸命我慢してるんだから。

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