第98話 おかしなことはしない先輩と
塩対応な生徒会長を膝の上に乗せているときにも思ったことだったけれど、なんだか最近私のことを各所に告げ口して回っている人がいるっぽい。
人っていうか、明らかに先輩っていうか。正直なところ先輩以外である可能性をほとんど疑っていない。
構わないといえば構わないけどなにか大事になったら困るので、一応話を聞いてみたいとそう思った私は、それなりに人目につきやすく安全を確保できる場所に先輩を呼びだすことにした。
なにせ完全なふたりきりだとなんだかんだすぐにうやむやにされてしまいそうだから。
そんなわけで、私は先輩の部屋で錠の落ちる音を聞いているのだった。
どうしてなんだろうと自問してみても、なぜかまともな記憶がない。
いや、記憶はあるんだけど、あまりにも自然な誘導過ぎてここに至るまでのことに大した印象を抱けていないのだ。
さすがというべきか、まったく恐ろしい手腕だった。
ところで。
「先輩先輩、どうして先輩はカギを閉めているんですか?」
「それはキミを逃がさないためだよ」
そう言いつつ、私の肩に手を添えながらカーテンを閉ざす。
「先輩先輩、どうして先輩はカーテンを閉じているんですか?」
「それはキミを逃がさないためだよ」
にこやかな笑みとともにどこからともなく取り出される、ドンキとかに売ってなさそうながちがちの手錠。
「先輩先輩、どうして先輩は手錠を持っているんですか?」
「それはキミを逃がさないためだよ」
ガチャンと片方のわっかに私の手が通って、もう片方のわっかに先輩の手が通る。
そして先輩は黒いハチマキみたいなものを取り出して私の目に当てた。
「先輩先輩、どうして先輩は目隠しをしてくるんですか?」
「それはキミを逃がさないためさ!」
だめだ、この狼さんは私を捕獲することしか考えていない。
捕獲っていうか、もはや監禁だろうか。少なくとも目と手を封じられたこの状況からそう易々と帰してくれるとは思えない。
「あの、先輩。私お話に来たつもりなんですけど」
「へぇ」
へぇ、って。へぇ、って。
対話を辞めたらもう人間はおしまいだと思いますよ……?
さすがに微妙な顔になる私だったけど、先輩がささやかに笑うような気配を感じ取った。
「なんてね、冗談さ。でもお話だけだなんて寂しいことは言わないだろう?」
「それはまあ。せっかくお休みの日にお会いしてるんですから……」
一応デートのつもりで気合を入れてみたっていうのに、それがまさかこんな初手から予想外なことになるとは。こんなのどうやって予想すればいいっていうんだ。
どうしたものかと困惑する私は、ふっと優しくいざなわれるまま座らされる。
感触からベッドの上に、ぽふんと。
隣に触れるぬくもりが、いつもよりも人の形とわかるような気がした。
「それでお話っていうのは―――まあ聞くまでもなく予想はできているけれどね」
「は、はい」
耳に触れる先輩の吐息がひどくこそばゆい。
目を塞がれているせいだと気が付いて、そして太ももや肩をさするいつもよりも優しい手つきが先輩の意図を敏感に伝えてくる。
「ボクがどうしてキミのことを方々で伝えて回っているか、それが聞きたくて来てくれたんだろう?」
「そうです」
来るのは予定外だったんですけどね。
「だけど気にしなくてもいいよ。ボクは変わらずキミを私だけのものにしようとしているだけだから」
「それはまあ……はい。ですけどその、」
「その心配も不要だよ。気がついたら取り返しがつかなくなっている方がいいとボクも分かってきたんだ」
「そう、ですか」
人生の壊し方を着々と学ぶ先輩。
受験生なのにそんなことしていていいんだろうか……なんて、空より落ちなさそうな人にする心配でもない。いやもちろん、だからってほかに学ぶことないのかよとは思うんだけど。
「まあそんなことより」
「人の人生をなんだと……」
よりにもよって『そんなこと』ときた。
まあ、先輩からすれば確かにそんなことなんだろうけども。
とりあえず私は懐からリルカを取り出して先輩を牽制しておく。
最近は私の意思表明みたいなところがあるけど、そもそもこれは『お金を払ってるんだからなにしてもよくなる』とかいう都市伝説級の摩訶不思議カードなのだ。これを使っておくことで、いざとなったら多少強引にでも逃げ出せるという寸法だ。
「ふふっ」
けれど先輩の不敵な笑みは、まるでそんな私の予防線を嘲笑うようで。
ぴぴ、とためらいなく受け入れた先輩は、そのままなにも言わず私の肌をなぞる。
それ以外は、なにもしない。
絶妙にもどかしい、いつもよりも鋭敏になった感覚がもっと研ぎ澄まされていくような感触。かと思えば突然思いもよらないところをつつかれたりして、心臓が不規則に弾む。息遣いと鎖の音だけがそこにはあって、時折蕩けるような笑いが混ざった。
何をしようとしているのかは簡単に理解できた。
リルカを使っていたとしても、私が望めば先輩はなんでもできるんだ。
いったい何を言わせようとしているのか。
そう思うだけで身体が熱くなる私を、先輩は当たり前に見抜いているんだろう。
「だ、ダメですからね」
「なにがだい?」
「おかしなことです。ダメですからねっ」
「好きな人に触れたいと思うのはおかしなことかい?」
「ぐっ」
その聞き方はずるい。
言葉に詰まった隙に、先輩がそっと肩を抱き寄せる。
交差するように先輩の胸に抱かれて、柔らかく細い指先が頭皮をなでる。
「安心してよ。これ以上はキミの言ったことしかするつもりはないさ」
圧倒的に卑怯で、そしてどこまでも魅力的な言葉。
例えば―――とか、考えた時点で負けだとわかっていても、私の脳裏にはあまり健全とは言えない妄想が駆け巡ってしまう。それはもう仕方がないことなんだろう。私なんだし。
だけど私はあくまでも健全な付き合いでやっていくつもりだから、こんな先輩の誘惑には絶対負けないんだ。
そう、絶対に……ッ!
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