第97話 塩対応な生徒会長と

「―――聞くところによると、あなたは後輩の女子生徒とともに昨日学校を無断欠席したそうですが」


ひいらと冷ややかな視線で見据えられ、自分がとんでもない犯罪者であるような気がしてくる。サボりの後輩ちゃんと青春したから(?)とかいう理由にはもちろん正当性などないのだ。


とはいえ冷静に考えたらサボりの学生ごときを生徒会室に招いて生徒会長直々に面談するなんておかしな話だけど、なにせあまりにも尋問の空気感なものだから許可なく口を開くこともはばかられた。


「えっと。はい。その通りです……」


粛々と認めざるを得ない私に彼女はわずかに目を細める。

呆れているのか怒っているのか……どちらにしてもとてもバツが悪い気分だった。


とん、と机をたたく音が妙に大きく響く。

空気が張り詰めて、そして彼女は告げた。


「あなたには、わたくしと懇意にしているという自覚がないのですか」

「―――へ?」


状況にそぐわない言葉に問い返すけど、彼女は全くそうと思っていないようで、むしろ間抜けな声を上げた私を咎めるように眉根を寄せる。


「情報では水族館に行ったということですが、相違はありませんね」

「は、はい。えっ。情報……?」

「匿名の通報です」


わざわざそんなことを生徒会長にする時点である程度犯人は絞れてしまう。

っていうかぶっちゃけ、イメージの中の先輩がにこやかに手を振っている。

あの人はまたなにか暗躍してるっぽいからなぁ……。


そんな風に思ってちょっとほおが緩みそうになる私に、彼女はキリッと表情を凛々しくする。


「学校を無断欠席して水族館になど行って、私が嫉妬するのではないかと考えませんでしたか?」

「ぐはっ」


あまりにもかわいいが過ぎるのでリブに効いた。いずれAEDの代わりにもなれるだろう。

いや、もちろんかわいいとか言ってる場合じゃなく、本当に申し訳ないと思うし今度ぜひ水族館とか動物園とか行きたいけどそれはそれとしてかわいい。


「会長、あの、嫉妬してくれたんですか?」

「いいえ」

「えっ」


まさかの返答にあっけにとられていると、彼女はふいっとそっぽを向く。


「あなたは嫉妬すると喜ぶのでしょう。でしたらしません。嫉妬など」

「ふぐぅ」


うちの生徒会長がかわいくて生きるのがつらい。

あまりにも可愛すぎてラノベのタイトルみたいになっちゃったけどそれくらいかわいい。

なんだこの人は。


こうなってはもうたまらない。

心臓が止まっているのか弾んでいるのかさえわからないような心持ちで私は彼女のそばへと立った。

ぷいぷいと顔を背けようとする彼女の顎をクイッと引き寄せて、誘われるように額を重ねる。


「シトギ先輩。……嫉妬、してください」

「どうしてあなたを喜ばせて差し上げなければならないのですか。それともそのためにしたとでも言うのではないでしょうね」

「違います。―――そんなことのために、ここにいる訳でもありません」

彼女の瞳が動揺して、なにかを言うために口を開く。

それを閉ざすようにリルカを触れた。


「いつも、あなただけを想うことはできないから……だから、私はこうしているんです」

「やはりあなたは傲慢なのですね」


侮蔑のように彼女は言う。

ふ、とすれ違う頬に心臓が冷えた直後、耳にきゅっと熱い痛みが突き立つ。

その隙間に私は彼女だけを想えるようになった。


わたくし以外に愛を囁く姿を、わたくしに想像させないでください」

「頑張ります」

「そこは嘘でも肯定してください」

「本心だったとしても言えませんよ」

「どうしてそう堂々としていられるのですか」


くすっと小さな笑い声。

ぐぃっと頬をつままれて、しかもぐにっと捻られる。


痛いですいひゃいれふ

「今回はこれくらいで許して差し上げましょう」


ぱっと手を離した彼女が立ち上がる。

お茶を用意します、だなんて言ってなぜか設置されている給湯スペースでカチャカチャとやり始める生徒会長を、さっきまで彼女のいた場所に座って待った。


普通の生徒が使うのと同じ椅子に、シンプルな藍色のクッションが置かれている。低反発。座り仕事って大変だもんね。深部静脈血栓症とか洒落にならないし。


なんて思っていると、ほどなくして彼女は戻ってきた。

席を譲ろうとする私を止めて、私の膝の上に小ぶりなお尻が乗っかる。


ふぅ、とか吐息して背もたれてくる彼女はそれとなくリラックスした様子で紅茶をすすっていて、まあそれならいいかと思えた。

できるだけ優しく抱きしめるように腕を回して、彼女にならってカップを手に取る。

透き通ったアカガネ色。香り立つ茶葉の匂いは、彼女が淹れたからだろうか、なんだか高級そうな気がする。


はちみつとかってないのかなぁとぼんやり思いながら口をつけて。


「んっふ、げほっげほっ!」


危うく吹き出しそうになるのを無理やり飲み込んだら気道に入ってむせ返る。

こぼれてしまわないようにカップを置いて、どうにかこうにか咳を止めて。

それからようやく、何事もないみたいな顔で紅茶を香る彼女をのぞき込む。


「あの、?」

「毒でないだけ良心的ではありませんか」


しれっとそんなことを言われたら、私としてはぐうの音も出ない。

覚悟を決めてもう一度舌で触れてみるとやっぱりそれとなく塩っ辛かった。

ひとつまみくらいは入ってそうだ。身体に悪くない程度に抑えられているあたりが良心的……それともまさか徐々に増えていくみたいな伏線なんだろうか。


「言っておきますが、飲み物を粗末にする方は嫌いです」

「き、肝に銘じます」


飲まないわけにはいかなくなった塩紅茶。

とりあえず彼女との残り時間を楽しむためにはこれをクリアしないといけなさそうだ。


彼女とちゃんとした時間を過ごすためにももうちょっと自重しようかなと、私はそんなことを思うのだった。

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