第88話 なにかと激しい図書委員と

なんとなくいろいろなことがひと段落したような気がした。

たまきとかねえさんとか、夏休み終盤から今まで思えばずいぶんと忙しかったし。

これからはしばらく私も好き勝手にいろいろとできそうな、そんな気がする。うん。


と。

私はベッドの中でそんなことを考えていた。


(義)姉さんたちに私こそが妹なのだとじっくりこってりと教え込んだその夜のことだ。あるいは教え込まれたほうなのかもしれない。どっちにせよ、もうなんか、嫉妬さえばからしいくらいの境地になったのは確かなことだった。


さすがにお泊りはしなかったけどちゃっかり夜ご飯は食べていったユキノさんは、そして姉さんは、なんだかんだ幸せそうだったので良しということにしておく。


そんなふたりにあてられてしまったのだろう。

私はなにか、とても誰かとイチャイチャしたい気分だった。

イチャイチャしたい気分だったッ!


―――というわけで軽率にイチャイチャすることにした。


問題は誰といちゃいちゃするか。

そんなことで悩むのももったいないので、一番最初に思い浮かんだ彼女へとメッセージを飛ばしてみた。


着信はすぐにやってくる。


『もしもし……?』

「あ、もしもしオノデラさん? こんばんは! こんな時間にごめんね」

『あ、いえ。大丈夫です……』


ぽしょぽしょと耳打ちするような図書委員さんかのじょの声。

図書室でももっと声を出していた気がするんだけど、なんだろう、夜だから配慮してくれているんだろうか。

可愛いかよ。


「今大丈夫だった?」

『はい。読書をしていました』

「え、じゃあ邪魔しちゃったかな」

『ふふ。シマナミさんでしたら邪魔なんかじゃないですよ』


まったく嬉しいことを言ってくれる。

私は彼女のお言葉に甘えて好き好き大好きとバカみたいに伝えてみた。

すると彼女は恥ずかしそうに笑って、とろけるようなお返しをしてくれる。


おぉ。

すごい、いちゃいちゃしてる。


だけど私の欲求はこんなものじゃ収まらない。

そろそろいいかなと、彼女に告げた。


「ところでそろそろ耳以外も見せてくれる?」

『え? あ、すみません! 気がつきませんでした……えへへ』


カメラの向こうで、ふにゃりと押し付けられていた耳が遠ざかってはにかむような笑みが映る。カメラがオンになっていることに気がついていないとかいう可愛いムーブをかます彼女は、なんかもう、ね。可愛い。うん。可愛すぎる。


しかもいつもと違うおやすみモードな彼女はさらにかわいい。


ちょっとしっとりとした髪はひとつまとめに垂れていて、パジャマはなんか、そこはかとなくごわついてそうな生地の厚い半袖だった。いつものように眼鏡をかけてはいるけど、なんとなくその向こうの目が緩いような気がする。自宅というリラックス空間にいるからだろうか。


あぁー。

お泊まり会したいなぁ……ッ!


さておき。


「そうそう、これをお願いしたいなって」


私がリルカを写すと、彼女はわっと目を見開く。

それから右往左往してスマホを前後にクイクイと動かして首を傾げた。


『あれ、あっ、えっと、で、できません!』

「うん。だろうね」


さすがに画面越しに触れられるようなシステムまではない。

というか画面の中にあるんだからスマホ近づけようとしても近づくわけがない。

これを素でやってるっていうんだからまったくほんともう。


「後払いっていうことで、付き合ってくれない?」

『そういうことでしたら……』


ふぃ、と画面に触れる指。

もしかしてこれで契約のつもりなのだろうか。

まったくかわいい。


私はにやにやしながら、いそいそとイヤホンを装着した。


「オノデラさんも着けたほうがいいんじゃないかな」

『えっ。……は、はい。ちょっと待っていてくださいね』


イヤホンをつけるというだけで頬を赤く染めて画面から消える。律儀にミュートしているあたりに彼女らしさを感じた。

いったい何を想像しているのか……彼女も結構、そういうこと考えがちだよね。かわいい。


しかもやがて戻ってきた彼女はイヤホンではなくBluetoothのヘッドホンをつけていて、それもまたたまらなかった。

そうか、この子、家ではヘッドホンで音楽とか聴いてるんだ……最高かな。


ウキウキしながら、画面越しに見つめあう。

どうやら彼女は私からのアクションを待っているようで、心臓の音が聞こえてくるような赤い顔でじぃと私を見つめてくる。

それならその思いを汲み取ってあげることにしよう。


「オノデラさん……トウイちゃん」

『は、はい』

「ふふ。私の名前は読んでくれないの?」

『ぁ……えっと。ユミカ、ちゃん』

「うん。なぁに?」

『えっ、えっ』


困ってしまってあたふたする彼女に、ついついくすっと笑ってしまう。

からかわれたのだと思って困ったように笑う彼女によく聞こえるように、イヤホンについているマイクを口元に寄せた。


「ねえ、トウイちゃん。私の声、聞こえる?」

『それは、はい。電話なので……』


確かにそうだ。

私は笑って、そっと目を閉じた。


「私もね、聞こえるよ。トウイちゃんの声だけが、聞こえる」

『あの、』

「ふふ。……私に、どんなことしてほしい?」

『どん、な』


彼女の戸惑いの声を聴きながら、右手をひらりとさらす。


「この手を、今、トウイちゃんが自由に操れるの。もちろん、言ってほしいことがあったらなんだって言うよ。私を好きに使っていいって言ったら……なにしてくれる?」


耳元に、彼女の息をのむ声が聞こえてくる。

私はそれ以上はなにも言わず、ただただ彼女の言葉を待った。


いくつかの息遣いが通り過ぎて。

身じろぎによる衣擦れに耳をくすぐられて。

ごくりと唾をのむ音に少し興奮して。


それからようやく彼女は言う。


『ゆっ。指を、舌で……その……』


いきなり思っていたよりえっちっぽい命令が飛んできて、私は胸躍る。

普段地味な子にえっちなお願いされるのちょっと……いいかも。


私は、『えー、トウイちゃんそんなのがみたいんだぁ……♪』という気分で、からかうような笑みとともに舌を出す。中指でその先端に触れて、ゆっくりと口内に誘っていく。

ちゅ、とわざと音を立てて指をくわえて、できるだけカメラに映るようにと見せつける。


私は目を閉じているから分からないけど、音で分かる。

彼女には、どうやらよく見えているらしい。


『やっ、あぅ、や、やっぱりなしです! ごめんなさい……』


すぐに耐えきれなくなったのか命令は取り消される。

見せつけるようにゆっくりと指を解放して、唾液をティッシュでふき取った。

いちいち呼吸が聞こえてくるのがたまらなく楽しい。


さっきからもう緩みっぱなしの頬をなんとか律して、次なる命令を待つ。


『…………えっと。あの、目を、開いてもらえますか』


言われるままに目を開く。

少しまぶしい画面の向こうに、相変わらず真っ赤な彼女がいる。


彼女はひらりと左手を見せて、それからぎこちなく笑う。


『わっ、わたしの手は、今からユミカちゃんのものです』

「―――へぇ」


意趣返し、みたいなことなんだろうか。

自分で思いつくことはどれも恥ずかしいから、逆に私を同じ目に合わせてやろう、みたいな。


はっはっは。

いい度胸だ。


「それってさ、なんでもできちゃうの?」

『えっ。……え、ええ。も、もちろんです』


私が何もできないとそう思っているのだろうか、むんっと胸を張る彼女はとてもかわいい。

たしかに私は、そういうよこしまなことを彼女に対してしようとは思わないけど……でもほら、言うは易し・・・・・ってね。


「じゃあまずは、私みたいに指を舐めてるところが見てみたいなぁ。……あ、目は閉じちゃだめだよ」


私が言うと、彼女は体をびくっと震わせ、わずかに瞳を動揺させる。

それでも恐る恐ると指をくわえる彼女の眼を、私はカメラ越しにじぃぃぃと見つめる。


「もっといっぱい、たくさん舐めて? ……ちゃあんといっぱい濡らさないと、もしかしたら痛いかもしれないからね」

『!』


私の言葉に彼女は眼を見開く。

硬直してしまうのを笑みで促して、ぎこちなく指を舐る彼女の耳元に音を乗せていく。


「想像してね? その指が、今から私のものになるの。私の指になるの。そうなっても大丈夫っていうくらいまで、ね?」

『……、』


目をぐるぐる混乱させながら彼女は指を舐る。

いっそこれだけでえっちなことをしている気分になってくるくらいの破壊力があった。

……高校生なんだからもうちょっとこう、甘酸っぱい感じのイチャイチャがしたいなあと。

そんな気持ちも一瞬よぎったけど、彼女がかわいいからどうでもいいや。


「ふふ。トウイちゃんは、普段どんなふうにしてるのかな」

『!』

「実はけっこう……激しかったりして」

『!!』


ぶんぶんと首を振る。


ふむ。

激しくはないということなのか、普段はしていないということなのか。


や、別になにをでもないけどね。

述語を省いた結果勝手になにかを補填するのは私のせいじゃなくて日本語のせいだ。

私はほら、なんだろ、寝起きのストレッチとか、そういうことについて唐突に聞きたくなっただけだから。つまり健全。

彼女がなにを想像しているのかなんて全く皆目一切合切見当つかない。


―――やがて。


そろそろ彼女の指がふやけて取れてしまいそうな気がしてきたので、私は指舐めを止めさせた。そしてきれいにティッシュで拭かせて、それからにっこり笑う。


「うん。楽しかった。いやあ、とってもかわいいところが見れたよ。ありがとね」

『えっ』

「うん?どうしたの?……なにか、これ以上のことをされると思った?」


にやにやと変態じみた笑みを向けると、彼女は唖然としてさらに真っ赤になる。

かわいい。

かわいい女の子をからかうのほんとかわいい。

やばいな、クセに……もうなってるか。うん。


なんて思っていると、彼女が画面から消える。

カメラがオフにされてしまったのだ。


さすがにやりすぎたかもしれないと青ざめる私に、彼女の怒ったような固い声が届いた。


『ユミカちゃんも、切ってください』

「ご、ごめんトウイちゃん」

『切ってください』

「う、うん」


言われるままにカメラをオフにすると、彼女のささやかな笑い声が聞こえてくる。


『これであなたがなにをしていても、私には見えませんね』

「う、ん」

『ところでまだ、ユミカちゃんは私のもののままなんですよね?』

「え。あ。うんと、……まあ、そうかも……?」


ひやりひやりとこみあげてくる嫌な予感。

彼女の感情を一定以上に高めるとなにかのタガが外れてしまうという教訓は、しかし何一つとして役に立っていないのだと今更理解した。


やっば、やりすぎたかもしれない。


『だとしたら、私が言ったことを勝手にユミカちゃんが誤解・・しても、それは私のせいじゃないですよね』


=私の命令を積極的に誤解しろ。


「いやそれは」

『ないですよね』

「ハイ……」

『うふふ♡』


彼女の笑い声に得も言われぬ恐怖心を煽られる私。

そしてそれはまったくもって妥当なものであって、つまりまあ、うん。


い、いちゃいちゃはできたかな……?

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