第84話 幸福な姉と(6)

多分、最後のあれも私が重苦しく考えないようにという心遣いだったんだろう。

そういうことにしておくとほら、素直に先輩を尊敬できるし。

いやはや、さすが先輩は私のお悩みなんて簡単に消せちゃうんだなぁー。うん。


ということで先輩の家に無断外泊をして、その翌日の日曜日。

スマホに届いていたおおむね二種類のメッセージ―――姉さんからの『別れた』と御剣さんからの『アミと連絡が取れない』に対して、私はとある位置情報だけを送りつけた。


その位置情報は、ふたりが見ればピンとくるかもしれない。

なぜならつい最近も集まった場所だ。

集まったというには、私と御剣さんは顔を見合わせてはいなかったけれど。

でも、まあ、座標が重なっていたのは間違いない。


つまり、いま私がいるのはラブホテルだった。


思えばお姉さんを初めて連れ込んだのもこのホテルだったような気がする。

いつもの、と頭につけてもいいぐらい、私には縁のあるホテルになってしまった。ラブホテルと縁のある女子高生ってなんかやだな。


高校生ひとりでチェックインできるかどうかはとても微妙なところだったけれど、フロントが無人だったおかげで何とかなった。それにこんな日中からお盛んな人はそうもいない。


悠々と部屋でのんびりと待っていると、ほぼ同時に二人が到着する。

フロントからの電話を取るというちょっとしたドキドキイベントを無事に終えて、やがてふたりが姿を現した。


そのとたん、姉さんがさめざめと泣きだした。

床に座り込んで、顔を覆って、今までに見たことがないくらいの、どうしようもない泣き様だった。

沈痛な表情でその背をさする御剣さんは、私のことも、なんとも痛ましい表情で見てくる。


いたって普通の感性を持つ彼女からしたら、私たち姉妹はたぶん、病んでいるようにでも見えるのだろう。あまり否定できないかもしれない。だけどそうだとしてもその病は、私たちが生まれた時からかかっているものだ。常在菌と同じように、これがあることで、私たち姉妹は姉妹でいられる。


「ようこそ。お呼びたてしてごめんなさい」


だけど、私たちは、本当に姉妹のままで居続けられるのだろうか。

本当に姉妹のままで、居続けられているのだろうか。


姉さんは姉さんだ。

それ以外ではないし、あってほしくはない。

遊園地でも思ったことだった。

私のこの気持ちは、姉さんである姉さんに対して向けられていて。だから、それ以上にはなりたくないんだ。


姉さんはそれを受け入れてくれた。

姉さんもそう思ってくれている。


「姉さん、泣かせちゃってごめんね。ひどいこと、言ってごめん」


―――そう、思っていた。


だけどホテルで姉さんと御剣さんのやり取りを聞いた日。

あのとき姉さんは、御剣さんと私を同列に語った。いつか―――それが何年後であろうと、順位が入れ替わってしまうようなものなのだと、そう言った。


たぶん。

それが、すべてだったんだ。


たとえば私の好きとは、少し違う。

きれいごとめいてはいるけど、私はみんなが好きで、そしてそこに順位はない。

私にとって違和感のない感覚は、だけど普通に考えればあまりにも非道徳的で。それは愛情なんかじゃないとか、結局誰でもいいんだとか、そんな否定の言葉はいくらだって思い浮かぶ。


それでも私はみんなを好きだ。

みんなをみんな、同じように、全く違って。

好きで好きで、たまらなくて。

それを比較するのは、クッキーと水着を比較するくらいに荒唐無稽な話で。


「ふたりには、いろいろと謝らなきゃいけません。私のせいで、ふたりの、……ふたりの婚約を、台無しにしてしまうところでした」


だから、思うのだ。


比較できるということはつまり、それらは同じジャンルにいるのだと。

そんな風に、思ってしまう。


妹であるはずの私と、恋人であるはずの御剣さんとが。

姉さんの中では、比べ物になるくらいに近しいものなのだと。そう、思ってしまう。


……たぶんきっと、それは間違っていない。


姉さんにとっての私は。

今はもう、たぶんきっと。


「ごめんなさい。私はもう、ふたりの邪魔をしません」


それをわかってしまったんだ、私は。

自覚のないままに、理解してしまった。


あの言葉は……『いらない』という言葉は、嫉妬による行き過ぎた感情から弾けた言葉だったけど、でも、本心じゃないわけじゃなかった。

姉さんでないものになろうとしている彼女を受け入れられなかったから、私は、本当にそんなものを欲しいと思っていないから、だから、いらないんだ。


そうだったんじゃないかって、今は、思う。


姉離れと、先輩は言った。

それは部分的に正しかった。

だけど、先にしたのは姉さんなのだ。

姉さんが妹離れをしようとしていたのが先で、それに反抗したかった。

遅ればせながらの反抗期とでも呼ぼうか。

姉さんのことを大事に思うから、姉さんじゃない人を、大事に思いたくなくて。

そのギャップが、私の口からあんな言葉を飛び出させた。


……でもさ、反抗期っていうのは、しょせん一過性でしかないんだ。


悩んだんだ。

姉さんと御剣さんのために、なにができるだろうって。

私の大好きな人が、大好きな人と幸せになるためにはどうすればいいんだろうって。

頼りになる先輩と一緒に。


だけどどうしても、どうしたって、思ってしまう。


未来永劫そばにいたいとそう思ってしまうような私なんてもう。


姉さんには、いらないんじゃないかって。


……それしか、姉さんを幸福にできる方法がわからない。


「姉さん―――アミさん」


私が呼ぶと。

ぴくっと肩を震わせて。

そして見上げる表情は、すでに呆然と青ざめている。


さすがに理解が早い。

だからこんなものは、ほとんど御剣さんのための言葉だ。


「私は、ずっとあなたのことが好きでした」

「いやっ!やめてッ!」


掴みかかって押し倒される。

息の根さえ止めてしまおうという勢いで口をふさごうとする手を、触れ合いに堕とす。

絡み合う指は、熱烈な激情を伝達するにはか細すぎる。


姉妹として・・・・・じゃなくて・・・・・ひとりの・・・・女性として・・・・・




「私を―――他人こいびとにしてください」


そうすればアミさんは、ちゃんと私をフれるでしょう?

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