第79話 幸福な姉と(1)
揺り起こされて、目が覚める。
なにか暖かなものが膝の上に乗っていて、とりあえず抱きしめてみた。
心地よくて、暖かくて、大好きなもの。
焦点が合って、恥ずかしそうに唇を尖らせるたまきと視線が重なる。
「おはよ」
「おはよう。……ユミ、あなた不用意にお泊りとか今後しないほうがいいわよ」
「ええ、なにそれ」
とつぜんおかしなことを言うものだ。
くすくすと笑いながらたまきの体温をなじませつつ、どうやら自分は眠っていたんだなとぼんやり考える。
たまきごしに視線を向けると、シートベルトを外した姉さんが振り返っていて、優しく笑ってくれた。周囲は見覚えのある地形になっている。眠っている間に家についていたらしい。
「ごめんね、話し相手とかならないで寝ちゃって」
「うふふ。いいのよ。それだけめいっぱい楽しんだってことだもの」
「まったく、よくもまあこんな体勢で眠れるわね」
「いい抱き枕だったよ?」
「ばか」
ぽこん、と叩かれる。
ふたりで笑いあって、それから左右のふたりを起こそうとするけど、ちょうど今起きたらしい。
ふらっと顔を寄せてくれる後輩ちゃんにキスをする。
メイちゃんは寝ぼけているのか唇を突き出してきたから、ほっぺで受け取って、同じようにほっぺにお返しをした。一応それでも満足してくれたようで、私の腕を抱いてゆるりと瞼をおろす。
「おはようふたりとも。うちについたみたいだよ」
「ッス~」
「うん……おはお」
ふたりともずいぶんと疲れているみたいだ。
私もまだまぶたが熱い感じがして、寝ようと思ったら一瞬で寝られそう。
そんなみんなといったん家の中に入って、しばらくゆったり。
姉さんが車を返しに行っている間、ソファで適当にもつれあってだべる。
「たまき今日帰っちゃうんだもんねぇ」
「せっかくオトモダチになったのに残念ッス」
「……もっといればいいのに」
「あら。うれしいことを言ってくれるじゃないの」
「ふんだ」
むぎゅうとおなかに顔を押し付けてくるメイちゃん。
どうやら彼女は彼女で少したまきに歩み寄っているらしい。
歩み寄るというか、ファイティングスタイルを変えるというか。
そんなメイちゃんの頭をそっと撫でて、たまきは笑った。
「ありがとう。メイとも久々に遊べて楽しかったわ。また遊びましょう」
「タマちゃん……」
「―――あなたほどすがすがしく負けてくれる相手もなかなかいないものね」
「バカタマー!!!!」
ぽこすかと殴り掛かるメイちゃんだけど、たまきは片手で簡単にいなす。
そのままじゃれあってソファから転がり落ちるふたりは、まるで仲良しな姉妹みたいだ。
後輩ちゃんとふたりで笑い合って、負けじと乱入してみんなでじゃれまくってみた。
しばらくすると姉さんが帰ってきて、みんなでまたのんびりする。
それから夕食を食べて、ひとまずメイちゃんと後輩ちゃんを送っていく。
夜行バスで帰るらしいたまきに合わせると、さすがに遅くなりすぎてしまうから。
姉さんに留守を任せて、たまきとメイちゃんと後輩ちゃんで、のんびりと駅まで。
後輩ちゃんは駅の近くらしくて、とりあえずそこでお別れ。
触れるだけのキスをして、彼女はスキップで去っていった。
帰り道でメイちゃんの家に寄って、ご両親に挨拶がてらお別れ。
なんとなく顔を見にくい気がしたけど理由にはまったく思い当たらなかったよ。不思議だね。
そしてたまきとふたりきりになって、お泊りの思い出話をしながら家に帰った。
夜行バスは、22時くらいに出発するらしい。
それまでの間を、最後にふたりで、すこしだけ楽しんで。
また彼女を、今度は姉さんと一緒に駅まで送った。
「じゃあ、また」
「ええ。今度はもう少し前もって連絡するかもしれないわ」
「そこは必ずにしておこう?ほら、待ちぼうけとかさせたくないし」
「ああ。お盛んだものね」
「その納得は欲しくないかなぁ」
冗談よ、と多分あんまり本心じゃないことを言って、それからたまきは姉さんを見る。
「突然お邪魔してしまったのに受け入れていただいて、ありがとうございました。次からはちゃんと予定を確認してからお伺いしますね」
「うふふ。構わないわよ。いつでもいらっしゃいね」
「ちょっとたまちゃんよう。あまりにも態度が違いやしませんかい」
「はいはい。とくべつとくべつ」
「そーゆーとこだよ!」
まったくもう、とあきれつつ。
そんなやり取りもまた楽しくて、私はついつい吹き出した。
それから彼女の頬に触れる。
「たまきの大好きな人、今度私にも紹介してね」
「……あなた、それは節操がなさすぎじゃないかしら」
「たまきってもしかして私のことただの女好きだと思ってる???」
「冗談よ。もしまたフラれたらちゃんと慰めてちょうだいね」
「そのときはじゃあ私から押しかけよっかな」
「二週間以上前にアポイントをとって頂戴」
「どの口が言ってるのさそれ……」
そんなささやかなやり取りを経て、彼女は帰っていく。
不思議とさみしいという気持ちはなかった。というかもうなんかメッセ届いてるし―――
『《たま》だいすき』
「……あのバカ」
『《たま》だいすき』
『フラれちまえー《ゆみゆみ》』
返信はない。多分ひとりで爆笑してる。
まったくたまきはたまきだなぁと思いつつ。
そっと私の手を握る、愛おしい人に振り向いた。
「楽しかったね。久々に会ったのに、全然変わってなかった」
「そうね。ふふ。私も驚いてしまったわ」
緩やかに指が絡み合う。
腕が交わって熱がなじむ。
気がつけば吐息が触れて。
「姉さん。していい?」
「うふふ。もちろんよ。……どうしたの?」
「なんとなく。いいよって言ってもらいたかったから」
「そう。……いいのよ。ゆみ、してちょうだい?」
そっと目を閉じた姉さんの髪を、軽くかき分ける。
頬を包むように触れて、その唇に口づけた。
ゆっくりと、時間を引き延ばすように、姉さんのことを考える。
五感のすべてで受け止めたものを、丁寧に、丁寧に脳で咀嚼して、それに返せるだけの熱を、体の芯から育んでいく。
「―――あ、、み、、、?」
声が聞こえたのは、突然のことだった。
せっかく姉さんと愛し合っているのにどうして邪魔をするんだと、振り向く動作が妙にゆっくりだった。
どうしてと不思議に思う思考を、いくつもの理解が踏みつぶす。
聞き覚えのある声。
姉さんの名前。
視界のはじに映る凛とした佇まい。
「ゆみかちゃん、だよね?どうしてこんな、あれ、なに、なにやってるの……?」
「ユキノ……」
「みつるぎ、さん」
姉さんの恋人が、そこにはいた。
ほんのわずかに上がろうとする口角が、殺したいほど憎らしい。
―――
なんでこんな展開になったんでしょうね(真顔)
安定の見切り発車です。
ハピエン保障……!
無理だったらごめんなさい
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