第78話 特別な彼女たちと

たっぷりと休憩した私たちは、それからまたたっっっっっっっぷりと遊んだ。


メイちゃんに押し切られてウォータースライダーに乗せられた姉さんの水着がはじけ飛んで、その圧倒的な現実の暴力にメイちゃんとたまきが心に消えない傷を負ったり。

借りてきた水鉄砲で後輩ちゃんが暴れまわるものだから一緒になって先輩を攻撃したら、お手製(文字通り)の水鉄砲で鎮圧されたり。

そういえば焼きそば食べてなかったッス!とか言い出した後輩ちゃんとおやつに焼きそばをシェアしてたらなぜか大食べさせっこ会が始まって、けっきょく私が半分以上食べる羽目になったり。

大きな貸し出し浮き輪に乗りながら先輩と姉さんに頂点捕食者ティラノサウルスによる縄張り争いを見せられていたら、突然降り注いだ年下組流星群によって縄張りごと消し飛ばされたり。

たまきとふたりでプールサイドで雑談してたら、後輩ちゃんがふざけて引きずり込もうとして一緒に女の監視員さんに叱られたり。

たしか誰も運動部じゃないよね、みたいな話から派生していった結果なぜか私を優勝トロフィーにした水泳大会が勃発して、ぶっちぎりで優勝した後輩ちゃんのテンションマックスなジャイアントスイングが手をすべらせた結果プールに盛大な水柱を立ててまた同じ監視員さんにめちゃくちゃ叱られたり。


そんな風に、遊び明かして日は黄金こがね

屋内だとやや涼しくも感じてくるころ、そろそろ心身ともに満足がやってきていた。

満足、というか、限界というか。

疲れて疲れて、たぶん今車乗ったら絶対寝るな、みたいな。そんな状態。


姉さんが先輩を先に最寄りの駅まで送っているのを、私たちは適当な日陰で待っていた。


「遊んだわね……」

「っす~」

「へへっ。これが受験一年前の女子高生の姿だぜ」

「うへぇー、やめてよ」

「そっか、メイちゃんもおんなじだもんね」

「ユミ姉と一緒に高校通いたかったなぁー」


中学二年と高校二年。

入学卒業進学と、三年サイクルのイベントは重なっているようで重ならない。

疲労感のせいだろうか、妙にセンチメンタルな雰囲気をまとう私たちに、たまきが優しく笑う。


「べつに、学校なんて違ってもそう大したことじゃないわ」


彼女が言うと、なるほどまったく説得力がある。

顔を見合わせると、メイちゃんはちょっとだけ悔しそうに、でも表情を明るくして私の腕に抱き着いてきた。


「ま、会いたかったらいつでも会えるもんね」

「バイト先も同じだしね」

「あっ。でも職場が同じってなんかオトナみたいかも」

「職場レンアイよりセンパイコウハイがおーどーッス!」

「みうさんゼンゼン分かってないね!」

「……それはそれでムカつくわねあなたたち」


会いたくてもいつでもは会えない彼女は、そんなことを言いながらも気にしていない風に笑う。

まあ、それもそうだろう。


「たまき、いつでも通話とか、してね」

「あら。言われなくともそのつもりだったのだけれど」

「でもほら、いちおね。たまきって、実はひとりのときけっこうネガってるでしょ」


私が言うと、たまきは鼻で笑ってそっぽを向く。

そっと手に重なるちいさなぬくもりが返答みたいなものだ。


「たまちゃん、しかたないからわたしも話し相手になってあげよっか?」

「あ、みうもみうもーッス!」

「ありがとうミウさん。ユミのことでも話しましょうか」

「ろりセンパイの話聞きたいッス!」

「ちょっとたまちゃん!ひとがシンセツで言ってるのに!」

「ふふ。冗談よ。暇なときにでも相手してあげるわ」

「むぅぅうううう!」


なんて。

みんなでじゃれあいつつ話していると、姉さんから連絡が来る。


「もしもし?」

『うふふ』

「どうしたの?」

『いいえ。ゆみと通話するのなんて久しぶりだから、なんだかおもしろくって』

「もう。ばか……じゃないや。あ、あはは」


そんなやり取りも、スピーカーにしていたせいで丸聞こえだ。

ちょっぴり痛い視線に慌ててスマホを耳に当てて話を聞いてみると、どうやら少し行ったところのコンビニに車を止めているらしい。


「―――だそうだよ」

「へえ」

「ふーん」

「ッスかー」

「じゃ、じゃあ行こっかー」


おー!とカラ元気に腕を振り上げてみるけどもちろん誰も乗ってくれない。

そそくさ歩き出した私の腕を後輩ちゃんとメイちゃんが左右から挟んで、後ろからたまきお手製の銃口が背中を突く。


「きりきり歩きなさい」

「わ、私は何も知らない、本当だ、信じてくれ」

「それはみうたちが決めることッス」

「まともに口が動かせないって言うのなら、このあつあつのポップコーンを胃に直接ぶち込んでやってもいいのだけれど」

「ご、拷問しちゃうぞ」


謎のハードボイルド拉致ごっこ。上手くノリが分からなくておっかなびっくりなメイちゃんが冷静に考えると一番怖いかもしれない。

そんなことを思っていると、エージェント:コウハイチャンがグイっと耳元に口を寄せる。


「センパイってぇ、なぁんかおねぇさんのことひーきしすぎじゃないッスかぁ?」

「そ、……んなことなぃ、ょ?」

「ユミ姉ちっちゃいころからアミ姉のこと好きだもんねぇー」

「ね、姉さんだからそりゃあ」


エージェント:JCの追及をごまかすも、エージェント:サマーの指はぐいぐいとさらに押し付けられる。

どうやらお気に召していないらしい。


くっ、こうなったら……!


私はJCの腕をすり抜け、一瞬の早業で懐から抜き出したリルカを三人の刺客に突き付けた!


「あなた、都合が悪くなったらいつもそうやって誤魔化そうとしているんじゃないでしょうね」

「………………ごめんなさい」


放たれた弾丸は的確に私の胃を射抜いたのだろう。だってこんなに胃が痛い。泣きそう。

言われてみれば私って、あ、私ってクズだ。うわあい。


力なく落ちていく腕をグイっと引き上げられて、メイちゃんのスマホがリルカに重なる。

後輩ちゃんもたまきも同じようにぴぴっとやって、だけど相変わらずの拘束状態。


「えっと」

「アミさんのもとへ連れて行きなさい」

「れんこーッス」

「じ、尋問するぞ」


どうやらこれは継続するらしい。

リルカを使ったこの状況だと、まるでこういうプレイを強いているみたいで嫌だな。

……そう考えるとアリ……いやナシ……。


なんてくだらないことを考えている間にも姉さんが待っている場所についた私は、たまきの無言の圧力に押されて運転席をノックする。


うぃーむ、と開いた窓から顔を出した姉さんが、言葉もなく私の顔を引き入れると、あっさり唇を重ねてくる。

背中に突き刺さる銃口が貫通しそうなくらい押し込まれて両腕が千切れそうなのに口元は幸せというなんとも言えない気分。


かと思えばみんなで私を引っ張り出して、そんな私たちに姉さんが首をかしげる。


「あら。うふふ。仲良しなのね」

「うんと、まあ、うん」

「私は仲間外れなのかしら」

「そうっぽい、かも」

「そう。残念だわ」


まったく残念そうじゃなく言って、姉さんは後部座席のカギを開ける。

みんなは私を後部座席に詰め込んで、三人掛けに四人ですしづめ。

それも横並びじゃなくて、私の上にたまきが乗っかるとかいうトリッキーなパワープレイ。


シートベルトをちゃんと締める辺りは真面目というかなんというか……いや膝の上越しにシートベルト締めるとか真面目でも何でもないか。チャイルドシートじゃないんだから。


「誰がチャイルドよ」

「自然に心を読まれた……?」

「あなたの考えそうなことくらい分かるわ」


むぎゅう、と太ももに制裁を食らう。

なにせ図星だから、ひどいと文句も言えやしない。


「怪我はしないようにね」


にこにこと笑う姉さんが車を発進させて、すしづめドライブが始まった。


「さて、じゃあ話を続けましょうか」

「え」


姉さんの真後ろで私が姉さんをひいき、というか特別視している件について話そうというらしい。正気とは思えない。

そんな馬鹿なと思うのに、どうやら左右のふたりはのりのりらしい。


「せーんぱい♪」


くいっと顔を向けられて、後輩ちゃんのキスが触れる。

バックミラー越しにちらりと向けられる姉さんの視線を感じて、それが横眼に映らないようにと少しだけ後輩ちゃんの顔を背けた。

それからしっかりと彼女の舌と戯れて、脇腹の痛みに口を離す。


「―――っ。見られるのイヤッスかぁ?」

「嫌っていうか……みうちゃんとしてるのに、意識したくない、かな」

「そ、そッスか」


てれてれと頭をかく後輩ちゃん。

やはり素直攻撃が効くらしい。

内心ほくそ笑みながらちょっと頬が熱いのは仕方ないとして。


それはさておき、さっきからわき腹を執拗にねじってくるメイちゃんを振り向く。


「……わたしもトクベツして」

「もちろん」


不機嫌そうに見上げてくる彼女の頬に、そっと唇で触れる。

耳元に吐息をかけて、生え際をなぞるように耳を明かした。


「さみしい思いさせちゃって、ごめんね」

「うん……」

「私、不器用なのに、こんなに欲張りだから。……今度ふたりきりのとき、いっぱいトクベツしようね」

「うん」


私の想いに応えようとしてくれる彼女を、両手で、唇で、許される限り愛おしむ。

……いつか愛想を尽かされてしまったとしても、確かに私はあなたを愛していたのだと。そう知っていてほしいから。


「アミさんだけじゃないみたいね、ユミの特別は」


そんな言葉に顔を上げて、最後にメイちゃんをひと撫でしてからたまきを抱きしめる。

頬をすり合わせるようにして、横目に見つめ合ってそっと笑ってみた。


「むしろ特別じゃない人がいないなんて、そんな虫のいいことを言ってみたりして」

「―――私はその特別の中でもアミさんがひときわ特別じゃないかと問うているわけなのだけれど」

「あっれぇその話題まだ続くんだ……?」

「ふふ。冗談よ」


むゅ、とリラックスして預けてくれる彼女の背。

その頭は不思議なことにもう塩素のにおいが薄まっていて、たまきの匂いがする。

落ち着く匂いだ。安心するんじゃなくて、まあこいつと一緒ならいいやって、そう思う匂い。

たまき臭と名付けよう。


ぼんやりと考えていると、また私がおかしなことを考えていると見抜いた彼女に頬をつままれる。

それから彼女の視線は、バックミラー越しに姉さんへ。


「……ええ。そうね。あなたにとっての特別は、たしかにどれも、比べられないくらいに特別なんでしょうね」


意味ありげな言葉だった。

姉さんは苦笑して視線を切る。

たまきは少しだけ申し訳なさそうな表情をして、だけどなにを言うでもなく私を見上げる。


……特別、か。


「で。私にはどんな特別をくれるのかしら」

「えぇー。彼女持ち予定に手を出すほど節操なしじゃないよ」

「逆に考えるのよ。今ならフリーだってね」

「そんなだから振られるんだよ」

「……なによ。いじわる」


むっつりとそっぽを向いてしまうたまき。

向いたっきり黙り込むたまき。

だまたま。


「……あなた私に特別厳しくないかしら」

「やったねとくべいったいよ!?」


両太ももがねじ切られる。

だけど上には彼女がいるから逃げることもできない。

なんという拷問。

ひどすぎる。

ひどすぎる……!


「はぁ。人の気持ちを推し量って優しくできないなんて、こんな幼馴染こっちから願い下げだわ」

「いっやまっ、ちょっ、どう考えても気持ちを推し量れてないのたまきだよ!?とれちゃう!ちぎれちゃう!」

「急なダイエットだと思えばいいじゃない」

「肉離れってそういう意味じゃないっ!」


一生懸命振り払って、これ以上の悪行を許さないようにとたまきの手を拘束する。

すると彼女はぽぽっと頬を染めた。


「あら。こんなに密着してるのに、まだ手をつなぎたいの?」

「心のアンテナへし折れてるの????」


感受性のなさよ。

やれやれと呆れて見せれば、ぎゅうと握りしめられてまた攻撃される。

なんて暴力的な幼馴染だこのやろう。




「……ユミ姉、タマちゃんと仲良すぎ」

「じつはたまちゃんさんのこと一番スキじゃないっすか……?」

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