第77話 私のものな幼馴染と

生きていることのすばらしさを先輩に教わった。

たぶんあれはそういうことだったんだろう。

そういうことにしておきたい。


姉さんに膝枕をされながら、私は自分のこれまでの人生とこれからの生き方について遠い思慮の航海に揺れ、まどろむようにぼやけていた。それとなく文学的。


「またなにかおかしなことを考えているようね」

「ふっ。人の生き様は人から見れば誰しもおかしなものだよ」

「おかしいのは生き様じゃなくて頭よ」


たまきがかけらも優しくない。

これが自業自得ということか……おかしいな、最近も学んだことがあるような気がするぞ。


さておき。


いろいろあって食事をとった後。

満腹と疲労からしばらくのんびりしていようという話になったので、休憩スペースとかいうところにみんなで来ていた。柔らかいスポンジみたいなマットが敷かれたその場所は、寝転がるにはちょうどいい。


私は姉さんに膝枕されてたまきに見下ろされ中。

先輩とメイちゃん、後輩ちゃんはちょっと離れたところでなにやら密談中。ときおり私のほうに視線が向けられたりするあたりがなんとなく気になる。メイちゃんなんてそもそも、フラフラの私を連れる先輩に対して割と敵対的な雰囲気だったのに。


「……スポーツドリンクでも買ってきましょうか」

「え?いいよいいよ。ちゃんとお水飲んでるし」

「あなたはすぐにはしゃぐじゃないの。せっかくの思い出を台無しにされたくないわ」


私が言っても彼女は立ち上がって、仕方ないからその手を取った。


「ひとりじゃ持ちきれないでしょ」

「ゆみ」

「ううん。さっきのお礼。これくらいお返しさせてよ姉さん。なにがいい?」

「うふふ。それじゃあゆみのお任せにしようかしら」

「おおー。頑張る」


去り際に姉さんとちゅっとして、向こうで話してるみんなにも聞きに行く。

先輩は水、後輩ちゃんはオレンジ系の、メイちゃんは炭酸をご所望だった。


ふたりで自販機を目指していると、なんとなく指をもじもじとさせたたまきが私を見る。

めちゃくちゃ呆れられているらしい。


「あなたって、はたから見るとなんだか……アレね」

「じ、自覚はあるんだよ」


姉さんもだし、もちろん先輩や後輩ちゃんにもキスしてきたことを言っているのだろう。メイちゃんもぎゅぎゅっとしたし。

確かにはたから見たら……うん。外道だ。女の子をとっかえひっかえするどころの騒ぎじゃない。休憩スペースにいたほかのお客さんに、結構見られてた気もするし。


「あなたが刺されても、お見舞いはあまりなんども行けないわよ」

「縁起でもない」

「むしろお見舞いできるくらいで済むなら幸運じゃないかしら」

「それは……」


勢い余った先輩が包丁を手にしているところを思い描いてみる。

……なるほど。


「まさかこんな納得をしてしまうとは……本格的に生き方を見直すべきかもしれない」

「手遅れね」

「ひどいや」


そうこう言いつつ自販機に、あれ?


「たまき?」

「少しは私も、あなたを独り占めしたっていいでしょう?」


通り過ぎた自販機には目もくれず、にっこりと振り向く愛すべき幼馴染。

そこまで言われたら拒む理由もない。むしろ上機嫌に、緩めかけた歩調を並べる。


「更衣室のそばにも自販機あったっけ」

「あらなに。あなた、私をどこに連れ込もうとしてるのよ。波のプールの藻屑にしてやろうかしら」

「唐突に物騒。いやそうじゃなくて」


ちらっとリルカを見せつけると彼女は半目になる。

そしてカードを取り上げて、くるくるともてあそびながらため息。


「ユミ。こういうことをしなくても私はちゃんと分かっているつもりなんだけれど」

「それはそうなんだけど、なんか、なんだろ。……最近お金を払うのがONスイッチみたいなところあるから……」

「……病気じゃない」

「ほ、本気で引いたなぁ!」


そんなこと言いながらも更衣室に行ってくれるたまき優しい……と同時にやっぱり私って色々と終わってるのかなと思う。冷静に考えて援助交際じゃないと素直(?)になれないって……。


「なに落ち込んでるのよ」


ぴぴ、とほぼ同時に、ちゅ、と頬にくちづけが触れる。

心地よい慰めに目を細めて、まあこうして慰めてくれるなら悪くないのかもしれない、とか思って。


それからようやく今キスをしてきたのがたまきだということに気がつく。


「わ、え、は?」

「なによ。口にしたわけでもないのに大げさね」

「いやいやいや。だめだよ。浮気だよ好きな人いるんでしょ?」

「あなたの貞操観念どうなってるのよ……」


アミさんとはするじゃない、と言われてぐうの音も出ない。

いやでも姉さんは姉さんだし。姉さんとキスするくらい姉妹なら普通……あれ普通じゃない?いやでも私の周辺の姉妹って私たちだけだから実質これが普通。でぃすいずざのーまる。民主主義のちから……!


「まあ別にユミにしたところで問題ないわ」

「それはそれでショックだけど」

「あなたへの想いも、あの子への想いも、浮ついてなんていないもの」

「……私をどうこう言うけどたまきも大概だよ?」


惚れやすい友人にそういうこと言わないでほしい。勘違いしちゃうんだから。まったくもう。

けっ、と心がささくれだった私は、たまきの頬をむぃっとつまむ。


「そういうこと言ってるからフられるんだい」

「………………そうよね。所詮どう言いつくろったところで昔の女の面影を追うダメな女よ……」

「わー待って待ってうっそだよたまちゃんかわいー」


ずぅんと沈む彼女をよいしょするけど、返ってくるのは冷ややかなジト目。


「雑すぎじゃないかしらそれ」

「だって全然落ち込んでないし」

「なによ。もしかしたらほんとに落ち込んでるかもしれないでしょ」

「んー。じゃあ、はい」


むぎゅっと抱きしめて、ぽんぽんと頭をなでる。

不満げに口をとがらせて、でもまんざらでもなさそうに頬を染める彼女はなんとも愛らしい。


「じゃあ、ジュース買って戻ろっか」

「えっ」


とたんに眉を落としたたまきが、名残を惜しむように瞳を震わす。

これで帰ったら元カノとより戻そうとするっていうんだから、全力で甘やかしたくなってしまう。たまきに幸せになってほしい気持ちがもちろん九割を占めるけど、やっぱりちょっとは嫉妬してるんだよね。


「それともたまきは、私としたいこと、ある?」

「それは……」


手始めに尋ねてみると、なにやら意味ありげな反応。

ないならなくても私がふたりきりでいたいから全然いいんだけど、あるならもちろんかなえてあげたい。


「なになに?今の私は、たまきのものだよ」

「……した、出して?」


ゆっくりと私の拘束を払った彼女が、私を見上げる。

熱っぽい視線にドキリとさせられながら舌を出す。

たまきの顔が近づいて、そして―――


「……あぉ、あにやっへんお?」

「いえ。あなたの舌は二枚もないのね」

「ぺぁっ。誰が二枚舌だよう!」


ふにふにと舌を指で検分されて何事かと思ったら、この思わせぶり幼馴染め。

睨みつけると声をあげて笑われて、すぐに私もつられて笑ってしまう。


「ふぅ。満足したわ」

「えっ」


しまった、と思った時にはもう遅い。

ついうっかり反応してしまった私に、彼女はうっそりと笑みを深めた。


「あら。なあに。ユミ、あなた私としたいことでもあるの?」

「いっやえ、っと」


ゅら、としなだれかかってくる水着の幼馴染。

体を硬直させる私に、彼女はささやく。


「今の私は、あなたのものよ?ユミ」




もちろん時間いっぱいからかわれたし三回くらい笑われた。

ちくしょう。たまきめ。

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