第36話 積極的な後輩ちゃんと
「はろはろッス♪」
「ああうん、はろはろ」
「ひゅう!やっぱセンパイッス!」
ずびしっ、と敬礼をする後輩ちゃんに敬礼で返してみると、がばっと抱きつかれる。
なにか妙にテンションが高い。
彼女の方から遊びに来てもいいかと尋ねられたものだから快く受け入れてみたわけなんだけど、もしかしてホットケーキに味を占めたんだろうか。
癒し系な双子ロリとのめくるめく癒しの過剰供給のせいでしばらく失われていた活力が、その笑顔を見るとむくむくと蘇っていくのを実感する。
「ところでこれおみやげッス!フツツカものッス!」
「それ意味違わない?ありがとう」
彼女が差し出すマイバッグを受け取る。
よく分からないもちっとしてそうなキャラクターのバッグの中には、スーパーで買ってきたらしい、生クリームとスポンジケーキとその他いろいろ……うん?
「あの、これって?」
「キョーはケーキを作るッス!」
「あうん。突然だね」
「まーまーいーじゃないッスかー♪」
「いいけど。じゃあまあ、おあがりなすって」
「シツレイするッスー!」
私とお菓子作りするのにハマってくれたんだろうか。
そんなふうに思って簡単に浮かれてしまう私は、じゃれじゃれとじゃれついてくる後輩ちゃんと一緒にキッチンへ。
……彼女がむぎゅむぎゅ身体を押しつけてくるからなんとなく分かるんだけど。
後輩ちゃん、今日ブラしてない……?
そもそも控えめだから目立たないけど、触れる心地がいつもよりやわこい。
ちらっと意識してしまう私を見上げて後輩ちゃんは笑う。
「センパイなぁに意識してるッス?」
「や、ごめんごめん。なんでもない」
「そーゆーのはまたあとでッスよ~♪」
「あはは」
後輩ちゃんの言葉はちょっとした冗談だと思って、私は笑う。
なんだろう、後輩ちゃんがずっとにこにこしている。
いつもわりとずっとにこにこしてるけど、なんとなく違和感。
……危険信号みたいなものが鳴り響いている気がするけど、たぶん気のせい。
後輩ちゃんが普通にお菓子を作りに来たのだという可能性はまだまだ十分にあるはずだ。
そんなことを自分に言い聞かせながらキッチンに。
たどり着いてエプロンを渡すと、後輩ちゃんはいつもみたく私に紐を結ばれることを望んだ。
首に腕を回されて妙に顔が近い。
謎にどぎまぎしながら後輩ちゃんのエプロンを結んで、それからひとまずいつもどおりにリルカを差し出す。
今日は後輩ちゃんから誘ってくれたわけだし別に要らないのかもと思い直す前に彼女はスマホを重ねていて、ケーキ作りの火ぶたは斬って落とされた。
といってもやることはそう多くない。
クリームを作って、イチゴを切って、塗って挟んで塗って置くだけ。
「センパイとくっついてヤりたいッス~♡」
「う、うん」
そこはかとなく滲む怪しげな気配にうろたえつつも、後ろから抱き着くようにして彼女の手を操って、イチゴをごろごろカットしていく。
しゃとん、しゃとん、とカットし終えると、後輩ちゃんはイチゴジュースに濡れた手をまるであたりまえみたいに私の口元に寄せる。
「せんぱぁい♡あーん、ッス♡」
「きょ、うはなんか……ぐいぐいくるね?」
「えぇー?そッスかー?いつもドーリっすよぉ♡」
「そ、そうかな」
戸惑いつつも、ぐいぐいと寄せられる手をそっと舐る。
イチゴ味の奥に、ハンドクリームのキュッとなるような苦みをちょっぴり感じた。
指の一本一本を丁寧に。すこしは反撃になってくれないかとできる限りいやらしく舐ってみるのに、彼女は楽しげに笑うばかり。
さすがに強敵だ。
感心している間にも彼女の手からイチゴ味はなくなって、流しで綺麗に洗ってあげた。
そうしてみると彼女の手はよく手入れされていて、すこしドキリとさせられる。
ごまかすようにクリーム作りの準備をしていると、彼女はわくわくした様子で振り向く。
「みう初クリームなんッスよ!」
「そうなの?まあそんなに難しくないから大丈夫だよ」
「センパイがゆーなら安心ッス♡」
「ふっふっふ。ハジメテの後輩ちゃんにたっぷり教えてあげちゃおうかなぁ」
「ヘンタイみたいッスよセンパ~イ♡」
「ぐふっ」
冗談でやってるはずなのに、なぜか変態という言葉が突き刺さる。
たぶん双子ちゃんのせいだろう。ゔっ、あ゛だま゛が……ッ!
「どしたッスかセンパイ?」
「いや、大丈夫。ちょっと記憶の蓋が緩んでて」
「???」
クエスチョンマークを乱舞する後輩ちゃんに苦笑して、それはさておきホイップクリーム作りに着手する。
「こんなおさとう入れるッス?」
「ね。ビックリだよね」
「ナゾにショックッス」
そんなことを言いながら、生クリームとお砂糖の混合物をハンドミキサーでぎゅりぃぃぃぃぃと混ぜていく。
みるみる泡立ってもこもこと体積が増えていくクリームに後輩ちゃんは歓声を上げて、なんだかこっちまで嬉しくなる。
お菓子作りは人とやるのも楽しい。
甘い匂いは嗅いでいるだけでもテンション上がるし。
「わぉっ!跳ねたっす!」
「あははっ。エプロン着けててよかったね」
「ッスね~」
「あ、でもほら、ここにも飛んじゃってるよ」
ふと後輩ちゃんのほっぺにクリームが付いているのに気がついたから、それを舌で舐め取る。
不意打ちに目を見開いた後輩ちゃんは頬を染めてお尻を押しつけてくる。
照れているのだろうか。とてもかわいい。
「もぉー、センパイのえっちッス♡」
「ふふっ。後輩ちゃんは甘くて美味しいねえ」
「ひゃうっ♡」
ぱくっとほっぺを咥えてみると面白いくらいに反応してくれる。
かわいい。
調子に乗って、彼女のエプロンに跳んだクリームを指でぐりぐりと押し付ける。
「ふふ。エプロン汚れちゃったねぇ」
「んっ、センパぁイ♡そこくすぐったいッスよぉ♡」
「ほら、ちゃんとボウル持って?また跳ねちゃうよ」
「センパイこそぐいぐいくるじゃないッスかぁ……♡」
いちゃいちゃ。
たぶんIQはお砂糖と一緒にホイップされてしまっていたんだろう。
バカップルでもしないっていうくらいにそれはもういちゃいちゃいちゃいちゃ。
しながら作ったホイップクリームはちょっとばかし硬くなってしまったけど、これもまあ手作りの醍醐味っていう感じで。
「ふぅ。クリームもできたし、仕上げよっか」
「あ、センパイセンパイ!こっからはみうがひとりでやりたいッス!」
「ひとりで?」
「ッス!サプライズなケーキをお見せするッス!後ろ向いといてくださいッスー!」
「あはは。分かった。困ったらすぐに言ってね」
「ッスー!」
ふたりで飾り付けができないのはちょっぴり寂しいけど、後輩ちゃんがなにかしてくれるというのなら否はない。
大人しく振り向いた私に「いいって言うまでふりむいちゃダメッスからねー」とクギを刺して、後輩ちゃんはごそごそと作業を始める。
―――ぱさ。
と。
まるで布が落ちたような音。
「ダメッスよ」
とっさに振り向こうとして、彼女の強い口調に止められる。
気のせいと思うにはあまりにもわざとらしい音がまたいくつか。
それから食器の当たるようなかちゃかちゃという音がして。
「んっ……♡」
どう考えてもケーキを飾り付けるときに出ないような、艶っぽい声が紛れ込む。
なにかとても危険な気配をひしひしと感じながらも、彼女の言いなりに後ろを向いたままの私。
「―――いッスよ、センパイ♡」
彼女の声に導かれるままに、恐る恐る振り返る。
視界の端に映ったそれを冗談と思いたくて。
露になっていく全身に目が眩んで。
そして彼女と目が合って。
「えへへ。なんかさすがにハズいッスね」
などと照れ笑う彼女は、衣服を脱いで、ほぼ裸体を晒していた。
極めて布地の少ない紐の水着を着て。
そしてその胸やお腹なんかに、クリームで飾り付けがしてある。
「みうをたべてー♡なんちゃってッス」
彼女の細く、ふにやかな脂肪をまとう身体。
姉さんのもの以外でこんなにまじまじと見た身体もそうはなくて。
それもこんなにかわいい子が、頬を赤らめて、見せつけるように。
「あはは、もぉー。食べ物を粗末にしちゃだめでしょ?」
だけど、あまりにもぶっ飛びすぎて、逆になんとか冗談として処理することに成功する。
笑い飛ばす私へと、後輩ちゃんは見せつけるように胸をくいっと上げた。
「ソマツになんてするよていないッスよ♡」
「あははは……えと」
「ねぇセンパイ。センパイって、みうとえっちなこともしたいんッスよね?」
「はぇ?え、いやいやそんな、」
「だってこの前ゆってたじゃないッスかぁ~」
「えぇっ?!」
いつなにを言ったのかと急速に記憶をさかのぼる。
もちろん該当するような記憶なくて。
だけど、ない記憶の中に心当たりがあった。
ホットケーキ脳になっているときに。
彼女に、なにかを問われたような……?
「あの、あのね。えっと、私がなにを口走ったかは知らないけど、そりゃあこんなに魅力的な子は……ね?やっ、でもそんな邪なことはなくて!やり方はちょっとアレだったけど普通に仲良くなりたいっていう気持ちで、ホラだって、普段お話くらいはするけど、後輩ちゃんってけっこう誰にでもそんな感じだったし……」
自分で墓穴を掘っているような感覚がある。
まるで後輩ちゃんを独り占めしたいっていう下心が……あってしまうんだよなどうしよう。
リルカを手にする前から気さくに話しかけてくれていた彼女は、逆になんだか遠く感じて。それをもどかしく思っていたのは事実で。
もしかして彼女は、こうして煽ることで私の下劣な心をあぶり出そうとしているのだろうか。そうして最低な私を弾劾しようと……?
さぁと青ざめる私を、後輩ちゃんはくすくす笑う。
「なにカンチガイしてるかワカンナイッスけど、みう、キライなヒトにジブンからこんなことしないッスよ」
後輩ちゃんの手が伸びて、私の頬に触れる。
蛇のような、猛禽類のような、そんな捕食者の眼で見据えられる。
「センパイってぇ、たぶんジカクないッスけど、めっちゃオイシソウなんッスよ」
「お、おいしそう……?」
「ッス」
ぐいと引き寄せられて、息がかかるほどの近くに彼女がいる。
くっと無意識に唇を引き結ぶ私を、彼女はまた笑う。
「まったくスキってゆうの隠さないッスし、しかもこっちがちょっとでも好意的な反応したらスグよろこんじゃうじゃないッスかぁ」
「うぐぅ……」
それはつまり、めちゃくちゃちょろいということなのでは……?
反論したくてもできないで私は唸った。
「みうってケッコーレンアイとかキョーミないんッスよね」
「そうなの?」
少し意外に思って問いかけると、彼女は自嘲気味に頬を歪める。
「キモチイことはスキなんッスけど、べつにキモチなんていらないじゃないッスか。逆にセックスしたからスキになるとかもなくて。本とか読んでもゼンゼンドキドキしないッスし、みうにはエンがないんだなって諦めてたッス」
後輩ちゃんの手が耳の後ろをくすぐる。
なんだかここ最近色々と言われすぎたせいか、文脈から先を予想してしまって、そんなはずがないと必死に言い聞かせて。
「まあそれは今もなんッスけど」
「あ、はい」
そんなはずがなかった。
これでいいはずなのになにかショックだった。
そんな感情は、やっぱり簡単に見通せてしまうようで。
彼女は笑って、ちゅっと鼻先にくちづける。
それだけでショックなんてさっぱり忘れてしまうちょろい私に、彼女は瞳を鋭く光らせる。
「―――でもぉ、かといってセンパイがホカのオンナにとられるのはちょぉっと許せないんッスよねぇ」
「え゛」
他の女。
ざっと脳裏に思い浮かぶのがひとりじゃない辺りに私のクズさ加減が伺える。
「肩にこんなマーキングされて悦んじゃうみたいッスし?腰砕けにしちゃうくらいあつあつな人もいるらしいじゃないッスか。あんなゆーめーじんな
ひぇっ。
「そもそもあの居酒屋からどーのってウワサ、あれカンチガイとかじゃないッスよね?この前ホテル入ったヒトと同じだったッスもん。ケッコー目立ってるッスよ?みうも見たくらいなんッスからそりゃあチクられるッスよ」
ほ、ほぼ網羅されてる……?
この、えっ、いや、後輩ちゃんの情報網どうなってるの……?
完全に言葉を失う私に、彼女はぱっと笑みの質を明るく変える。
ぐっと頭を押し下げられて、中腰の姿勢で彼女のクリーム塗れの胸が目の前に。
とっさに逸らした視線で見上げる彼女は、明かりの影でにこやかに笑っていて
「だからみうも、負けてられないッスよねぇ♡」
「べ、べつに私おかしなことは」
「してないッスよね?なんとなくわかるッスよ」
「じゃあ」
「だからみうがイチバンのりッスね♡」
そういう解釈になるんだ。
というか。
彼女は私になにをさせるつもり……とか、考えるまでも、うん、ないんだろうけども……。
「といってもセンパイのキモチも汲んであげたいッス」
「……!」
「だからちゃあんとミズギ着たんッスよ」
その論法で言うと私の気持ちがとてもイケナイ代物になっちゃう気がするよ?大丈夫?私の気持ちすれ違ってない?
「ぁんっ♡」
「んなっ」
たらり。
溶けたクリームが肌に触れて、彼女はわざとらしく喘ぐ。
わざとらしいと思っていても、そういうつもりで聴かせているのだと思えばそれだけでヤバい。
「センパイがのんびりしてるから溶けてきちゃったッスよぉ……♡」
後輩ちゃんの指が、胸をにゅるりとなぞり上げて垂れたクリームを拭う。
何を見せられているんだろう。
私はいったいいつから違う時空に飛び込んでしまったのか。
け、健全、だょ……?
「あ、あのね。そういうのはほんと、ほぼプレイだからね?事実上のセックスと相違ないからね?」
「センパイはぁ♡みうのクリーム♡舐めたくないッスかぁ?♡」
「そういう二元論は私は嫌いかなッ!」
舐めたくないを否定することが舐めたいに直結すると思っている人は悔い改めてほしい。
オセロじゃないんだから人間にはグレーとかあるんだよ。
「―――はぁ……じゃあいッス。今日のところはミズギエプロンを披露するだけで我慢しとくッス」
「うん。……うん?」
あっれぇ。
なにか巧妙なドアインザフェイスが行われた気がする。
気のせい……?
ようやく解放されてうんうんと考えこむ私を尻目に、後輩ちゃんは自分の身体についたクリームを指で……。
「え、と、」
「ちゅっ……ッス?だってもったいないッスよ」
「ぇお、うんまあ、そう、だね……?」
マイクロな水着を着てクリームで装飾された美人の女の子が自分の身体のクリームを指で拭ってちゅるちゅる舐めるという光景。
……いや、ポルノだよ。アウトだよ?
「なんッスかぁせんぱぁい♡ほんとはナメたいんッスかぁ♡」
「ちがうからねッ!?ちがっ、はむ……ッ!?」
すっと差し出されたものだからつい咥えてしまう。
クリームだ。
うん。
それだけ。
お、お砂糖入れすぎたかなぁ……?
「どッス?」
「あ、あまい、です」
「ならよかったッス」
そう言って笑う彼女の笑顔は、どこまでもきらきらと輝いていて。
そんなに楽しそうに笑ってくれるのなら、まあ、なんか、良いかなって。
私はそんなふうに思って、いっしょになって笑った。
―――ただ、まあ。
ほんとにケーキ食べる時も水着エプロンだったのは、ちょっと笑い事じゃなかった。
私の人生、最近ほんとにどうかしてない……?
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