第29話 心配性な不良と
とっても健全な生徒会長を喉がかれるまで気持ちよくしてあげたから、年上を甘やかしたい欲はひとまず満たされた。
どうやら一回帰ってきていたらしい姉さんが声を聞いたようでちょっと険悪ムードになったりしたけど、それについては夜に姉さんからリルカなしでたっぷり
じつは姉さんは怒らせると怖い。
さてと明くる朝。
寝るのが遅くなった私は、だけど寝不足とは無縁なので無事寝坊。
どうせ遅刻だからとのんびり登校してそうそう、私は獰猛なオオカミさんに捕らえられて学校の外に引っ張られた。
訳も分からず連れて行かれるのは近くの公園のトイレの個室。
便座に強引に座らせられた私は身の危険を感じてとっさにリルカを差し出していた。
「あ゛ぁ?舐めてんのかてめぇ」
「ひぇっ」
彼女は未だかつてないほどに剣呑な表情で私を睨んで。
けれど殴りつける勢いで私に買われた。
「てめぇ自分の立場分かってんのか!?」
「まってまって。なに?ど、どうしたの」
「どうしたもこうしたもねーよッ。いま学校はクソみてぇなウワサでもちきりだぞ!」
うーん。
心当たりしかない。
けどそうと決まった訳でもないので、なんてことないように首をかしげる。
「噂?どういう」
「わぁってんだろ!エンコーのウワサだ!」
「それって元からあったんじゃないの?」
「こんどのはもっとヤバイってんだよ!」
胸ぐらをつかみ上げられる。
鬼気迫る様子はやっぱり怖いけど、とても心配してくれているのだと分かった。
だからむしろ落ち着いてしまう私に彼女は問いかける。
「てめぇ、マジのエンコーなんかしちゃいねぇだろうな」
「してないけど……あっ。もしかしてアレかも」
「心当たりあんのかッ!」
「あるねえ」
OLお姉さんとの件を見られていたのだろう。前回もそうだったし。
大丈夫だろうか彼女の方は。
私よりも社会的ダメージ大きそうだけど。
「ちょっとだけ待ってね」
「あ゛ぁん?」
迫力満点に凄まれるけど、律儀に待ってくれるらしい。
これ幸いとスマホで彼女に連絡を取ってみると、すぐに返信が来た。
けどどうやら向こうはどうもなっていないようだ。
それならいいや。
「向こうに迷惑かかってないみたい。よかった」
「はぁ?てめぇはまず自分の心配をしやがれッ!」
「いやまあ、大丈夫でしょ。今更だよ今更」
「……チッ!」
へらへら笑っている私に呆れたのか、彼女は私を突き飛ばす。
そしてどさりと便座に座り込む私に背を向けた。
「付き合ってらんねえ」
そう言って彼女は個室を出て行った。
とうぜん私はそれを追えない。
リルカの効力はあるから止めれば止まってくれるはずだ。
分かっていてもなにも言えない。
彼女の意志に背いてそんなことをしたくない。
最初の一回だけだ。彼女を強引に私のモノにするのは。最初だけ。
それで嫌われてしまったのなら、もうしかたがない。
「……うーん。思いのほかショック」
冗談めかして口にする。
冗談になってくれなくて、ずぅんと胸が沈んだ。
かといって泣くわけにはいかない。
親友とか先生とか、あとは先輩なんかもそうかもしれない。
会わせる顔はちゃんとしとかないとね。
なんて思っていると、突然影が差す。
「オイこら。止めろよバァカ」
「わぁお」
見上げる先にはしかめっ面の不良さん。
さすが不良なだけあって扉の上から覗き見るとかしちゃうんだなぁ。
なんてのんきに考える余裕はあんまりない。
えっ。
「えと、いっちゃったんじゃないの?」
「消えてほしかったかよ」
「ヤダけど」
「なら止めろよ」
「……」
「んだてめぇめんどくせえやつだな」
ひょいっと飛び降りた彼女はまた個室の中に戻ってくる。
カギを閉じて膝の上にまたがって、ぐいっと顔が近づく。
「お、重いなあ、とか、言ってみたり」
「そうでもしねえと逃げてきやがんだろてめぇ」
「もうちょこっとだけ『待て』させてもらっても……?」
「言ったろぉが。オレぁ気が短ぇんだ」
がぶり。
また食べられる。
っていうかし、した、舌入ってるんだけども。
「んっ、ふ、ゔっ」
「ぷぁ……くくっ、ブザマな声上げてんじゃねーよ」
「だっ、んむぐっ」
またまた食べられる。
このオオカミさん食欲旺盛すぎじゃないだろうか。
う、うぐぅ。
「っ、ぅう。およめにいけないよぅ」
「ふぅ。練習した甲斐があったぜ」
「―――練習?」
キスの練習を?舌入れてはぐきとかにゅるるんとなぞる感じのあの熱烈なのを?
誰と。
まさかそっちこそ援交とかしてないよね。
っていうかそんな舌で私に触れたんだ。
へぇ。
「うぉっ。おまっ、睨むなよ。ちげえよ自主トレだよ」
「えぇ~。サクラちゃんかっわいー」
「あ゛ぁん゛!?テッメェ可愛くねえなマジでッ!!!」
けらけらと笑ってみせると彼女は額に青筋を立てる。
安堵がからかいとしてこぼれてしまっただけでまったく悪気はないんだよね。ほんとに。
でもそっか、自主トレか。
ディープキスの個人練習。
彼女がひとりで。
かわいい。
それも私とするために。
かわいいの権化。
「笑ってんじゃねぇぞコラッ!」
にへらと笑ったらさらに彼女の怒りを煽ったようで、首をひっつかんでがっくんがっくんされる。
襟首じゃなくて首。
殺害かな?
「じ、じぬぅ、ぅ、」
「うぉっ。わりい。苦しませて殺すところだった」
「苦しまずに殺すつもりでいるの……?」
「冗談だっての」
ちゅっと額にキスされる。
なんだかんだこれが一番照れた。
いやだってめちゃくちゃかわいいし。
なんならかわいがられてる感もあるし。
ふぐぅ。
「まったくよ。なんか軽ぃんだよなてめぇ。分かってんのか状況がよ」
「まあ、基本的には好きな人以外にはどう思われても別にいいし」
「ん゛なっ」
ディープなのでもおでこでも赤面しなかった彼女が真っ赤になる。
やっぱり言葉のほうが有効らしい。
かわいい。
「はい照れたー。勝ちだからね」
「競ってねぇよ」
「私の精神衛生上重要なことなんだよ」
「はぁ?」
いみわかんねえ、と肩をすくめられる。
まあしかたない。
それはさておき。
ちょっと変なノリになったけど、そろそろちょっと落ち着くことにする。
聞きたいこともあるし。
「ところで、わざわざ心配してきてくれたの?」
「きくまでもねえだろ」
「そっか。ふふ。うれしい」
「そうかよ」
ちゅ、と頬にキス。
素直にうれしい。
「ま、その調子だと大丈夫そうだな」
「……ありがとね」
「あ?別に気にすんなよ」
「ううん」
彼女をきゅっと抱きしめる。
もっと近くに触れたくて、もっともっとと力をこめる。
「―――私はなにもしてあげられなかったのに、ごめんね」
彼女に噂が立ったとき。
私はなんにもできなくて。
べつに一クラスメイトのことなんてどうでもいいっちゃいいんだけど。
そんなことを、すこしだけ気にしていた。
……だから買った。
素面で彼女に関わる勇気がなかったから。
うつむく私を彼女は引き剥がす。
獰猛な視線が真っ向から向けられる。
「てめぇ、んなこと気にしてんのか」
「いや別にいまはしてないけど」
「はぁ?」
怪訝な顔をする彼女に笑いかける。
でも、あんまり待たせるなって言ったのは彼女の方だ。
「でも一回謝っておかないとフェアじゃないから」
「あ?」
彼女の唇に噛みつく。
それはもうがっぷりと。
とっさに迎え撃ってくる経験豊富(笑)な舌を歯で咥えて、彼女のスカートの腰回りから手を差し入れた。
ぐぐぃと舌が引っ張られるから大人しく離してあげる。
「っ、てめひゃあんっ!?」
「わっと」
ちょっっっとばかし手が滑ってしまうと、彼女はかわいらしい声を上げる。
びっくりして手を離したら、もう二度と滑らすまいという堅牢な意志を感じさせる力強さで握りしめられた。
そしてあっという間に最鋭記録を更新した視線に貫かれる。
頬を染める熱によって鍛造されたのかもしれない。
「おい。なにしてんだおいコラ」
「なにって、ごほうび?あんまり待たせちゃうのも悪いからさ」
「褒美って、テメッ、なにするつもりなんだおい!?」
「セ」
「口開くなばかやろぉッ!」
がぶっ、と口を閉ざされる。
危うく舌が裁断されるところだった。
あっぶない。
抗議の視線を向けると、彼女は鼻先がすれ違うくらい顔を寄せる。
「そーゆーこたぁ結婚するまでしちゃいけねぇんだよバカがっ!」
「うっそでしょ貞操観念平安時代なの」
「うっせぇよ!婚姻届け持ってくるぞあ゛ぁ!?」
「えっ、ほんとにめちゃくちゃ動揺してない?脅しの意味がまったく通ってないよ」
どうどうと落ち着けようとするけど、彼女は鼻息荒い暴れ牛みたいでどうにも上手くいかない。
ももが潰れそう。
「ま、待って待って。冗談だから。変なこととか全然しない。健全だよ」
「ぶるるるぅッ!」
「お、落ち着こう?大丈夫だから。ね?ほーらなにもしなーい」
「そもそもてめぇとそーゆーことすんのが褒美だ?なに言ってんだバカか」
「と、とうとつな正論だ」
そう言われると急に恥ずかしくなる。
あっ。急に死にたい。
えっ。なんで死んでないんだろう私。
うっそでしょ。死んだほうがいいのでは……?
落ち込む私の顎をくいっと持ち上げる。
噛みつくようなくちづけがもうひとつ。
舌の触れ合いはなくて、だけどこれまでで一番深いくちづけ。
ふつうこういうときは目を閉じたほうがいいんだよね。
だけど彼女から目を離せないから、どうしようもない。
口を離した彼女は、すっかり彼女しか見えなくなった私をしっかりと射抜いた。
「―――てめぇが欲しがってんだろぉがよ、オレを」
あまりにも自信に満ちた彼女の視線。
自信過剰と、そう苦笑することもできない。
正直なところこういう責め方は痛い。
私がお金を出しているというのは事実なのだ。
だからどうしても、彼女の言葉を否定できない。
「じゃ、じゃあ私がお願いしたらシてくれたりしてね。あはは」
「いいぜ」
「ぅいっ」
「まあ婚姻届けにサインはしてもらうけどよ」
「ぅ、うん」
あまりにもあっさりと、けれど真剣に受け入れられてしまって、ずいぶんと戸惑う。
ごくりと唾を飲み込む私が、熱に浮かされるみたいに口を近づけていくと、彼女は肩を抑えて止める。からかわれていたのかと照れ笑おうとして、目玉が焼け付くのが分かった。
そんな私をなだめるように、彼女の手がわしゃわしゃと頭をなでる。
「そうじゃねえよ。おねがいってんならシラフでやれっつぅんだよ」
「え、と」
「オレぁ、金で買われてやるほど安かねぇ」
がぶ、と肩に噛みつかれる。
肌を切り裂かれるあまい痛みが指先までを痺れさせる。
これから学校なのにな、と。そんなひどく冷静な思考が巡っていた。
滲む血液を丹念に舐め取る舌先の心地よさに目を閉じる。
ぢゅ、とすする感触。離れていく彼女の口。
見下ろせば、くっきりと残った歯形がてらてらと濡れている。
「ま、これくらいならやってやるけどよ。マーキングってこったな」
「う、うん」
彼女に痕を刻まれたという事実が妙に心臓を弾ませる。
どきどきしていると、彼女はてきぱきとウェットティッシュ(ノンアル)で肩を拭った。
ずいぶんと用意がいい。
ちょっぴりがっかりする私に、彼女は顔を近づけてくる。
ちがうな、ってなんとなく思ったら、それを察したのか口の端にちょんっと触れられて、それから耳元に口が触れる。
「それが消えるまでは待ってやるよ」
「きえる、まで」
「せいぜい
「……うん」
もう今日は負けでいいかなって。
彼女のからかうような笑い声を聞きながら、そんなことを思った。
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