第30話 心優しい図書委員と

心配性な不良にマーキングされた痕を一生懸命隠しながら登校する。

やっぱりすぐに呼び出されるのかなぁと思っていたけど、そういうこともなく教室についてしまう。

かなり心配している様子の親友をなだめるのにまたメンタルを使いつつ、とりあえず今日は地味に過ごそうかなぁ、とか思っていたら。


なんか、拉致監禁された。


下手人は図書委員の彼女。

お昼休みに突然現れた彼女は、私を引っ張って人気ひとけのない更衣室に連れ込んだのだった。

私と同じ日陰者のオーラをもつ彼女とは思えないアグレッシブさに驚いていたから、まったく抵抗なんてできなかった。


どうしたの、と問いかける余裕もなく。

私をロッカーに押し付けて縋り付く彼女は、わんわんと泣きだした。


「ごめんなさいっ、ごめ、なさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

「ど、どうしたの」


泣きじゃくりながら謝る彼女に胸が痛む。

だって、理由なんて分からないけどたぶん私のせいだ。

変な噂が流れているこの状況に関係ないわけがない。

だから一生懸命なだめながら、彼女の謝罪の理由をきいた。


ら。


「―――それじゃあ、私のために怒ってくれたんだね」

「ぐずっ、ぅ、でも、わだじっ、なんにもっ、」

「ううん。うれしいよ。とってもうれしい。ありがとう」


ぐずぐずと鼻を鳴らす彼女をぽんぽんとなだめる。

制服がちょっとばかし汚れるけど、そんなことは全く気にならない。


どうやら彼女は私の噂を聞きつけて心苦しく思ってくれたようで、クラスで面白半分に話していたグループに我慢できずに抗議してくれたらしい。

だけどもちろん彼女にそんなパワーがあるわけもなく、そのうえ私とふたりきりでいるところを目撃されていたとかで反対にいろいろと言われてしまったという。


それで悔しいやら悲しいやらでたまらなくなってこんなことをしたと。


「ありがとう。私のために怒ってくれて。ほんとうに……」


―――どうして、そんなことをしてしまったのだろうか。


私のことなんてどうでもいいのに。

金で買って好き勝手するような外道なんだから、いい気味だって笑ってくれてもいいのに。


なんて、見捨ててしまう訳にもいかないけどさ。


そんなことを思いながらも、私は彼女にリルカを差し出す。

反省がないと怒鳴られたってしかたがないことだ。

だけど彼女はそうはせず、いやいやと首を振って拒んだ。

すっかり俯いてしまって目を見てもくれない。


ずきん、と胸が痛む。


調子に乗りすぎたのだろうと思う。

思えば前回の彼女にはそれはもう沢山の言葉を言わせてしまったし。

それにこんな、援助交際のウワサが立っているような人間だったら、嫌だろう。

怒ってくれたといっても、それでもきっと気持ち悪い。


冗談だと笑ってリルカをしまおうとする私に、彼女はか細い声で言った。


「いまは、ど、どなったので声が……あの……」


……?

この子、この期に及んで声を心配しているというのだろうか。

私が声を好きって言ったから?


それとも私が、ほんとに声しか求めてないと思っているのか。


どちらにしても、そんなことを言われたらもうたまらない。


「―――知らない。あなたが欲しい。私を嫌じゃないなら受け入れて」

「ふぇぇ」


真っ赤になって離れようとする彼女を抱き止める。

逃がすつもりはない。毛頭ない。いや、無くなった。永久脱毛だ。

すくなくとも私を本気で拒むというのでなければ二度と逃がすもんか。

かわいすぎるだろうこの子。

この期に及んで声の心配って。

そんなバカなことないでしょ。


「もしも嫌ならいま言って。そしたら二度としない。約束する」

「!」


ふにりと頬にリルカを押しつけて迫れば、彼女は目を見開いてすぐにスマホをかざしてくれた。

彼女が嫌がっていないのだと強く実感できる事実だ。

理由なんてことはこの際どうでもいい。


全速力で体勢を逆転して、彼女をロッカーに押し付ける。

耳に吐息を近づければ、彼女はびっくりして身体を強張らせる。


「私のために声を枯らしてくれてありがとう」

「ぁ、いえ、んむ」


なにかを言おうとした彼女の口を塞ぐ。

彼女の身体が熱くなっていくのが分かる。

ちょっとは怖がってくれてもいい場面だと思うんだけど、照れるのに忙しくてそうもいかないらしい。


「だから今日はお礼の日にするね」

「んもぐ」

「普段は私が声を楽しませてもらってるから、今度は逆」

「もぐまぐ」

「今日はね、私がいっぱい声をあげる」

「ぐもぐ」


私が言うたびに彼女が反応して、手のひらに暖かな湿気と唇の動きが触れる。

なんかこう、背徳感が凄い。

同級生の地味な女の子の口を塞いでロッカーに押し付けてるんだよね、今。

リルカの効果中ということは、仮にここで変なことをしても是非はどうあれ拒絶はできない訳だし。


深く考えるとあまりよくない衝動が生まれてしまいそうだったので、さっそく特別回を開催してみる。

最初はまあ、いつものかな。


「かわいいよ」

「むぐぅ」

「いつも言ってるけど、まだまだ言い足りないくらい、いつもいつもかわいい。こんなこと言ったらいけないかもしれないけど、泣き顔もとってもかわいい。恥ずかしがる顔もかわいい。全部全部かわいいの。知ってる?あなたってね、恥ずかしがってるとき下唇をちょっとだけ噛むの。そんな仕草がかわいいの。ほかにも髪をかき上げるとき、右手で左側の髪をかき上げたりするでしょう?それがね、なんか、ほんとうに、女の子っていう感じでかわいい。あっ。嫌じゃない?同級生に女の子なんて呼ばれたくないかな」

「……むぐ」


言葉を重ねるたびに力が抜けていく彼女は、それでも首を振ってくれる。


「そっか。よかった」


すこしだけ安心する。

彼女はなんと言うか、私の中の『女の子』っていうステレオタイプが妙に似合う女の子なんだ。

かわいらしくて、儚くて、どこか弱々しくて、だけどとってもやさしい。

そんな見方が、失礼じゃないと分かったことがうれしい。


「こんなに素敵な女の子が私のために涙を流してくれてると思うとね、あなたの涙が全部宝石に見えるの。キレイでね、素敵で、ほんとは話を聞いた瞬間からね。あなたをこうして思いっきり抱きしめたかったの。私って実はとっても自己中だから、私のために泣いてくれるっていうだけでどうしようもないくらいうれしいの」

「もぐ……」


力が抜けてずるずると落ちていく彼女に合わせてしゃがむ。

なんてことをしているうちに、もう彼女はぺたんと座り込んでしまっている。

傍から見たらどういう光景に写るのか、とか気にする余裕は私にはなかった。

彼女を喜ばせるための言葉ばかりを考える。


「かわいいよ。好き。あなたのことを私のモノにしたいくらい。ううん。だからこうしてる。あなたの声が好きって言ったことがあるよね。だけどそれだけじゃないの。声だけじゃないの。あなたの話しかたとか、受け答えとか、言葉遣いとか、そういう全部が好き。言葉って、その人の性格がたくさん出るでしょう?だから私ね、もとからあなたのことが大好きだったの。あなたとお友達になりたいって思ってた。でもお友達にこんなことはしないでしょう?だからいまこうしてお金であなたを買っているの。そうでもして独り占めしたいくらいに、あなたのことが大好き」


いままでこんなに回ったことがないというくらいに舌が回る。

もはや座ってさえいられなくなった彼女に覆いかぶさって、私は彼女の耳元で囁き続けていた。

彼女からの反応がなくなっていることにさえ気がついていない。

火傷しそうなくらいに熱い彼女はぴくぴく震えるだけになっていたけど、苦しんでいないと分かっていたから。


……いや、多分そんなことなくてふつうに理性が飛んでた。


なにせ完全に私が一方的に好き勝手できる相手ってこの子くらいだし。

そのせいでこう、いろいろ、溢れてしまうというか、なんというか。


「喉が休まったらまたあなたを買うよ。そうしたらね。ね。今度はあなたからシてほしいな。もっといっぱいシてあげるから。それを全部覚えていて?私がどんな風にあなたを褒めたのか、私がどんな風にあなたに好きと言ったのか。全部覚えていて?今度はそれをあなたが私にくれるの。そうしたらもっといっぱい好きって言ってあげる。いいでしょう?毎回そうしよう。ふたりでいっぱいシよ?ね。いまからあなたの好きなところをたくさん言うよ。たった30分じゃ言い切れないけど、時間たっぷりだけ言うよ。そうしたら次がもっと楽しみになるでしょ。いいよね。聞いてね。こっちの耳だけじゃなくてもう片方の耳にも言うよ。ほら。いま触ってる方。ふふ、やわらかいね。とっても熱くなってる。こっちにもたくさんあげるからね。いい?言うよ。好き。私のために怒ってくれるところが好き。喉が痛くなっちゃうくらい一生懸命になってくれるところが好き。私のために怖い相手に勇気を出してくれたのが好き。私のせいで泣いてくれることが好き。私のために泣いてくれるところが好き。悔しがってくれるのも好きだし悲しんでくれるのももちろん好き―――」


―――結局。


時間いっぱいささやき続けた私が我に返ったときには、彼女はすっかり腰砕けになっていた。

意識を保っているのが奇跡としか思えないようなありさまの彼女を介抱しながら教室に連れて行ったせいで余計な注目を浴びてしまったけど、まあ仕方のないことだろう。


ちなみに。

恐らく彼女が突っかかっただろうグループの人たちは、精一杯艶っぽく笑いかけたら頬を染めながら慌てて逃げだしたのでもう大丈夫だと思う。


どうあがいても抗えない迫力を放つ姉さんをイメージしてみたけど、なかなか私も捨てたものじゃないようだ。

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