第27話 酔いどれのOLと

金欠だ。

圧倒的にお金がない。

好奇心旺盛な女子中学生とヒミツの撮影会なんかしながらもしこしこバイトを頑張っているからもうすぐお給料をもらえるけど、リルカはなるべく控えめにしていかなきゃ。


なんて思って粛々と学校生活を送っていたある日、メッセが届いた。


『《日比野司》ゆみちゃ~ん♡♡♡』

『《日比野司》(*´з`)~♡』

『《日比野司》あいしてるぅ♡』

『《日比野司》おむかえにきてよぉ~♪』


以前知り合ったOLお姉さんから、酔いが文面からも伝わってくるような文章で。

どうやらいまは会社の飲み会に出席しているようで、酔ってしまったからお迎えが欲しいらしい。

かわいい。

けど時間が時間だし、今日は姉さんもいるから……うーむ。


「姉さん、私ちょっと出かけてきてもいい?」

「こんな夜遅くにだなんて、いったいどうしたのかしら」

「うんと……」


この前援交したOLを飲み会から攫いに行く―――いや言えないなこれは。

かといって姉さんに嘘を吐くのはなぁ……。


うんうん悩んでいると、姉さんはくすくすと優しく笑った。


「いいのよ。ゆみちゃんはもう子供じゃないもの。そうしたいのなら、すればいいわ」

「姉さん……」


姉さんの優しい信頼がとても嬉しい。

ぎゅっと抱きしめてからベッドを降りようとすると、そっと腕を掴まれる。


「―――でも、私を嫉妬させるようなことはしないでね」

「……………………ぁい」


ああ。

ゾクゾクきてしまう。

姉さんの笑っていない目。

こんなの妹に向けるべきじゃない。

そして私も、そんなのを喜ぶなんて妹のすることじゃないよね。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいゆみちゃん」


姉さんのくちづけを手の甲に受け取る。

濡れた温もりの痕にくちびるを触れる。

ふたりで笑みを交わして。

身体に残った姉さんの温もりを閉じ込めるように服を着て家を出た。


送られてきた位置情報は駅の近くだ。

つまり自宅からはちょっと遠い。

夜道のひとり歩きはこわいから、なるべく人通りと街灯の多い場所をスマホと防犯ブザー片手に歩いていく。

なにもなくてもなんだか視線を感じちゃうよね。こわやこわや。


「ここかな?」


とくに何事もなくたどり着いた居酒屋を覗いてみると、お酒の匂いがむんっと体当たりしてくる。

きょろきょろ見回すと見覚えのある女性がいる一団があって、彼女はテーブルに突っ伏してうだうだ唸っていた。

だいぶお疲れみたいだ。

かわいい。


「どうもこんばんはー」

「んぁ~、ゆみちゃんだぁ~」

「わお」


声をかけるとすぐに抱き着いてくる彼女を受け止める。

お酒の匂いがする。

けど、その割には足取りはしっかりしている。のっそりとのしかかるみたいに見えてあんまり重くもないし。


「……おねぇさんずいぶん酔っちゃったんですね」

「んぃ~。そなの~」


視線を向けると彼女はつぃっと視線を逸らした。

社会人っていうのも大変みたいだ。


「えぇーなになに妹さん!?カワイー!」

「あはは。どうもこんばんわ。お騒がせしました」

「いいっていいって。にしてもこいつがこんなべろんべろんになるなんてねー」

「ふだんまったく呑まないからねー」

「ふふ。そうですか」


腕の中の彼女の体温がぼんやりと上がる。

どうやらずいぶんと酔っぱらっているらしい。


「あ、ではそろそろ行きますね」

「はいはーい。お姉さんをよろしくねー」

「妹さんもちょっと呑んでったらいいのに~」

「バッカじゃないのどう見ても高校生じゃないのもぉー」


会社の仲間らしい人たちがわいわいと騒ぎ始めるのを尻目に。

酔っ払いのおねぇさんに肩を貸して居酒屋から連れ出す。

夜風に触れた彼女はすこし身震いをして、はふぅと大きく吐息した。

隙だらけなので思いっきり身体を寄せてみる。


「それでぇ、おねぇさんは私とどこに行きたいんですかぁ?」


くりくりと胸の辺りを指でなぞると、彼女はごくりと唾を呑んだ。


「う、うちの家な。こっから近いんけど……」

「へぇー。ふぅん」


こんな時間に女子高生を自宅に連れて行く。

そんな不道徳を咎めるように冷ややかな視線を向けてみると、彼女は慌てて手を振った。


「じょ、じょうだんやって!そないな目ぇ向けんといて……」

「うふふ。ジョーダンですよ。どこです?おねぇさんのお家」

「え。ほ、ほんきなん?」


目を丸くする彼女のおへそをくすぐる。

身体を硬直させる彼女の耳元に背伸びして囁いた。


「おねぇさんがどうしても休憩・・していきたいって言うなら……いいですけど?」

「ひぃえっ。じゅ、住所メッセージで送るねッ」


すぐにスマホを取り出して慌てて操作する彼女。

かわいい。

こんな見も知らぬ女の子に住所を教えちゃうだなんてずいぶんと無防備だ。

にやにやしながら住所を教えてもらうと、どうやらほんとにかなり近くみたいだった。


ドキドキしているらしい彼女と、会話らしい会話もせずにその住所に向かう。

彼女はとてもドキドキして会話どころじゃないようだ。

試みに恋人つなぎをしてみるとめちゃくちゃ意識して視線がきょろきょろ動揺しまくる。

かわいい。

大人とは思えないくらいかわいい。

先生と遭遇させでもしたら死んでしまうんじゃないだろうか……いや私以外にあんなことする先生とか許せないな。どうしてやろうかあの人。


……だめだ返り討ちにされる未来しか見えない。


なんてくだらないことを考えつつ。

ついてみると、それは頂点が夜闇に溶けるほどに高いマンションだった。

当然オートロックで監視カメラつき。


「おねぇさんってけっこうお金持ち?」

「そ、そないなことないとおもぉけど」


恥ずかし気にバッグを漁って取り出したカギでそそくさとオートロックを通り抜ける。

エレベーターで空まで飛んで、お姉さんの居室である1103号室のノブを掴んだ手をがっしりと止められた。


「まっ、ごめ、あの一回おそうじ」

「だぁめ」

「あぁー!!」


制止を振り切って部屋に入る。

どんな汚部屋でもいいや、とか思っていたけど、見た感じはかなりキレイにお掃除されている。

っていうか広い。

ぱっと見でも最低2LDK。

……独り暮らしじゃないのかも。


んんっ。なんかこう、申し訳ない。


「わぁひろーい!やっぱりお金持ちでしょおねぇさん。あ、それか恋人さんと同棲中?」

「ややややや今はおらへんよっ!?ずぅっとひとり暮らし!てかおったらこないな……ッ」


どうやら勢いのままにいまの状況(女子高生を自宅に連れ込んで援助交際)を理解してしまったようで、お姉さんは顔を真っ赤にして硬直する。

すくなくともひとり暮らしみたいだと分かって私も安心だ。


いや、っていうかだとしたらやっぱりお姉さんけっこうな高給取りなのでは……?

あんなによれよれになるまで頑張ってるだけのことはある。

うーむ。目いっぱい労ってあげるとしよう。


「ほらおねぇさん。そんなところで立ってたらせっかくの夜が台無しだよ?」

「う、ぉ、おぉ、」


とりあえずカチコチのお姉さんをベッドに誘う。

一人暮らしなのにとても大きい。

ふちに座って隣り合ってみる。

やっぱりめちゃくちゃ緊張しているようで、ももをさすってみるとひき肉みたいな声を上げる。


前回同様ちょっとしたお話から始めるとしよう。

ちょうど聞きたいこともあるしね。


ずぃとお姉さんの顔を覗き込む。


「ところでぇ……なぁんでわざわざ酔ったフリなんてしてまで呼んだんですかぁ?」

「え゛っ」


足取りとかカギを開ける様子とか、まったく酔っているようには見えない。

そもそも酔いの勢いにしても私を呼ぶとか意味分からないし。

連絡先を知っているだけの赤の他人の女の子を、ふつう飲み会になんて呼び出さない。


なにか理由があったはずだ。

そうでなかったらさすがにちょっと……喜ぶべきか悩ましいところ。


「や、やだなぁなに言ってんねん。はぁー、ウチほんとめちゃ酔ってるわぁー。ひとりでなんて絶対帰れんわぁー」

「だからってわざわざ私を呼ぶ必要ないじゃないですかぁ。ステキな同僚さんもいるみたいですしぃ?」

「うぐぅ……」


逃がすつもりはないのでぐいぐいと追い詰める。

ほれほれとほっぺを突いてみると彼女は俯きながらもぽつりと語った。


「ちょ、ちょっと会社でヤなことあってな……久しぶりにお酒飲んだら……その…………」


ちらと視線を向けて、もじもじと足をすり合わせる。

ゆっくり言葉を待っていると、彼女はなんどか空気を食んで。


「あ、会いたいなぁ、とか……きゅ、急に思ってん……」


か細い声で、そう続けた。


「……そうなんだ」


―――恋人かな?


いや、うん。

っていうか乙女?


「う、ウチもおかしい思ってんけどな。ゆみちゃんの顔が思い浮かんで、気がついたらあんなこと……」

「うふふ。おねぇさん私のこと大好きなんですね」

「あっ!ででででもそーゆーんとちゃうから!あんなやさしぅされたん始めてやったから……」

「なるほど。それであまえたくなっちゃったんですねぇ……大人なのにぃ」


からかいながらリルカを差し出す。

彼女はぼしゅうと湯気を上げてスマホをきゅうと握りしめた。


「い、いじわるせんといて……」

「だってまだおねぇさんからおねだりしてもらってませんよ?」


リルカをくるくる見せつければ、おずおずとスマホが近づいて、けどかざす前に引っ込む。


「ってゆうか、ウチからお金払った方がいいんとちゃうの?なんやすごい罪悪感あんねん」

「だめですよ。そんなことしたら援助交際じゃないですか。犯罪ですよ?それ」

「え……え?や、そんなことゆうたら、」

「まあまあ細かいことはいいじゃないですか」


戸惑うお姉さんを押し切って、ぴぴ、と取引を成立させる。

未成年に金銭を渡してイロイロするのはいけないけど、逆はきっと大丈夫。たぶん。ダメだったらゴメンねお姉さん。


「わわわっ」


内心で謝りながらお姉さんを引き倒す。

さして大きくもない胸にお姉さんの顔をむぃっと抱きしめて、よぅしよぅしと頭を撫でる。

姉さん仕込みのあまやかしスキルを発揮するとしよう……他人にしても犯罪にならないていどで。


「あ、あかんよ。お風呂も入っとらんし、」

「ふふ、前回もそうだったよ」

「で、でも」

「それにお姉さんの匂い、私好きだよ?」


汗とシャンプーとお酒の中に、ずんっとくるような疲労の匂い。

頑張ったんだなあってそう思う。

むくむくと湧き上がる甘やかし欲求に従うまま、彼女の背をぽんぽんぽんと一定のリズムで叩く。


「お疲れさま。悪酔いしちゃってないですか?大丈夫かな」

「だ、だいじょぶ……やけどその、これは……」

「うふふ。もっと気持ちい身体だったらよかったですよね」

「そないなことない!ゆみちゃん気持ちええよ?……せやけど恥ずかしいやん」


もじもじと俯くお姉さん。

だけど私もちょっとダメージがでかい。

だって、気持ちいとか。

せ、セクハラ反対でーす。


くっ、完全に優位のつもりだったのに。


「っ、ぅん。いいんですよ。いまは私のモノなんですから」

「あれ。……ゆみちゃんも恥ずかしいん?」

「や、あの、気持ちいとか面と向かって言われるとですね」

「え。そないなことウチゆった?」

「言いましたよ、もう……えっち」


ちゅ、と生え際に唇を触れるとお姉さんは真っ赤になる。

かわいい。


「あかん……酒なんて飲んだからや。ごめんなぁ」

「いえいえ。嬉しくはありますから」

「う、嬉しいん?」

「ええ。好きな人に言われたら」

「すきぃ……?―――えっ、や、あかんやでそそそそんなん。ウチこんなんやし、ってかまだ出会ってそない時間も経ってへんし」


あわあわと慌てるお姉さん。

もうちょっとからかってみようと思ったのについつい笑いがこぼれてしまう。

ぱちくりまたたく私を見てお姉さんは何か気がついたようで、むっとして頬を膨らませた。


「か、からかってん?」

「まさかぁ。好きですよ?こうしていっぱいあまやかせる人って少ないですから」

「ペット感覚なん……」

「やぁですか?」

「……………………お、大人をからかったらあかんよ」


そう言ってまんざらでもなさそうにそっぽを向いてしまう大人なお姉さん。

かわいい。


なんてくだらないやり取りをしつつも、お姉さんの心音に合わせてゆるゆるなでているとずいぶんリラックスしてくる。酔いもあるし疲れもたまっているしで、お姉さんのまぶたはちょっとずつ重さを増しているようだった。


「ふふ。ゆっくり眠ってもいいんですよ」

「んぅ……こんどはこどもあつかい……」


とろんと眠たそうな瞳で睨みながら這い上がってくる。

けどほっぺが触れあうくらいで力尽きて、彼女はむにゃむにゃと言葉を噛んだ。

かわいい。


「やぁならいいですけど」

「……やぁじゃないかもしれん……」

「ならいいですね」

「ぅむ……」


なんだかお偉いさんみたいな言葉遣いになっている。

かわいい。

オトナの人が私の胸のなかで、私に甘えながら安らかに眠っているっていうのが最高にかわいい。

なにせ先生だとこんな風にはできないし。


これも母性みたいなものかなぁなんて思いながら、私はお姉さんの枕になるのだった。

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