第26話 好奇心旺盛な女子中学生と

彼女持ちの姉と一線を越えた。

その事実はなにか不思議な感動があって、足元がすこしふわふわしているような心地だった。これが浮足立つ、というやつなんだろう。


とはいえ、それでも緊張してしまうのがバイト先だ。


平日はとくになにもおかしなことはなかったんだけど、それがむしろ恐ろしかった。

なにせつい先週に婚約宣言されたばかりなんだ。

あれは実質的な告白だった。

けっきょく私が明確な返答をしていないとはいえ、彼女のようすはもう恋人でいると思っているかもしれないくらいで。


さあどうしようかと朝からぐるぐると頭を悩ませても特に妙案は浮かばず。

あっさりと迎えたお昼休憩、いつものロッカールームで私の膝の上に彼女がいる。

それも向かい合うような形だ。

線の細い身体がむきゅうと押し付けられていて、見上げる視線はどこか艶っぽい。

自分に想いを寄せている女の子がその距離感にいるって考えたらもうたまらない。

一回くらいいいんじゃないかって、そんな邪なささやきが脳の奥から聴こえてくる。



私は彼女が口を開く前にリルカを差し出した。

先手必勝、兵は神速を貴ぶ、つまりたぶんそういうこと。

真っ赤になるんじゃなくてぽぽっと色づく感じの穏やかな赤面具合が恐ろしいけどたぶん大丈夫。迷いない手つきでスマホをかざして即座に顔を近づけてくるのもたぶん別に普通……いやうん……うん……。


「ユミ姉、あのね」


戸惑っているうちに先手を取られた。

ダメかもしれない。


「わたし、いろいろお、おべんきょう……した、よ?」


―――――

―――


「ゔっ……いあ゛、ど、いやあの、えとねメイちゃん。我が国の地方自治体が定めるところの青少年保護育成条例には淫行に関する処罰規定っていう条文がね」

「うん。それに援助交際えんじょこーさいだと、きっと児童福祉法じどーふくしほー34条1項6号で禁止されてる『児童に淫行をさせる行為』に該当しちゃうね」

「いろいろお勉強してるッ!?」


―――

―――――


みたいなことにならないかなぁ……ならないんだろうなぁ……。

私はお勉強したよ。ちょっとね。うん。

いやだって怖いし。

うっかり法を犯したくないし。

メイちゃんもだけどあの双子ちゃんもね……。


「でもね、あのね」


幻想の向こうから少女の眼差しが私を射抜く。

現実逃避を許さない、鼻先が触れるほどの距離感。

悲しくなるほど愛おしい。


「やっぱり、ちゃんと……そう、実技テストしないと、でしょ?」


ひととき瞳をうろたえさせて、彼女はなんとか言い切った。

……勉強してくれてよかったと、言っていいのかな。

現実が見えたおかげで思い出した。

彼女の『セリフ』は、聞き覚え……ならぬ読み覚えのあるものだ。


バイト先の女子中学生がそういうものを読んでると思うとちょっっっっとクるものがあるけど、いまはあまり意識をしないようにして。

そういうお勉強ならちょっと自信あるんだよね、私。


「―――そうだね」


なんとか混乱を調伏させてメイちゃんの身体を抱き返す。

恐れるように身をすくませながらも、彼女は私を見つめ続けた。

いまからなにをすると思っているのだろう。


ざんねんながら、裏切らせてもらうけど。


「でもねえ、メイちゃん。急にテストなんて気が早いんじゃないかな」

「えっ」

「ほら。段階があるでしょ?まずは小テストだよ」

「え、えっとあの、」


メイちゃんを逆に向かせて後ろから覗き込む。

だけど視線は向かせないように顎を掴むようにして止める。

先生直伝の捕食者ムーブ。

イケナイ技を仕込まれてしまったものだ。


そんなことを思いつつ、彼女のスカートをゆぅっくりとたくし上げていく。


「ほら。見せてみてよ」

「な、ななななにをっ!?」


うろたえるメイちゃんの耳に吐息する。

かわいいなあ。めちゃくちゃかわいい。


「なにをって、決まってるでしょう?」

「あぅ……」


やっぱり優位に立つと気分が楽だ。

このまま色々恥ずかしがらせてうやむやにしよう。うん。

せめて高校生くらいになったらまたしっかりお話をするから許してほしい。

だからいまはどうかごまかされていてね……。


内心で土下座しながら、露になった太ももに手のひらを張りつける。

調子に乗って手をあげすぎたら手の端っこに熱源が近くて、ちょっと自分も意識が遠のきそう。


「さあメイちゃん。見ててあげるからね。お勉強の成果、見せて?」

「み、みみみみみみ」

「ふふ、大丈夫。解答例もちゃあんと見せてあげるから……ね?」


なにいってるのかとちょっと自分で恥ずかしい

めちゃくちゃ過激だし。えっちなマンガじゃねえんだぞっていう。

でも、きっとたぶんこれだけやれば彼女のメンタルゲージは十分削れてるはず……!

すくなくとも私は削れている……!


「―――ぅ、や、やっぱりまたこ、こんどに、その……」


はたしてメイちゃんはもじもじとももをすり合わせながら縮こまった。

私は勝利を確信して内心でガッツポーズをした。

また今度、という姑息な結果ではあったものの、ひとまず今は乗り越えた。

今度をいつの今度にもしないように頑張る必要はありそうだけど、今乗り切ったのは大きい。


ホッと一安心していると。


メイちゃんがくるりと振り向いて、上目遣いに私を見る。

真っ赤になった頬とうるるんと潤んだ瞳がたまらなく熱い。


「ちゃ、ちゃんといっぱい練習してくるから……まってて、ね?」

「ぉん……」


練習。

メイちゃんの練習。

自主練。

シャットアウトする刹那によぎった邪な光景が全身の血液を沸騰させる。

腕の中にある少女が妙になまめかしく見えて指先がしびれる。


メイちゃんはそして、その手を私の下腹部にそえる。


「だ、だからユミ姉、あのね、おてほんが、欲しくて」

「ぇおっ」

「お勉強、いっぱいするから……いいでしょ?ユミ姉」


きらめく好奇心の瞳が私を見る。

とんでもない方向に進んでしまっているのだといまさらになって理解した。

彼女は、からかおうとするにはあまりに勉強熱心すぎるのだ。


「動画だとちゃんと見えなくて。それにユミ姉じゃないのなんて見たくないし……」

「ぉん……」


鏡でも見ればいいんじゃないのかなぁ。

じゃなくて。

なにさらっと動画とか言っちゃってくれてるんだろうメイちゃん。お姉さん心配ですよ。


「あのねメイちゃん。まだメイちゃんには早すぎるんじゃないかなぁそういうのって」

「でもトモダチはもう経験あるって!」

「ゔぅ……」


いるよね。うん。小学生でも鼻高々にマウント取る子とかね。

でもメイちゃんには早い。

早すぎる。

私だってまだなのに……っていうのはまあいいとして。


年上として彼女をたしなめなければと表情を引き締める私に、メイちゃんはむっと唇を尖らせた。


「ユミ姉だっておなにーくらいしてたでしょ!わたし知ってるもん!」

「――――――は?は。え。ま、うぉ、は、はぁ!?なっ、そっ、えっ、いいいいいいいいいつ!?」

「ユミ姉がちゅーがく一年生のとき!お泊りした日!わたしがベッドで、ユミ姉がお布団敷いて寝てるとき!わたしがおトイレ行こうとしたらやめちゃったけど!」

「お゛ゔ」


めちゃくちゃ正確に覚えていらっしゃる。

カマをかけているとか言いがかりとかじゃない。

だって記憶にある。

若かりし私のちょっとした黒歴史。


……え。


あれ。


なんだろう。


しにたい。


「も、ぅあ、………………しにたい……」

「あれ?えと、ゆ、ユミ姉?」

「メイちゃんに見られてたなんて……もうお嫁に行けない……」

「大丈夫よユミ姉、わたしのお嫁になれるよ」

「……」


……いやうっかりそれでいいやとか思いかけた。

あぶない。

あまりの衝撃に本気で女子中学生の人生背負いかけた。

とてもあぶない。

このままだと本当にうっかりしかねない。


「あ、あのねメイちゃん。まあそういう興味があるのは仕方ないし、自分でするのは……ちょっとならいいけども、だけどほら、あの、さすがに生の教材はハードルが高いっていうかね」

「なまユミ姉……」


そこ拾うんだ?

どうしようこの子。すっかりピンク色になっている。


「ど、動画とかでも……いいよ?」

「うん。よくないよ」

「じゃあなま写真は?!」

「よからぬね」

「そんなぁ!」


そんなぁ、とはいったい。

メイちゃん暴走してない?

是が非でも私を教材にしたいのかねキミ。


当然あらゆる角度からしてそんなことをさせる訳にはいかないので、もういちど恥じらいで撃退することにする。


「じゃあいいよ。動画でも写真でも。もちろん生の」

「ほんと!?」


そこで目を輝かせるのはちょっと女子中学生としてどうなんだろうね。

お姉さんほんとにメイちゃんの将来が心配ですよ。

なんて私が言えることじゃないけどさ。


内心で自嘲しながらメイちゃんの顎をくいっと上げる。


「でも、メイちゃんのと交換ね」

「え……えっ、えっ!?」

「メイちゃんが欲しいなら、どんなポーズでも、どんなトコロでも、いっぱい観せてあげる」


メイちゃんの視線がちらっと私の胸を見下ろす。

ごくりと唾を呑む音がとても大きく聞こえてきて、ああ私もこんな感じになるなあ、とかちょっと反省。いやだってこんなの、ちょっと欲望丸出しすぎっていうかね。見る分にはかわいいけど。


「でもその代わり、おんなじポーズで、おんなじトコロ……私にも、観せてね」

「お、おおおおおんなじっ」

「メイちゃんは、どんな私が観たいのかな?」

「どっ、どどっ、どどどどど、どどっ」


メイちゃんの眼がくるくる回って湯気が爆発する。

ちょっとなにを妄想してるのかあとでしっかり追及した方がいいかもしれない。


あんまり変なことに触れすぎると教育上よくないと思うんだ。

メイちゃんまでこんなんになったら一大事だし。

ママさんたちに顔向けできない。


……だからってこうして羞恥心で撃退するのもどうかとは思うけどさ。


「さあメイちゃん。メイちゃんがお願いするんだよ。ほぉら」


ダメ押しでスマホを握らせる。

小型の高性能カメラを手にした彼女は果たしてなにを撮りたがるのか。

これでほんとにヌードとか望まれたらちょっと一回怒鳴ろうと思う。そして私は自害する。


はたしてメイちゃんはスマホを私の顔に向けた。


「―――ゆ、ユミ姉!ぴーすっ!」

「はいはーい」


にっこり笑ってピースサイン。

ぴぴ、かしゃっ。


「ふふ。キレイに撮ってくれた?」

「き、きれいだよ」

「じゃあ私もお返し」

「えっ」


ぽかんとする彼女を懐から取り出したスマホでばっちり撮る。

ぱちくりとまたたく彼女の頭をなでなでしながら確かめると、うん。いい写真だ。


「うん。かわいく撮れた」

「あっ、もぉ!やぁだあんなの!」

「えぇー?かわいいよ。ほら」

「だめー!もっかい撮って!」

「いいの?じゃあメイちゃんももう一回撮っていいよ」

「う、うん……えへへ」


―――けっきょく。


その後私とメイちゃんは、相手をよりかわいくキレイに撮るために競って撮影しあった。

とりあえずは乗り切ったらしい。


もしかしてこの写真で『練習』するのかな、とか。

そういうことはなるべく考えないようにした。

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