第24話 お料理下手な後輩ちゃんと
あまいもの好きな双子ちゃんとあまあましたらなんだかスイーツが食べたい気分になったので、今日は家でお菓子作りとしゃれこむことにする。
だけどひとりでやってもつまらないし、かといって姉さんはまた忙しいらしいから、急遽ほかの子を呼ぶことにした。
「というわけで今日のゲストは後輩ちゃんに来ていただきましたー」
「わーぱちぱちーッス」
ノリのいい後輩ちゃんは、よく分かっていなくてもとりあえず元気にぱちぱちと手を叩いてくれる。さすが後輩ちゃんだ。
ちなみに後輩ちゃん休日エディション。
白のチュニックにショートパンツという服装の彼女は、爪や髪がいつにもましてつやつやしていて、ちょっとしたデートに送り出しても文句ないくらいかわいい。
もしかしてちょびっとは気合を入れて来てくれたのかなぁ、とか。
さておき。
こてんと首を傾げた後輩ちゃんは、きちんと問いかけもしてくれる。
「んでどしたんッス」
「うん。ちょっとホットケーキでも作ろっかなって」
「ああ、なるほ……いやだからってなんでみうはお呼ばれしちゃったッス?」
「お料理といえば後輩ちゃんかなって」
「
後輩ちゃんの棒読みに苦笑する。
どうやらお気に召してはいないらしい。
それが分かりながらもリルカを差し出せば、後輩ちゃんは唇を尖らせつつ私に買われた。
「よーし、んじゃー
そうとは思えないくらいゆるーっと両手を上げる後輩ちゃん。
気合を入れているつもりなんだろうか。前回をふまえたらそりゃあやる気はでないだろうけど。
なんて文句を言う権利がないくらいには私は成長していない。
今日も今日とてエプロンを取り出せば、後輩ちゃんは首紐だけ通して私に抱き着いてくる。
あざといなこの子。ういうい。
もちろん意のままに背中の紐を結んであげて、それから後輩ちゃんを振り向かせた。
前回は途中から後輩ちゃんに手取り足取りされてしまったので、今回は反撃だ。
前回とは違ってホットケーキなら私もたまに作るし、後輩ちゃんの不器用さを考えれば逆転されることはないだろう。
「さて、じゃあ始めよっか」
「ずいぶん距離の近いお料理教室ッスね」
「ふたりきりだから、いいでしょ?」
指先をくりくりと弄ぶと後輩ちゃんは指を絡めてくる。
どことなく試すような慎重さで視線が向けられて、私はまた笑う。
そういうことに慣れているのに、私にはして欲しくないと思ってくれている。
それが私にはとても嬉しいので、今日も健全にお菓子作りだ。
粉に牛乳と卵を加えて、泡立て器でまぜまぜ。
そんな簡単な動作さえ後輩ちゃんはちょっぴりぎこちないから、その手を包んでゆっくりと誘ってあげる。かぷかぷ混ざる生地に後輩ちゃんは目を輝かせていて、普段からこういうことは全くしていないらしい。
「お料理とかは、普段しないの?」
「しないッス。……自分でやらない方がおいしッスから」
なにか浅いトラウマでもありそうだ。
後輩ちゃんははふぅとため息を吐く。
お料理なんて変にアレンジを加えようとしなければ大体耐えると思うんだけど。
それにほら、最高の調味料の一角は愛情らしいし。
「私は一緒に作った方が美味しいと思うよ」
「今日はみうもそんなキブンッス♡」
嬉しいことを言ってくれる。
ちょっと嬉しくなりながらフライパンを用意する。
たっぷりのバターを溶かして準備をしたら、いちど濡れ布巾でじゅうと冷やす。
「うわっ、焼けてるッス焼けてるッス!」
「あはは。大丈夫だよ、蒸発するだけだから。こうすると焼け目が綺麗になるんだよ」
「ほへぇ。ものしりさんッス」
「ふっふっふ。まかせてよ」
まあいいフライパン使ってるからほんとはしなくてもきれいに焼けるんだけど、こうするだけで“分かってる”感でるよね。うん。
うんうん頷きながらホットケーキを焼いていく。
ぽこぽこと穴を開いていく生地を見ているとちょっと面白い。後輩ちゃんも物珍しげにそれを見つめていて、その無防備な横顔は見惚れてしまうくらいかわいかった。
素に近いとまで図に乗るつもりはないけど、今のほうが親近感はあるかな。
にこにこしながら後輩ちゃんの手をしゅりしゅりしていると、むむぅと頬を膨らませて睨みつけられる。かわいい。
「なぁににやにやしてるッスかぁー」
「んーん。楽しんでもらえてるなら嬉しいなって」
「センパイも楽しそうッスねぇ」
「楽しくなかったらこんなことしないよ」
「それもそッスね。……ほんと変わったセンパイッス」
会話しながらもホットケーキをひっくり返す。
フライパンでくるっとやるよりも、フライ返しでちゃんとやった方がキレイになる気がするからそうしている。
―――振り向いた後輩ちゃんに意識を取られていても、それくらいは簡単にできる。
この後は蓋をして、すこしだけ蒸し焼きにする。
そうするとふっくらした焼き上がりになるから。
後輩ちゃんの腕が首に回されて、ぐいと顔が近づく。
「センパイは、みうとシたくないッス?」
「うーん。いまのところ、そういうことするつもりはないかなぁ」
「そーじゃないッス」
彼女の手が私の手を取って、その小ぶりな胸に誘う。
あたたかくて、やわらかい。
下手に動かすこともできないからと指先にまで神経が集まってしまって変に緊張する。
「センパイは、みうに触ってもコーフンしないッスか」
「え、っと……」
そう言われると困ってしまう。
自分で言うのもなんだけど年頃の娘なわけで、そりゃあ、こんなかわいい子にこの距離感で触ってなにも思わないなんてことはない。興奮、とまで言ってしまうのはアレだけども。
言い淀んでいると、後輩ちゃんの手がもっと力を込めてくる。
彼女の胸を押すふにやかな感触にくらくらする。
誘っているんだろうか。
いや言葉はそうなんだけど。
本気じゃないというか、でも、からかってるだけでもないように思える。
なにか大きなターニングポイントにあるとそう分かる。
たとえばもしも私が後輩ちゃんと恋人にでもなりたいのなら、とても大事な、そんな場所。
だけどあいにくとそれは私の役割じゃない。
かといってごめんなさいなんて図に乗ったことを言えるわけもなく、私は彼女から目を背けた。
「やだなあ、先輩をからかっちゃだめだよ」
「……そッスか」
残念そうに目を伏せた彼女は、ふとくんくん鼻を動かす。
私も気がついた。というか煙がちょっと上がってる。
とっさに火を止めてお皿に救いあげるけど、裏を見るまでもなく分かる。ホットケーキが焦げてしまった。
「やっちゃった」
「あちゃあ……やっちゃったッスね」
ふたりで顔を見合わせる。
心なしか呆れられているような気がする。これは悔しい。
リベンジしたいなぁ、さすがに。
「まって。次は絶対成功させるから」
「えぇー。ほんとッスかぁ?」
めっちゃ疑わしい目で見てくる。
いい度胸だ。
「ふっふっふ。見ているがいい後輩ちゃん」
「な、なぁんか火を着けちゃったッス?」
後輩ちゃんが若干引いているけど気にしない。
私はホットケーキを焼くマシンになるのだ。
後輩ちゃんに最高のホットケーキを振舞うためにあらゆる余分を排するのだ。
それから私は心血を注いでホットケーキを焼いた。
意識の全てはホットケーキだった。
―――だから私は、彼女の言葉にも表情にも、ほとんど無意識で返答していた。
「……!ね、ねーねーセンパイ。みうとえっちしたいッスか?」
「したいのはやまやまだけど今日はホットケーキの日ね」
「むむっ。……ま、センパイならそれでよしとするッス♪」
「―――えっ。あ、なに?ごめんいまホットケーキ焼いてた」
「あははは。見れば分かるッスよ~」
「ふふっ。たしかにそれもそうだね」
後輩ちゃんがなにか上機嫌だったけど、そのときの私はてっきりおいしそうなホットケーキを見たからだとばかり思っていた。それくらいには私も上機嫌というか、変に浮かれていた。ハイになっていた。
もっとこう、ちゃんと彼女の話を聞いておくべきだった。
そんな後悔はもう、まったく意味のないものだったけど。
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