第19話 仕事終わりのOLと

甘々な先輩とデートした余熱がなかなか冷めない。

駅前なんて言う騒がしい場所で夜風に当たっているのはそんな理由だ。

静かな場所だと思い出に浸ってしまうから、むしろここの方が落ち着いた。


都会の出入り口から吐き出される人の波は音と同じに広がっていく。

それを眺めるたびに夜が更けていくように感じて、なんだかとても面白かった。

こんな夜更けに意味もなく外に出ているなんて初めての経験かもしれない。

姉さんは今日はどうしても研究室のほうでカンヅメ状態らしいから、こうしていても誰にも心配をかける必要はないんだ。


だからなんとなく帰りたくないって、そういう理由もあるんだけど。


とはいえもうずいぶんと辺りは暗くなった。

駅を見ると眩しく思うくらいに暗い。


そろそろ帰ろうかなと思っていると、ふと、遠目にひとりの女性を見つける。

オフィスカジュアルっていうんだろうか。肩だしのパンツルックで、大き目のバッグを肩にかけている。足取りはどこか力がなくて、とぼとぼと、そんなふうに歩いていた。

バスもタクシーも目指していない様子を見ると、家はこの辺りなんだろうか。


―――ちょっと援助交際してみたくなった。


「おねーぇさん」

「……?ぁ、えと、ウチに言ってる?」

「うふふ、そぉですよ」


イントネーションがこの辺りっぽくない。

出身どの辺りなんだろうとか思いながら、するっと腕を組んでみる。

拒む余裕もないくらい戸惑った彼女はまじまじと私の顔を見つめた。

負けじと私も見つめ返す。


表情筋が筋張っていて、心なしか顔色も悪い。目も充血してるみたいで、っていうかこれコンタクトかな。なんにせよとんでもなく疲れているらしい。


「おねぇさんお仕事終わりですか?」

「そうだけど、あの、あん……アナタは?」

「んふふ。分かるでしょ?」


そろそろ警戒が滲んできたので、早々にリルカを見せつける。

彼女は目を見開いて、それから盛大に顔をしかめた。


「ウチ疲れてるから、」

「見れば分かりますよ♪」

「……」


にこやかに言えば彼女は諦めた様子でうなだれた。

そんなお姉さんを連れて向かう先はもちろん休憩・・のためのホテル。途中で薬局にも寄っていろいろ準備をそろえた。

煌びやかな建物に圧倒されつつもフロントに入ってみると、どうやら無人らしい。

うーむ。

どうすればいいんだろう?


「ねね、私こういうとこ初めてなんです。おねぇさんは分かりますか?」

「……」


怪訝な表情を浮かべながらも、お姉さんはぺっぺとなにか画面を操作して手続きをする。

手馴れてはいないけど、使ったことはありそう。

彼女さんか彼氏さんでもいるのかもしれない。

家でその人が待っているとかだったら申し訳ないことをしただろうか。


部屋の代金を先払いして、お姉さんが取ってくれた部屋に向かう。


「わぁー!」


ホテルの部屋は思っていたのとは全然違った。

もっとこう、分かりやすくピンク色な感じだと思っていたんだけど、綺麗でゴージャスな部屋だ。ベッド大きいし。


お姉さんはふらふらとベッドに吸い寄せられて行って、靴を脱ぎ散らかしてもっふると白の海にダイブした。本当にお疲れらしい。


私もベッドに上がって、沈んだきり沈黙する彼女を四つん這いになって見下ろす。

うつぶせの彼女はもぞもぞとスマホを差し出してくるから、リルカを重ねた。


なんかこう、今までで一番『っぽい』。

アガってきたかも。


最近よく聞くボカロ曲の鼻歌なんて歌いながら、とりあえずお姉さんをごろりと転がす。

痛いくらいに憎らしげな視線を向けられてちょっと悲しく思いつつ、まず私は薬局で買った袋からコンタクトレンズのケースと洗浄液を出した。

私はコンタクトしてないから分からないけどこれでいいだろうか。

サプライズ感のためにお姉さんには外で待っててもらってたから聞けなかったんだ。


お姉さんは怪訝な表情になって、私とケースを交互に見やる。


「外した方がいいかなって」

「……」


お姉さんは戸惑いながらもコンタクトレンズを取り出して、手のひらに乗せる。

そして洗浄液を掛けたあと指先でくちゅくちゅ洗った。


「そうやって洗うんですねー」


知らなかった。

感心していると、お姉さんはわけが分からないとでも言いたげにため息を吐いた。


コンタクトレンズを洗浄液入りのケースに入れて、お姉さんは私を見る。

そこまで視力は悪くないのか、視線はあまり鋭くない。


その目の前に、私は次のアイテムを見せつける。


すっきりするタイプの目薬。

疲れ目に、とか書いてあるからたぶんお姉さんにも効く……たぶん。たぶん。


「はい、目ー開けてくださいね」

「あの、」


いよいよ様子がおかしいと察するお姉さんを無視してまぶたを抑える。

目薬は、なんかこの、下まぶたの裏にやるといいんだよね。眼瞼結膜に効かせるみたいな。

っていうかお姉さんすごい色薄い。鉄分サプリとかも買ってこればよかった。


「落としますよー」


みゅ、と押したケースから薬滴が落ちる。

それはポツンとお姉さんの右目に落ちて、お姉さんはキュッと目を閉じた。

しぱしぱと瞬いて、それからはふぅと吐息する。


「気持ちいですか?」

「あ、うん」

「じゃあ反対側もやりましょー」


反対側もぽつり。


「んぁっ」


左のほうが効くらしくて、お姉さんは声を上げてシーツをぎゅっと握る。

ちょっとエロいと思ったのは内緒だ。

はぁはぁと息を整えるお姉さんをしばらく見下ろす。

うーん、なんかこう、大人の色気がある。先生みたいな。


さて次はなにからやろうかなと袋を漁っていると、お姉さんは体を起こした。


「さっきからなんなん?からかってるの?」

「気持ちくなかったですか?」

「いや……まあ…………でも普通こういうのって、」


お姉さんの言葉が喉の奥で硬直する。

視線が私のスカートに固定されて動かなくなる。

ゆっくり、ゆっくりとまくり上げるスカートに、釘付けになる。


先輩が格好いい系だから反対を攻めて久々にゆったりめのスカートを履いてみた。

そのおかげでこういうことができてしまう。


挑むように笑いかけた。


「―――あなたがシたいなら、いいですよ?」

「い、や、あの」

「それとも膝枕つきの耳かきがいいですか?」

「っ、ぜひそっちでッ」


ぶんぶんと頷くお姉さん。

詐欺師になった気分。なんかたのしい。


ともあれお姉さんにおねだりしてもらっちゃったので膝枕で耳かきをしてあげる。

姉さんにも好評の耳かきテクを思う存分に振るっていく所存。


膝に枕したお姉さんは緊張しているようで身体がカチカチになっている。

まずはピロートーク(?)から入るとしよう。


「おねえさんずいぶんお疲れみたいですね」

「え、ああ……今日はちょっと修羅場ってたから……」

「あらら。お疲れさまです」


なでなで。

してあげると、お姉さんの表情はすこし緩む。

緊張をかいくぐって思い出してしまったのか、重々しいため息がこぼれた。


「ほんとネットで聞きかじりの知識だけで小賢しいいちゃもんつけてくるのほんっと意味わかんない。ちゃんと懇切丁寧に説明してやってんのになにが『ネットでは~』だ。自分がテキトーに拾った情報が一番優れてるとか思っとるのなんなんあれ。しっかもそのくっだらんサイトようけ見せられてもやからさっきから言っとんやろ耳掃除してから来やがれッつうなあ!てか上司も上司よ、ウチの説明が足りとらんやと?九十過ぎのじいちゃんにスマホマスターさせたウチの説明が足りとらんやと?あ゛ぁ?!バカもやすみやすみ言えっちゅうねんこのタコ……あ、ごめんなさい」

「ふふ。いいですよ。大変でしたね」


なでなでよしよし。

明らかに年下な私にそうされるのは恥ずかしいようで口をもにょもにょとするお姉さん。

かわいい。


「年下の子ぉにこないなこと言って……ウチめっちゃガキやん……」

「いいんですよ、おねえさん」


にこっと笑って見せれば、私を見上げるお姉さんは困ったような恥ずかしいような微妙な表情になる。

そんなお姉さんに目いっぱい顔を近づける。

とたんにどぎまぎし始めるお姉さんの耳元にささやきをとろかした。


「いまはお姉さんはぜぇんぶ私のモノですから。だから、ね―――いっぱい吐き出しちゃって、いいんですよ」


にっこりと笑みを深めれば、お姉さんは生唾を飲み込んで私の頬に手を触れる。

身体が起き上がって、お姉さんの唇が―――


「というわけで、そろそろ始めちゃいましょう」

「へ?」


さっと体を起こせば、取り残されたお姉さんがぽかんとした表情になる。

かわいい。


「お姉さんがしたいのは、耳かき、なんですもんね」

「ぉ、う、えと、はい」


きょどきょどと視線が挙動不審なお姉さんがかわいくて、もっとからかいたくなる。

けれどひとまず、私はお姉さんの耳かきを始めた。

そうするとあっさり心地よくなって、すぐにまどろみはじめるお姉さん。

我ながら恐ろしい耳かき力だ。


自分の力を実感しつつ、夢うつつなお姉さんに、ひとりごとみたいな声をこぼす。

いちおう耳かきは抜いた。


「また次は、べつのお願いがききたいな」

「んぇっ!?」


とたんにガバっと私を向くお姉さん。

私はただにこにこと笑う。


「あ、のえと、いま、」

「なんですか?」

「えっ、……い、いやなんでも……」


おかしいなあ、とか、あれは夢……?みたいな呟きを口のなかでもごもごしながらまた寝転がるお姉さん。

私の耳かきに対抗しながら一生懸命耳を澄ましている様子だったけど、あいにくともう言ってあげない。


なんかすごい援助交際っていう感じがして楽しかった。

またぜひともお願いしてみたいところだ。

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