第20話 やきもち焼きの女子中学生と

ぷくぅ。

と、かわいらしいお餅が膨らんでいる。

つんつくとつつけばぽひゅぅとしぼんで、負けじとまた膨らむ。

女子中学生のほっぺって、こんなにやわこいものだったっけ。

なんかこう、私ってもしかして老けたのかなって、そんな気分になる。


つんつくぽひゅう。またぷくぅ。


うーん。かわいい。


「もぉー!ユミ姉!わたし怒ってるんだからね!」

「うんうん。かわいいねえ」

「もぉー!!!」


ぷんぷんと怒りマークを投げつけてくるけど、メイちゃんも途中からちょっと楽しんでたよね。いまもちょっとこらえきれずに頬が緩んでるし。

ぽこすかとふるわれるやきもちパンチを受け止めていると、メイちゃんはまた楽しくなっちゃって、ボクサー気取りでいろんなパンチを打ってくる。

ジャブジャブストレート、フックにアッパーにボディブロー、そしてコークスクリュー……うん?や、まあいいか。っていうかメイちゃん私のこと嫌い?ちょっと鋭くない?


仕事終わりのお疲れOLお姉さんと援交して溜まってるものをいっぱい受け止めてあげた、っていうのはさすがに言ってない。

これは私が昨日バイト休みの日にのうのうと先輩とデート(?)していたことに怒っているのだ。

休みの日なにしてたの、なんて聞いてくるものだからうっかり口を滑らせてしまった。

普段そんなこと聞いてこないのに、乙女のカンは鋭い……あれ私も乙女なんだけど……深く考えるのはよそう。


「まあまあ。今日はほら、一日メイちゃんと一緒だから」

「おしごとだからでしょ!もう!ユミ姉なんて知らない!」


宥めようとした言葉は逆効果だったらしい。

ぷいっとそっぽを向いてしまうメイちゃん。

でも駆け出して行ったりしない辺りは、まあそういうことなんだろうな。

ちょっとそわそわしてるし。


ところで私はどちらかといえばいじめっ子だ。

とくにメイちゃんには。


だから当然メイちゃんのいじらしいおねだりポーズには応えず、ため息とともに立ち上がった。


「そっか。残念だな。メイちゃんに嫌われちゃった」

「え」

「午後からもお仕事頑張ろうね」

「やっ、まって!」


休憩室を後にしようとすれば、メイちゃんは慌てて追いすがってくる。

うっかり転びそうになるくらいの勢いでがっしりと抱き着いて、顔をこすりつけるみたいにイヤイヤと首を振る。


「やだっ、ごめんなさい、もうヤなこと言わないから、ユミ姉、」


思いの外怖がらせてしまったみたいで胸が痛んだ。

傷口からじくじくと染み出してくるあまい蜜の香りに気がつかないふりをしてしゃがみ込む。

うるうると泣きそうになっているメイちゃんを見ていると私まで泣きそうになった。

俯こうとするメイちゃんの顔を両手でそっと包んで上げる。


「ごめんはこっちだね。ごめん、メイちゃん」

「……わたしのこと、キライになってない?」

「もちろん。私、メイちゃんのこと大好きだよ。好きな子をからかいたくなっちゃうなんて、私だめだめだね」


もういちどの謝罪は額への口づけで伝える。

メイちゃんははにかむように笑うと、蕾みたいな唇で鼻先に赦しをくれた。


「ユミ姉ってば、子供みたいね」

「うん。こんな私は嫌い?」

「ううん。そんなところもユミ姉っぽくてスキ」


それ明確に私がガキっぽいって言ってるよね。

けどぐうの音も出ないっていうね。悲しい。


苦笑していると、メイちゃんはほっぺにちゅーしてくれた。


「未来のおよめさんなんだから、もっとちゃんとしてね」

「あはは、善処しま―――んん?」


なんだろう、なにかとても驚くべき言葉が聴こえた気がする。

聞き間違いかな?幻聴かな?


「えと、メイちゃん。ちょっともう一回言ってみてもらえる?」

「もぉ、言ったそばからぁ!」


恥ずかしがらせようとしてやっていると思われたらしい。

ぐにっと肩を摘ままれる。

でも違うんだよメイちゃん、問題はもっと切実だ。


そんな思いが通じたのか、メイちゃんはそっとはじらいながら、それでも私の目を見つめてまたその言葉を口にした。


「ユミ姉は、わたしの未来のおよめさん、だよ?」

「……」


聞き間違いじゃなかった。

おかしい。

どうしてこんなことに。

戸惑っていると、メイちゃんはうっとりと言葉を続ける。


「この前ね、思い出したんだぁ。わたしユミ姉と婚約してたって。えへへ。だからユミ姉に触ってもらうとドキドキするんだねっ」

「…………そ、、、、、っかあ」


ぴとっと抱き着いて、「ほら、いまもドキドキしてるの」なんて現実とは思えないセリフとともに私の手を小ぶりな胸に誘うメイちゃん。たしかにドキドキしてる。私も違う意味でドキドキだよ。


うんと、うん?うん。

婚約。

婚約かぁ……。


「あっ、もしかしてユミ姉も忘れちゃってたの?」

「ぉ、ぅん、そ、そう、だね」

「あはは、そーだよね。わたしが幼稚園のころだし」

「……なるほど」


つまり私が小学生のころだ。

あの頃の私のちゃらんぽらんさを思えば妙な納得感がある。

なにしてくれてんだ過去の私。


いやでもさすがにかなり昔のことだし―――


「あ、でもでももちろんわたしはいまもユミ姉で……ううん、ユミ姉がいいって思うよ」

「う、うん。ありがとう」


きらきらと夢見るような、だけどそんな幼気なものだけじゃない熱っぽい視線。

そんなものを向けられたら私はあいまいに頷くしかできない。

私の背に回した手がするりと尾てい骨あたりをなでさするのは無意識なんだろうか。ぞわぞわする。


これは、どうしよう。

どう言えばいいだろう。


ふと、メイちゃんのうっとりとした表情が鎮まる。

嵐の前の静けさという言葉が脳内で反響する。

彼女の淡い唇が問いかけの言葉を口づけるよりも前に、私はリルカを差し出していた。


きょとんとする彼女に私は言う。


「お嫁さんになりたいなら、そのまえに、いっぱい予行演習しておかないと、ね?」


なに言ってんだこいつ。

自分で地雷ぶん殴りに行ってどうする。

これじゃあ彼女の思う婚約関係を補強しているどころか余計ドツボにはまるだけだ。


そう思っても言ってしまった言葉は取り消せない。

彼女は真っ赤になって、こくんと頷くとスマホをかざした。


ぽぅ、とまるで酔ってでもいるようなふにゃけた視線が私を見る。

あらゆる期待が視線と唇と頬と手と、そんなすべてで伝わってくる。


据え膳という言葉がひょっこり顔を出したから縛り付けて奥底に封印した。

どうしよう。

この30分をどう乗り切ればいい。


ぐるぐると考えながらも私の身体は勝手に動く。

メイちゃんをそこの椅子に誘って、膝の上に座らせる。

ももを優しくなでるとぴくっとかわいらしく反応するメイちゃん。


これはよくない。

とてもよくない。


「メイちゃんは、お嫁さんになったら私とどんなことしちゃうのかな」

「ぅ……」


もじもじと足をすりあわせるしぐさは明らかにそういうことを意識しているように見える。

中学生ともなれば当然そういう知識はあるのだろう。私はにやりと笑った。


なんでだ。違う違う。ビークール。

相手はお世話になっているところの娘さんだ。ほとんど妹みたいなものだ。落ち着け私。


心頭滅却しようとする私の手に、メイちゃんの手が重なる。

ぐい、と連れて行かれる先は、メイちゃんのお腹。

布越しに触れるそれはやわらかくて、フニフニしている。


ぐいと身体をひねって私を見るメイちゃんの表情は、いままでのどんな彼女よりも大人びていて。


「ユミ姉の赤ちゃん、ほしい、ょ」

「おぉん……」


飛躍しすぎじゃないかなぁ……。

っていうか女同士だからそういうことしただけ・・じゃできないんだよ?とか。そういうことじゃないのは分かるけども。


どうしようこれ。

え。

むしろここまで言ってくれる女の子に手を出さないのは罪なのでは……?

そんな訳ないだろなに言ってるんだ私。

落ち着け落ち着け。


そう言い聞かせているつもりでも手は無意識に動く。

メイちゃんの服の裾から、メイちゃんの肌に直接―――


ぐぅぅぅ。


「ぁ」


鳴り響くかわいらしい音に、メイちゃんはお腹を押さえてキュッと縮こまった。

私も身体の主導権をなんとか取り戻せて、慌てて手を引っ込める。


危なかった。

性欲って怖い。

バイト先の中学生に手を出すところだった。


性欲……や、まあ、うん、性欲のせいだろう、さすがに、うん。そうであれ。その方が犯罪チックではあるけども。


「うぅ……ハズかしい……」

「あはは。ごはん食べよっか」

「うん……」


お昼も食べずにこんなことをしていてよかった。

食べ盛りのメイちゃんのお腹に乾杯、いやそれともいただきますのほうが?


なにはともあれ窮地を脱した私は、メイちゃんと一緒にお昼を食べることになった。

あーん、をおねだりしてくるメイちゃんにまた変な気持ちになりかけたりしたけど、なんとかバイト先の仲がいいお姉さんくらいの体裁を保てた……気がする。うん。


婚約については考えるのを止めた。

頑張れ未来の自分。

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