第18話 甘々な先輩と

頑張り屋さんな生徒会長を虜にしたこともある指先に、暖かな舌が絡む。

くすぐるように蠢くそれは、まるで肉のスライムみたいにまとわりついて、私の指を溶かそうとしているみたいだった。


―――なんで先輩に指ふぇらされてるんだろう。


そんなことをふと思う。

いや、そういう類のことじゃない。

口元についたクリームを指摘されて指で拭ったらそれを咥えられたっていう……あっれこれそういうことなのでは?

いやうん。


「あの、とりあえずこれを」


リルカを差し出すと、先輩は、ぇあ、と舌先で名残惜しむかそれとも見せつけるためにか舌を晒してくる。普段よりもわずかに見開かれた瞳は悪戯めいた光を秘めていて、本当にいいのかと伺うように小首をかしげた。


危うく撤回しそうになりつつも頷けば、先輩はようやく口を離してリルカにスマホを重ねる。


これでさっきまでのは先輩なりのサービスということに、うん、まあ、なってくれ。

というかどうしよう。

あまりの動揺に先輩を買ってしまった。

ただいっしょに遊びに来ただけなのに。

なんならこれから映画とか観るのに。

え。

どうしよう。延長料金とか支払うべきかな。

もしかして今日私破産するんじゃ……?


戦々恐々としていると、先輩は私の指をティッシュで拭いながらにこりと微笑む。


「かわいいユミカ後輩がおねだりしてくれるなら、このお値段で一日コースっていうことにしてあげてもいいけれどね」

「おねだり……?」

「前みたいなの。聞きたいな」


机に肘をついてにこにことほほ笑む先輩。

瞳に覗く嗜虐心がぐりぐりと肌を抉ってくる。

いじめっ子すぎる。

けどまあ、せっかく買ったなら、甘えるべきだよね。


とりあえず先輩のとなりに移動する。

さっそく腰に腕を回して抱き寄せられた。

見上げれば、先輩は私のおねだりを心待ちにしている。


「……えっと、あ、あーんって、して、ほしいです」

「ふふっ。もちろん」


先輩の指が柄の長いスプーンを取って、ひとすくいの白桃アイスを口元に近づけてくる。

テーブル越しにあーんってできるようにと長くなっているのかなあ、なんてくだらないことを考えながら口を開く。

先輩の目が私の口の中を覗き込む。

妙に恥ずかしい。

だって粘膜だしこれ。

粘膜ってひびきちょっとエロくない?


謎の緊張にぐるぐる混乱しながらスプーンを咥えようとしたら、それはくるりとUターンした。

ぱくり。

先輩は私に見せつけるようにアイスを食べる。


「ん、美味しい」

「んんー?」


カップルかな?

バカップルかな?


一日コースってデートプランだったんだ……?


ぽかんとしていると、先輩はくすくす笑ってもうひとさじを差し向けてくる。

こんどはまっすぐに私の口の中に入ってきて、甘く芳しい桃の氷菓が舌に触れる。

普通においしい。

というか、あれだ、間接キスだ。

意識したとたんに頬が少し熱を持って、緊張が融解するのが分かった。


うーん、あまい。


「キミはとても美味しそうに食べるね」

「……あまいので」

「ふうん」

「ぁ」


先輩がスプーンをぱくりと咥える。

もぐ、とうごめく口内で舌がどうなっているか想像すると指先がざわざわ震えた。

先輩の唇に視線が惹かれる。

先輩はまなじりをそっと落としてスプーンを引き抜いた。


「ふふ、本当だ。とても甘いね」


はっきり言ってリアルでそんなことやっても恥ずかしいだけだ。

現実的に考えて間接キスでそんなこと言われたらなんならちょっと気持ち悪い。

先輩だから冗談として笑ってやり過ごせるだけだ。


―――とか、そう思い込もうとしてみるけどムダだった。


耳まで赤くなっていると自分でも分かる。

先輩の唇から目が離せない。

舌に触れた瑞々しい甘みを思い出して、無意識に喉が鳴った。


「おかわりかい?」


先輩が、なにも乗っていないスプーンを差し出してくる。

頬杖をついてにこやかに。からかわれているのだと分かるのに、どうしてこんなにも心臓は弾んでしまうのか。


私の手が先輩の腕をそっと掴む。

口を開けば破裂しそうな肺からなんども熱い吐息があふれた。

先輩の頬がすこし朱に染まっている。

まぶたの隙間からとろりときらめく瞳が覗いている。

妙に熱くて、だから、どうしようもないくらいに、冷たいものがほしくて、これはそれだけのことで、べつに、期待なんて―――


はむ。


咥えた冷ややかな金属は、つるりと濡れている。

先輩の舌がちらっと覗く。

舌先に触れる硬いものが、ほんのひととき蠢いたように錯覚した。


「甘いかい?」

「…………」


先輩の問いかけに、私はこくんと頷くしかできなかった。


あまい。

あますぎるくらいにあまい。

舌がとろけてしまいそう。


ふと、先輩の目が開く。

ゆるると私を見やる視線が、熱くて。


もっと・・・、欲しがってくれるかい」


もっと。

もっとと言えば、先輩はもっと、くれるのだろうか。

いまは、いまのこの30分は―――いや、この一日は、先輩は私のモノだから。

もっとと言えば、きっと。


答えは決まっていた。


「あ、あはは。先輩ってばサービス精神旺盛ですね」

「今のボクはキミのものだからね」


スプーンから口を離して私は笑う。

先輩はどこか残念そうに笑って肩をすくめた。


かと思えば先輩は私を抱き寄せる。

驚きはあっても、先輩だから、自然に身体は全てをゆだねている。

この前よりも少しだけ強く、顔を上げられないくらいに強く、抱きしめられる。


「あまり、無理はしないでいいからね」

「―――」


ああ、まったく、先輩には敵わない。

そんなことを言われたら、ついつい、甘えたくなってしまう。

いますぐに余計なものを捨ててしまって、そうして甘えたなら、どうなるだろう。


でも、でもね、先輩。


「私は、やりたくてやってるんです」

「……そうかい」


それならいいんだ、と。

優しいささやきがつむじに触れる。

髪の毛に守られていない無防備な場所から、頭蓋骨をすり抜けて、脳に突き刺さる。

この期に及んで徹底的に甘やかそうとしてくれる先輩から離れがたくて、それからしばらく抱き着いていた。


せっかく一日あるんだから、こんなふうに時間を使っても、いいよね。

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