第17話 頑張り屋な生徒会長と

反抗的な不良を躾けてはみたものの、なんだか疲労感がある。

なにせ向こうからもぐいぐいくるから、メンタルの防壁を支えるのがとても大変だ。

我ながら打たれ弱いことだった。


というわけで、一方的に弄ぶことのできる彼女で息抜きすることにした。


生徒会室に顔を見せてみれば、彼女はとたんに表情をぴくつかせた。

わざわざ考えてきた嘘の要件を言うまでもなく彼女は立ち上がり、有無を言わさず引っ張っていって例の部屋に連れ込んだ。


「ずいぶん話が早いですね」

「他人の目につくかもしれないところでおかしな話をされたくないだけです」


相変わらず彼女の態度は冷ややかでにべもない。

前回はずいぶんと素直になってくれたのに、なんてからかってみたくもあったけど、彼女は言葉より行動で示す方がいい反応をくれそうだ。


スムーズにリルカでのやり取りを終えて、彼女はまたしても床に座ろうとする。

それを慌てて止めて私は持ってきていたバスタオルをしいてあげた。


「お心遣いありがとうございます」

「どういたしまして」


律儀に礼の言葉をくれる彼女に笑みで返し、いろいろとカバンから取り出す。

まずは使い捨てのホットアイマスク。

取り出すとみるみる暖かくなるそれを渡せば、彼女は戸惑いながらも装着した。

表情は変わらないけど、視界を奪われたせいか少し身体が強張っている。


単に暗闇を恐れているだけとは思うけど、ちょっぴり悪い妄想もしてしまう。

クールな彼女でも、おかしな妄想をしたりするんだろうか、なんて。


深呼吸して心を落ち着かせてから、私は彼女に声をかける。


「次、イヤホンつけますね?」

「……ご随意に」


私がちゃんと声をかけたのが意外なのか、彼女はなんとなく驚いた様子だった。

口の端が、こう、ぴくっと動いてる。

かわいい。

彼女の無表情を明らかにしてみたいという気持ちがむくむく湧いてきた。


じろじろと顔を眺めながら、彼女の耳にイヤホンを装着する。

柔らかなイヤーピースが触れてぴくっと震える彼女もかわいい。

彼女がイヤホンのコードを垂らしてるっていうだけでなんかかわいい。

っていうか目隠ししてイヤホンつけてる女の子ってなんかかわいくない?

新しいフェティシズムの扉が開いているかもしれない。


「巷で話題のASMRっていうやつです」

「話題になっていたのはすこし前だと思いますが」

「おっ。意外。こういうの聴くんですか?」

「……偶然です」


失言だったのか、目も見えないのにそっぽを向く生徒会長。

かわいいが過ぎる。

なんならかわいい。

むしろかわいい。

とことんかわいい。

なんだこの生き物。


ほくほくしながら、アロマディフューザーを脇に置いとく。

彼女の鼻がひくひくと動いてそれに気がついた。


「ラベンダーです。嫌いじゃないですか?」

「静かな香りは、好きです」

「そっか」


さすがはリラックスグッズとでもいうべきか、彼女はもうほんのすこしだけ素直になっている。

かわいい。


「今回は道具なしでやってみようかなって」

「……」

「手、だしてください?」


私が言えば、彼女はゆっくりと手のひらを差し出してくれる。

そっと指先で触れて、指を摘まんで、手を甲に沿えていく。

すこしずつわたしを受け入れてもらう。


ついには私がふにふにと手を弄んでも、彼女は嫌な顔をしたり、緊張しないでいてくれる。

薙刀をしているからだろうか、彼女の手には豆の潰れたあとみたいなものがあって、皮が少し硬くなっている。だけど細くしなやかであることには変わりがなくて、強いて言うのなら戦乙女の手だとか気取ってみようか。


格好良くて、愛らしい。


「痛くは、ないんですか?」

「痛みはありません。長年やっていますから」

「すごいですね。……きれいですよ、とっても」

「世辞は結構です」

「ふふ。お世辞に聞こえましたか?」


彼女の手と指を絡ませてみる。

彼女はぴくりとすこしだけ反応した。

ほんの少しだけ、不安そうに眉毛が落ちる。


「いっぱい努力したんですね。薙刀だけじゃなくて、お手入れも」

「他人に見られて恥ずかしくないよう身だしなみを整えるのは当然のことです」

「あ、ほら。やっぱりそうですよ」

「?」

「あなたがそれだけ頑張ったんだから、やっぱり、この手はきれいだよ」

「ぁ……」


最後は口を近づけて耳元でささやく。

彼女の口のはしから漏れた音は、驚きか、それともすこしは、嬉しいと思ってくれたのだろうか。

どっちにしてももっと聞きたくて、にぎにぎと手を愛でる。


「そんな頑張り屋さんの手には、私のマッサージなんていらないかもですね」


半分は本音で、半分はじらし。

もしもじらしが意味を成していないのなら、大人しく引いてしまおうと思っていた。

そして手のツボを学んで出直すことにする。


「、……」


彼女はなにかを言おうと口を開いて、けれど自分から言うのはやっぱり憚られるのか口をつぐむ。

そんなことを何度か繰り返す彼女は、率直に言って押せばヤれそうだった。マッサージをね。手のひらマッサージを。簡単にヤれそう。


なので、引く。


「残念です。練習してきたんですけど」


そんな言葉を聞かせながら、すっと手を引く。


「あっ」


その手を、彼女はとっさにといった様子でつかんだ。

そうしてしまったことに彼女は驚いているようで、だけど私がなにも言わないでいると、不器用な言い訳を並べ始めた。


「あの、練習をしてきたというのなら、その、努力を無駄にするべきではない、です。そ、それに先ほどまで書類仕事をしていたので手も疲れていますし、自分では片手しか使えないので……上手くマッサージが、できません……」


言っているうちに恥ずかしくなってしまったようで俯いてしまう。

自分のやっていることがどうあがいてもおねだりだということを彼女はちゃあんと分かっているんだ。


あのクールな生徒会長に手の平マッサージをおねだりなんかされたら、そりゃあしない訳にはいかない。


私は見えもしないのににっこりと笑った。

彼女は見えもしないのにどこかホッとした様子だった。


「じゃあ、お言葉に甘えますね」


さて、こうなっては姉さんでたっぷりと練習したマッサージ技術を全力で披露するしかない。

絶対に手だけで堕としてやる、というほの暗い決意を胸に、私は彼女の手を揉んだ。

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