第16話 反抗的な不良と

屋上に行くと、そこにはかわいらしい犬のキャラクターのランチョンマットが敷いてあった。なんとも微笑ましく思えてくるお出迎えだ。

けどお目当ての人物はどうやらいないようだったから、とりあえずのんびりさせてもらう。


上から目線のスポーツ少女と筋肉痛になるまで攻守交替してヤり続けたので、主に腹筋とモモ、あと腕とかが鈍色に痛んでいる。今朝ちょっと見かけた彼女がけっこう余裕そうだったあたりを見るに、たぶん運動不足のせいだろう。


フェンスを背にお弁当を食べながらのびのびしていると、扉が開いてお目当ての不良少女が姿を現した。

つまらなさげな表情は私を見ると一変してぱぁと華やぐ。けどすぐにそれを強引に隠そうとして顔をしかめながら、彼女はずかずかと荒々しい足取りで私のところへやってきた。


「おうテメェ、ずいぶんやんちゃしてるみてーじゃねぇか」

「そんなことないと思うけど」

「どの口が言いやがる」


私の隣にどっかりと座り込んだ彼女はぎろりと睨んでくる。

なにせ顔がいいからかなり迫力がある。

カツアゲされるいじめられっ子みたいな気分でリルカを差し出すと、彼女はむっと眉根をひそめた。気持ちは薄々察せないでもないけど、あいにくとそれを認めるつもりはない。


しばしじぃと見つめ合っていると、彼女は舌打ちしながらもスマホを重ねた。

ぴぴ、と鳴るが早いか彼女が牙を剥きだす。あっ、という間もなくがぶりと口に噛みつかれて、羞恥心とかそういうものを噛みちっぎっていった。


ぺろりと満足げに唇を舐めて彼女はにやりと笑う。


「オレも負けてらんねえからな」

「言っとくけどこれ二回目だからね」

「は?」


ぱちくりと瞬いた彼女は、とたんに顔を真っ赤にする。

なにがツボに刺さったんだろう。分からないけどとてもかわいい理由なのは分かる。

ちなみに双子ちゃんはノーカンっていうことで。


かわいかったから、とりあえずほっぺにもキスをあげた。


「あんがいウブだよね、ほんとに」

「……うっせーよ」


つんっとそっぽを向いて、乱暴にパンの包装をはぎ取る。

今日はメロンクリームとホイップクリームがダブルで入った長いロールパンらしい。もちろんお供は苺ミルク……かと思ったら苺ヨーグルトオレだ。果肉入りのやつ。乙女っぽい。

太いストローでどぅぷぷ、と飲んでいるのを見ると、ちょっと羨ましくなってくる。


「ねね、あーん」

「あ?んもぐ」


差し出した卵焼きを彼女はもぐりと食べた。

怪訝な表情はすぐに驚きに変わり、そしてゆるっとまなじりが落ちる。

なにせ前回の反省を生かして甘々の卵焼きにしたんだ。満足してもらえたみたいでよかった。


「やるじゃねえか」

「おほめにいただき光栄です。じゃあそれと交換ね」

「それだ?」


それ、と指さす先を見た彼女はひととき硬直する。

それから何事もなかったかのようにまた動き出すと、彼女はストローを差し向けてきた。

たぶんかわいいところが見られるだろうと、上目遣いにストローを咥えた。もちろん髪をかき上げるしぐさも忘れない。


案の定彼女はぶわっと髪を逆立てるくらいの勢いで目を見開く。

意識しすぎかわいい。これで誰とでも寝るなんて噂がよくもまあ立つものだ。


くすくす笑っていると、彼女はむくれてストローを咥える。

八重歯で噛むような彼女の癖がやけに目に付く。

さっき咥えたときにも、唇でくぼみを感じたんだよね。


……。


「んだよ、おまえも照れてんじゃねえか」

「そうは言われても、こんなかわいい子と間接キスだしね」

「だぁらそーゆー恥ずかしーことゆうんじゃねぇよ」


ぺしんと頭をはたかれる。

それも痛くはなくて、妙な気恥ずかしさに笑えてくる。

はぁー、あっつ。


ごまかすようにお弁当をぱくついていると、彼女はじぃと私を見つめてくる。

見つめながらパン食べる。

おかずにされてる?


「な、なに?」

「んにゃ。おまえってさ、なんでこんなことすんの」

「突然だね」

「そーでもねーだろ」

「そうでもあると思うけど。なになに、私に興味があるのかな?」

「ああ」


はぐらかそうとすれば、真っ向から肯定に突き刺される。

どこまでもまっすぐな視線を見つめていられなくて顔を逸らした。


「まあ、別に深い意味はないんだよ。かわいい女の子と仲良くしたいっていうのは誰でも思うことだから。たぶん」

「わざわざ金で買う必要はねえだろ」


びっくりするほどぐうの音も出ない。

まあ実際これは、私がどう思っていようと健全じゃあないことだろう。

名目上は援助交際だし。


なんで、か。


「うーん。まあそういうのに憧れるお年頃なんだよね」


そう言って笑ったら、もう彼女の顔は見れなかった。

失望とか、怒りとか、そんな表情を見たくなかった。


それなのに彼女は私の顔を両手で挟んでぐいっと強引に振り向かせた。

首の筋がビキッと痛みを生んだ気がしたけど、そんなことを意識できないほどに、彼女に見惚れた。


彼女が向けていた泣き顔は、どんな失望よりも痛烈だった。


「そ、んなに?」


たかだか二度買って買われただけの相手だ。

たった5,000円の女だ、私は。

そんなにも心を揺らしてくれるような価値なんて、ないはずなのに。


それなのに彼女は、どうして私をそんな目で見るんだ。


「どうして」

「うっせぇよ」


強引に唇を奪われる。

彼女しか知らない唇は、触れるたびに彼女をもっと知っていく。


離れたときには、彼女は自信に満ちた笑みに戻っていた。


「ま、いまはそれで我慢しといてやる」

「……あはは、はは……」


ぽんぽんと優しく頭をなでられて、笑おうとしても上手く笑えない。

なんだろうなあ。

いけないなあ。

こんなラブコメみたいなことしたいんじゃないんだけどなあ。


「えと、まあ、善処します」

「おう。……ああ、でもよ」


ずいっと彼女の顔が近づく、

ついキュッと唇を引き締めてしまうけど、彼女の唇が触れたのは私の鼓膜だった。


「オレぁ、あんま気が長ぇタイプじゃねえからな」


見ずとも分かる捕食者の視線にぞくぞくと背筋が震える。

このまま彼女にされるがままというのもいいかもしれないと、そんな妄想が脳裏を駆けた。


なんだか悔しかったから、私は彼女をぐいと引き倒した。

見開かれた目いっぱいで私を見下ろしている。

起き上がろうとするけど許さず、むしろ密着させるように首に腕を回した。

深淵を覗くときなんたらかんたらってニーチェさんも言ってる。


「ちゃあんと、“まて”、しててね?」

「……オレぁ犬かっ」


などと言いながらまんざらでもなさそうに口の端がにやけているのを見逃さなかった。


『まて』をさせるからには、ちゃんとごほうびでいなきゃいけないのだと思うとすこしだけ心配だけど、まあ、彼女を今度はがっかりさせないようにしよう。


なんて、そんなことを、思ってみたり。

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