第14話 音楽好きな保健室登校児と
おねだり上手な図書委員と愛のささやきを交わしあって色々と満ち足りていた私は翌日、クールダウンも兼ねて保健室にやってきていた。
あいさつもなくカーテンを開けば、ベッドの上で三角座りしていた彼女は私を見てわずかに目を見開いた。
だけどなにを言うでもなくそっぽを向いて、かちかちとスマホの音量を上げる。
ベッドに乗り上げて耳を澄ましてみると、あのときからちょくちょく聞いている作者さんの曲とはなんだか雰囲気が違った。スマホの画面を見てみると、案の定見覚えのない作者さんだった。
まあ、まいどまいど同じ曲ばっかり聞いている訳もないか。
リルカを差し出せば、彼女はすこしも拒まないで受け入れた。
やはり言葉はない。
今度はすこし趣向を変えようと思う。
私は彼女の後ろに回って彼女を抱っこした。
それから股の合間に彼女を収めて、肩の上に顎を乗せる。
そうすれば、彼女の耳からこぼれる音を楽しめる。おかげで、スマホより音質がいいというちょっとした発見をしてしまった。
今日はどうやら、明るい曲調で暗いことを歌う曲らしい。
これもボーカロイドだ。再生数が七桁もあるところをみると、有名な曲なのかもしれない。
旋律に不協和音みたいなのが混ざっているのになぜかそれがとてもきれいに聴こえて、やけに耳に残る。
のんびり耳を澄ませていると、彼女は、とつぜん舌を打った。
はっとして顔を見ると、いらだちのせいか、ひどく歪んでいる。
すこし調子に乗りすぎたかもしれない。
そう思っていると、彼女はむしり取るように片耳のイヤホンを外して、強引に私の耳に押し付けてきた。とうぜんうまくハマるわけもなくて落ちそうになるそれを慌てて耳に合わせているうちに、彼女は俯いてしまう。
片耳のなかで鳴り響くそれは、半分の音しか伝えてはくれない。
きっと彼女もそうだろう。
だけどそれがとても嬉しくて、私はすぐそばにある彼女の耳にささやきの雫を垂らした。
「ありがとう」
ぴくりと弾む彼女は、だけどなにも言わず、顔も上げない。
そんなところが無性にかわいく思えて、ついついくすくすと笑いがこぼれてしまう。
心を開いてくれたということか、素直に大音量で聞き続けるのがつらかったのか。
さあどっちだろうと考えてみるのも楽しい。こういうときについ希望的観測をしてしまうのが私の悪い癖だった。
しばらく半分の音を楽しんでいたけど、ふと、思いつく。
それは下らない思いつきで、そしてちょっとしたイタズラだ。
思いついたらやりたくてたまらなくなってしまったから、私は早速試してみた。
彼女のイヤホンのついていない耳に、私の耳を重ねる。
もちろんそんなことをしたって、反対側のイヤホンの音は交通したりしない。
こりこりと硬くて柔らかな耳は、触れあうとこしょばゆくて、心地がいい。
「、」
彼女が小さく反応した声ともならない音が聞こえる。
急に心臓が弾んで、ごくりと飲み下した唾液の音もきっと彼女には聞こえているんだろう。
そもそも私は彼女の背に身体を密着させている。
私のささやかなふくらみに、彼女は、すこしはドキドキしてくれているだろうか。
いま弾んだ心音に、驚いてしまってはいないだろうか。
彼女の耳が、すこし、温かくなっているような気がした。
そう思い込んでしまうと、なんだかこうして触れあっているのが妙に熱く思えてくる。
じわりと、汗が染み出すのが分かる。
彼女の手がまたスマホの音量を上げる。
だけど
触れあう耳を通して、
どれだけ音を上げても、彼女の半分は、私なのだ。
彼女との30分間は、なぜだか、奇妙に長かった。
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