第三百十八話 ヒューイットの新生活

≪ヒューイット視点≫

立派な屋敷には、私の家族と息子夫婦の四家族で住む事になった。

だからと言って手狭な事は無く、まだ部屋には余裕があるほどだ。

そして、屋敷の管理をする使用人達も居てくれており、私達は不自由のない生活を送れている。

妻はこちらでの生活に備えて家事を一生懸命覚えていたのだが、それが無駄になったと笑っていた。

しかし、このような贅沢な生活を受け入れて良い物かと思ってしまう。

部下達の屋敷も同様に、使用人がいてお世話をしてくれている。

しかも、使用人の給与はアリクレット公爵持ちだと言う。

私や部下達もそんな厚遇は受けられないと、使用人の給与を支払うと言ったのだが、私達の他に働いている者達からも貰ってないので受け取れないと言う事だった。

私達に与えられた屋敷は、旧アイロス王国時に建てられた貴族用の屋敷で今は使われておらず、それを従業員の住居として提供したとの事らしい。

当然、従業員が屋敷の管理を出来るはずも無いので、使用人を雇って管理させている。

理屈は分かるが、こんな無駄遣いをしていては予算がいくらあっても足りないだろうと、心配になって来た。

しかし、今は財務卿では無いので余計な心配はせず、与えられる仕事に従事する事としようと思う。

そして一週間後、私達に仕事を与えられる事となった。


「私達は、平民の子供に読み書きと計算を教える仕事だと聞いておりましたが?」

「その人員を募集しているのは確かですが、優秀な皆様には、それ相応の仕事をして頂きたいと思います」

「私達に拒否権は無い。言われた通りの仕事に従事するのは構わないのだが、そちらはそれでいいのですか?」

「はい、問題ございません」

アドルフは私達を信頼して…では無いだろうが、重要な仕事を任せてくれた。

私と部下数名は、アリクレット公爵領の財務を担当する事となった。

慣れた仕事なのでやりやすいのではあるが、いきなりやって来た他国の者に任せる仕事ではない。

しかし、任されたからには、精一杯働かせてもらう。

他の部下達も、闘技場の運営や他の重要な場所に回された様だ。

しっかりと働いてくれることだと思う。


私の仕事場に案内され、アリクレット公爵に挨拶をする事となった。

噂には聞いていたが、本当に普通の子供なのだな…。

あの子供が英雄の生まれ変わりで、ローアライズ大陸中を恐怖におとしいれたとは誰もが思うはずも無い。

いや、魔法使いに年齢は関係ない。

侮る事をせず、誠実に対応しなくては簡単に殺されてしまうのだろう。

私は気を引き締めなおして、仕事に従事する事にした。

一緒に仕事をする様になり、さらに驚かされる事になってしまった。


「アドルフ殿、エルレイ様は本当に英雄の生まれ変わりなのではないのですか?」

「驚かれるのも無理はありません。ですが、資質は受け継いでいらっしゃるのかもしれませんが、英雄とは別人のようです」

「そう…ですか?」

アリクレット公爵、いえ、本人が名前で呼べと言ってくれたのでエルレイ様の優れていたのは魔法だけでは無く、政にも長けていた。

次々と有用な事を提言し、それを魔法で実現していく。

私達はその補佐を行うだけで領地が繫栄していく。

実に素晴らしく、一生をかけてエルレイ様に尽くして行きたいと思える。

リースレイア国王がエルレイ様の半分ほどでも優秀であれば、私は国を出ていく事は無かった。

いいや、今はエルレイ様の元に来られたことを感謝しているし、国を出る原因を作ってくれたリースレイア国王にも感謝を伝えたいほどだ。


「平民の子供に教育を施す者ですが、私達の妻に任せてはいただけませんでしょうか?」

「それは構いませんが、本人たちは同意していらっしゃるのですか?」

「はい、毎日何もせず家にいるだけでは退屈だと申しておりまして、仕事があればやらせて頂きたいと申しております」

「分かりました。では試しに、今いる子供達の教育を行って頂きましょう」

「ありがとうございます」

元々私達がやる仕事だったので妻達の相談したら、喜んで引き受けてくれた。

そして翌日から妻たちは、子供達の教育係として働く事になった。

子供相手は大変だろうが、家にずっといるよりかはましだろう。

外出を禁止されている訳では無いが、平民の常識を知らない妻達が街に出れば、思わぬ危険に巻き込まれる可能性が高い。

私でも、街を一人で歩くのは危険だと感じてしまう。

一度はゆっくりとリアネの街を見て回りたいとは思うが、もう少し慣れてからにした方が良いだろう。

この地に来たばかりで、ご迷惑をかける訳にはいかないからな。

妻は慣れない仕事に苦労はしているようだが、子供達の相手は楽しい様子で、毎日覚えが悪いと私に文句を言いつつも笑顔で教えに行っている。

妻の笑顔を見るのも久しぶりの事で、私もつい笑顔になってしまう。

そう言えば、私も笑顔になったのはいつぶりだろう…。

最後に笑ったのは…孫が生まれた時か?

これからは毎日笑顔で過ごせるのではないかと思う。


「温泉風呂ですか?」

「はい、希望者には休日に温泉風呂がある施設に一日宿泊して頂けます。ご家族を連れて行かれると喜ばれますが、いかがなさいますか?」

「そうですか、ではお言葉に甘えて行かせて頂きます」

ここでは一週間に一度休日があり、ゆっくりと体を休めることが出来る。

財務卿だった頃は忙しく、休んだ事はほとんどなかった…。

仕事も時間通りに終わるし、最高の職場だと思う。


休日に家族を連れてリアネ城の玄関へと来ると、待ち構えていたのはエルレイ様だった。

「全員手を繋いでくれ」

「エルレイ様が連れて行って下さるのでしょうか?」

「そうだ」

何処にある施設なのか教えて貰っていなかった。

てっきり近場だと思っていたのだが、そう言えばこの辺りに温泉があると言う話は聞いたことが無かったな…。

私達はエルレイ様に言われた通り手を繋ぐと、次の瞬間、景色が一変していた…。

そう言えば、エルレイ様は一瞬で違う場所に行ける魔法が使えると言う話を聞いていた。

しかし実際に見た事は無く、このように自分で体験する事になるとは思ってもみなかった。


「ここはキュロクバーラ王国王都コルビーノ、温泉施設の周辺を散策するのは構わないが、不用意に他人の屋敷に入って行ったりしたら捕まるから注意してくれ」

「えっ!?ここはキュロクバーラ王国なのですか!?」

「信じられないかもしれないが本当だ。だから行動には十分気を付けてくれ」

「はい、分かりました…」

キュロクバーラ王国の王都コルビーノは、ルフトル王国の結界内と同様に誰も入られないと言われている場所だ。

確かに、周囲の建物は今まで見た事が無い造りをしているし、エルレイ様が嘘を吐くはずも無い。

エルレイ様は、翌日迎えに来ると言ったのち、昨日宿泊していた使用人達を連れて帰って行った。

私は動揺する家族を鎮めて、温泉施設へと入って行った。


「ようこそいらっしゃいました。室内は土足厳禁となっておりますので、こちらで靴を脱いでおあがりください」

温泉施設の従業員に言われるまま靴を脱ぎ、部屋まで案内された。

部屋は家族別々に入れられ、妻と二人だけになってしまった。

「あなた、温泉風呂は外にあるそうですよ。先に入りませんか?」

「そうだな、せっかく来たのだし温泉風呂に入ってみよう」

たまには夫婦水入らずで過ごすのも良いだろう。

従業員に温泉風呂の使い方を教わり、妻と二人で入浴した。


「外では恥ずかしいかと思いましたが、誰かに見られる心配がなく、開放感があって気持ちいいですね」

「そうだな、温泉もちょうどいい温かさだし、ゆっくりと浸かっていられそうだ」

妻と二人きりでゆっくりと温泉風呂を楽しみ、温泉風呂から上がって食事と酒を楽しみながら、妻と過ごすことが出来た。

「こうしてあなたとゆっくり過ごせたのは、結婚してから初めての事かも知れません」

「そうだな、お前には苦労を掛けた。これからもっと二人で過ごせる時間を作って行こうと思う」

「はい、あなた…」

妻と今まで話せなかった事を話しながら、充実した休日を過ごすことが出来た。

私の残りの人生を妻と共に楽しみながら、エルレイ様に尽くして行こうと決心した。

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