第三百十七話 財務卿ヒューイットの逃亡

≪ヒューイット視点≫

「ヒューイット、今までご苦労であった」

「はい、国王陛下ありがとうございました」

私は国王の前に跪き感謝を述べた。

それは私にねぎらいの言葉をくれた国王に対してではなく、財務卿と言う職から解放してくれた事に対しての感謝だ。

国王は私の感謝を聞き、満足げに頷いている。


「ヒューイット殿、後の事はこの私に任せてゆっくりと休まれるといい」

「マーヴィス財務卿、引継ぎが済み次第旅に出ようかと思っています」

「旅か、それはとても良い事だ!」

私の後任となったマーヴィスは笑顔を浮かべているものの、腹の中では二度と戻って来るなと思っている事だろう。

私も二度と戻ってくるつもりは無いので構わないのだが、引継ぎはしっかりと行わなければならない。

国王の前から立ち去り、マーヴィスと共に私の仕事場へと戻って来た。

仕事場では、私の部下達が整列して迎え入れてくれた。


「「「ヒューイット様、お疲れさまでした!」」」

「お前達も今日までよく頑張ってくれた」

部下達一人一人に声を掛けながら、私の席へとやって来た。

「マーヴィス財務卿、今日からここが貴殿の席になる」

「こ、この資料の山は…」

「引継ぎの資料です。聡明な貴殿の事ですから、ここまで用意する必要はないかと思いましたが、伝えるべきことは全て纏めておりますので一通り目を通して下さい」

「そ、そうか、か、感謝する…」

机の上には、私と部下達で纏めた資料が山積みとなっている。

リースレイア王国の情報を必要最低限に纏めた資料だ。

何も知らないマーヴィスには、必要な資料となるはずだ。


「さて、長居してはマーヴィス財務卿の業務の邪魔になるだろう。

私達はこれで失礼する」

「あぁ…」

資料の山を目にして呆然としているマーヴィスを放置し、部下達と部屋を出て行こうとした。


「ま、待て!」

「ん?まだ何かありますか?」

マーヴィスが慌てて私達を追いかけて呼び止めて来た。

「ヒューイット殿では無く、そちらの部下達は何故出て行くのだ?」

マーヴィスは私ではなく、部下達を呼び止めたのか。

それも当然のはず。

全員が退出して行こうとしているのだから…。


「私の息のかかった者達がいては、マーヴィス財務卿も仕事がやりにくいでしょう。

ですので、全員辞めさせることにしました」

「そ、そうか…き、気遣い感謝する…」

「では、失礼します」

マーヴィスが口をぽかんと開けたまま立ち尽くす中、私は部下達と共に退出して行った。

明日から大変だろうが、マーヴィスの好きな者をここで働かせられる事になるのだ、それくらいの苦労は受け入れてもらわねばな。

ウェスタリー城の廊下を歩くのは今日が見納めかと思いつつ、私は部下達に声を掛けた。


「本当に良かったのか?行った先には何の保証も無いのだぞ?」

「はい、ここにいるよりかは未来は明るいと思いますので」

「そうだな。私も同じ気持ちだ」

リースレイア王国の未来は非常に暗い。

戦争は終結し、その結果としてローアライズ大陸にはミスクール帝国、キュロクバーラ王国、ソートマス王国と言う大国が出来上がった。

リースレイア王国とルフトル王国は残ったが、ルフトル王国はソートマス王国と同盟関係にあるので、実質的な小国はリースレイア王国のみである。

大国に立ち向かうには武力が必要であるが、その武力のかなめである魔剣も魔石の入手が止まってしまった現状を考えると無いも同然。

数十年後か数百年後かは分からないが、ミスクール帝国かキュロクバーラ王国に吸収されるのではないかと思っている。

そんな国にいるより、出て行った方が良いと考えるのは普通の事だろう。

「では、明日また会おう」

「はい、ヒューイット様もお気をつけて」

ウェスタリー城を出た所で部下達と別れ、私は帰宅した。

屋敷の前には荷馬車が四台置かれていて、使用人達が荷物の積み込みを行っている。

持って行く荷物は最低限にしろと命じたが、息子夫婦達を含めて四家族分では仕方が無い事だろうか?

娘が嫁いで行った二家族は、無理に連れて行く事は出来ないので残して行く事となる。

私が落ち着いたら呼び寄せるつもりだが、来てくれるかは不明だ。

今まで世話になった使用人達に、一年は余裕を持って生活を出来るお金を手渡した。

使用人達の次の仕事先を見つけられなかったのは気がかりだが、そのお金があるうちに見つけられる事を願っている。


翌朝、私は家族と共に馬車に乗り込み、長年住み慣れた屋敷を後にした。

不安が全く無いとは言わないが、希望に満ちた出立だと家族には言い聞かせているので、家族には笑顔を振りまいている。

王都アルレイアを出た所で部下達が家族と共に待ち構えていたので合流し、長い旅へと出立した。

旅は順調とはいかず、出立してから一時間ほど進んだ所で軍に取り囲まれる事になった。

不安がる家族を残し、私は一人で馬車から降りて取り囲んでいる軍へと向かって行った。


「この様な所でお会いするとは偶然だな」

「全く、勝手に動けば目を付けられるぞ」

馬に乗ったアンドレアルスが、馬上から声をかけて来た。

見送りに来たつもりかも知れないが、命令も無く軍を動かせば軍務卿から睨まれるだろうに…。

「今更だな。さて、我々はこれよりルフトル王国国境付近まで向かう」

「私達も偶然そちらへと向かう事になっている」

「それは重畳、長旅に退屈しないで済みそうだ」

「そうだな」

アンドレアルスは笑いながら馬を一頭持って来させ、私に乗る様にと言って来た。

「乗馬は得意では無いのだがな…」

私は馬に跨り、アンドレアルスと会話しながら旅を続ける事となった。

アンドレアルスの話によると、誰かが私の命を狙い刺客を送って来ているらしい。

私は恨まれる事が多かったため、即座に誰だか特定する事は出来なかった。


「マーヴィス財務卿だ」

「なるほど、私に二度と戻って来れない様にとしたのか…」

軍の情報部がその情報を聞きつけ、アンドレアルスが護衛に来てくれたと言う事らしい。

「お礼は何も出来ないぞ」

「友よ。そんなこと気にする必要はない」

「そうか、ありがとう」

アンドレアルスが国境付近まで護衛してくれたので、無事にルフトル王国に入る事が出来た。

ルフトル王国は犯罪者が少ない事で有名な国だ。

何しろ、悪事を働いた者は殆ど捕まるのだから、誰も悪事を働こうとは思わなくなる。

私達の旅も順調に進んで行った。

ルフトル王国を経て、目的地のソートマス王国へと入った。

噂通り街道がよく整備されていて、馬車は速度を上げて進んでいた。


「ここが英雄の生まれ変わりが統治するリアネの街か」

「美しい街並みで、活気に満ち溢れていますね」

長旅で疲弊していた家族達も、リアネの街の賑わいを見て元気づいていた。

私は長年に渡り情報を集めてくれていた部下と合流し、宿屋で情報交換を行う事にした。


「ヒューイット様、長旅ご苦労様でした」

「アルジェフも長い間私に仕えてくれた事に感謝する」

「いえ、それより早速ですが、仕事の話に移らせて貰います」

アルジェフの話によると、私達に与えられる仕事は平民の子供に読み書きと計算を教えるのだと言う。

私達の人数が多いので他の仕事に回される者もいるだろうが、給料も良い上に住居まで提供して貰えると言うので文句はない。

宿屋で一泊して旅の汚れを落とし、翌日家族を宿屋に残して、アルジェフの案内でリアネ城へとやって来た。

見ず知らずの他国の者を簡単に城内に入れるとは不用心だなと思いつつ、案内された部屋へと入って行った。


「皆様、アリクレット公爵様のリアネ城へようこそ。

私は執事長を務めさせて頂いております、アドルフと申します」

執事長アドルフと挨拶を交わし、私達はリースレイア王国での経歴を書かされる事となった。

ここで嘘を吐いた所で良い事は無いので、包み隠さず経歴を書きだした。

「長旅でお疲れでしょう。先ずは住居に行って貰い、一週間ほど旅の疲れを癒して下さい。

その間に皆様のお仕事を決定させて頂きます」

執事長からそう言われ、経歴を書き終えた私達は住居へと案内されて行った。


「この様な立派な屋敷に住まわせて頂けるとは…」

正直恐怖を感じた。

経歴を見てこの屋敷を与えてくれたのは分かるが、この後どんな仕事をさせられるのか考えるのが恐ろしい。

リースレイア王国の情報を聞かれでも無言を貫くつもりだが、この屋敷にはそれ以上の事をやらされそうな予感がしてたまらなくなった。

部下達も同じ気持ちなのだろう。

しかし、家族を連れてここまで来たのだ、今更後戻りする事は出来ない。

覚悟を決めて、立派な屋敷に住まわさせて貰う事にした。

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