第三百十六話 財務卿ヒューイットの別れ

≪ヒューイット視点≫

ミスクール帝国はキュロクバーラ王国から帝都を強襲され、皇帝を倒された事により実質的に敗北した。

しかし、キュロクバーラ王国は何を思ったのか、ミスクール帝国に新たな皇帝を立たせて存続させてしまった。

今回の件で、ミスクール帝国はキュロクバーラ王国に相当な恨みを持ったはず。

近い将来、必ずミスクール帝国はキュロクバーラ王国に侵攻する。

リースレイア王国としてはその時に備えて、今から国力を高めて軍事力の強化をして行かなくてはならない。

なのに、国王は何も分かってはいない…。

戦争が終わったのだから、私が抑えていた支出を止める様に命令して来た。

命令なのだから従わなくてはならない。

しかし、私が財務卿であるうちはリースレイア王国を破綻させはしない。

厳しい状況だが、お金が無いわけではない。


「ヒューイット様、本当によろしいのでしょうか?」

「構わない。これは王命なのだからな」

私はウェスタリー城の地下にある金庫へとやって来ていた。

この金庫には、王国の非常時に使うためのお金が貯め込まれている。

今は非常時、ここのお金を使う事にためらいはない。

部下達に指示を出し、お金を運び出して行く。

これで当面は乗り切れるだろう。

しかし、金庫の中身も無限ではない。

リースレイア王国の財政を立て直すのに使用しなくては、単なる無駄遣いになってしまう。

そこは私と部下達で上手く行えばいい。


戦争終結してから一か月後、キュロクバーラ王国の使者によって、ミスクール帝国が今後魔石の生産が出来ないことを知らされた。

ミスクール帝国が魔石を生産していた事はある程度予想出来ていたが、こちらが侵攻しようとしまいと、今後一切魔石が入手できない事が分かってしまった。

この知らせにより、ウェスタリー城内が騒然となってしまった。

魔石が入手できなければ魔剣は作れない。

魔剣が作れないと言う事は、リースレイア王国の滅亡を意味している。

これにはさすがに国王も焦りを感じたのか、今ある魔剣が他の国に流出しないよう管理を徹底させる指示を出していた。

私は将来的に魔剣が無くなる事を想定していたので、今更焦る事は無い。

それに対応策は軍務卿の仕事だから、私が口を挟む所では無い。

私は私の仕事を淡々と行っていくだけだ。


戦争終結から一年以上が経過し、リースレイア王国内も落ち着きを取り戻して来た。

財政状況は厳しいままだが、国王が無理を言わなければ十年後くらいには元通りになると考えている。

私の財務卿としての仕事も、そろそろ終わりを迎える頃だ。

次期財務卿候補の名前も上がって来ている。

あまり良い噂を聞かない男だが、頭は切れる様だから上手くやってくれる事を期待する。


「ヒューイット様、例の仕事が見つかったとの知らせが届きました」

「そうか!それで、どれくらい受け入れられるのか?」

「先方からは、何名でも構わないと言う事でした。

ただし、仕事は先方が決めるそうですので、こちらが希望する仕事に就けるかは不明です」

「分かった、仕事があるのならそれで構わない。受け入れて貰える様にお願いしてくれ」

「分かりました」

これは朗報だ。

私は直ぐに部下達にも希望者を募り、そのままガロの所へとやって来た。

ガロには色々お世話になったので、何も話さないと言う事は出来なかった。


「今日は何の用?」

「二人きりで話がしたい」

「ん、分かった」

ガロはいつも通り面倒そうな表情をしながらも、私を自室に案内してくれた。

ここに来るのも随分と久しぶりだ。

なので、私様に用意されていた椅子の上にも、資料が山積みになっていた。

ガロは椅子の上から資料を床に降ろし、パンパンと椅子に積もった埃を叩いて私に座るよう言ってくれた。

私が椅子に座ると、ガロは時間がおしいから早く話せと言う視線を向けて来ていた。


「今日はお別れを言いに来た」

「ふーん、財務卿を辞めるの?」

「そもだが、リースレイア王国から出て行く」

「そうなんだ」

ガロはあまり興味が無さそうにしつつも、少し寂しそうな表情を見せてくれていた。

「ガロも魔石が入手できなくなって退屈だろう。

もしよかったら、私と一緒にこの国を出て行かないか?」

「んー、これでも王族なんだけど?」

「承知している。しかし、ここにいても魔石が入手できないのでは意味が無いだろう?」

「今、調査団を派遣しようと言う話になっているけど?」

「あの話には期待しない方が良い。ガロも期待していないのだろう?」

「まーね」

調査団とは、魔物がいると言われている別の大陸を探す目的で作られた船団の事だ。

過去にも幾度か船団を送り出した事はあったが、一度たりとも戻って来た事は無い。

漁師たちの間でも、遠洋まで出れば水棲の魔物が出て船を沈められると言われている。

実際に魔物を見た者が戻って来た事は無いので、嵐に巻き込まれて沈んだのか、魔物に襲われて沈んだのかは分かってはいない。

無駄に人命を失うと分かっていても、魔石を入手するために送らざるを得ないのがこの国の現状だ。

当然私は強固に反対したのだが、国王の命令で実行する事になった。

今に始まった事では無いが、最近私が反対ばかりしている事が国王としても気に入らないのだろう。

だから、私を財務卿の地位から落とそうとする勢力が勢いを増している。

まぁ、私がそう仕向けたので大人しく引き下がろうと思ってはいるが、人命を軽視するような事には断固反対しなくてはならない。


「向かうのはあの国だよね?」

ガロの問いに私は黙って頷いた。

「確かにここにいるよりかは楽しそうだけれど、一応王族としての使命は果たさないとね。

後からでも良いかな?」

「ガロであれば、何処に行っても歓迎されるから問題無い」

「ん、分かった。取り合えずさよなら」

「また会える時を楽しみにしている」

私はガロと握手を交わし退出した。

ガロがいつ来ても迎え入れられる様に、私も新天地で頑張らなければならないな。


次に軍部へとやって来た。

軍部では私は歓迎され、アンドレアルス第一魔剣軍団長の部屋に直ぐに通して貰える。

ここまで信頼を築き上げて来た関係を失わなくてはならないのかと思うと、残念に思う。

「財務卿殿、本日はどの様な要件で参られた?」

「今日は別れの挨拶に来た」

「そうか、噂は色々聞いていたが本当だったとはな」

「私がそう仕向けたので」

「なるほどな」

アンドレアルスは状況を理解しているのだろう。

席を立ち、後ろの棚から酒とグラスを二個取り出して来て、私の前にグラスを置き酒を注いでくれた。


「友との別れに」

「友と言ってくれる事に感謝を」

私とアンドレアルスはグラスを持ち上げ、一気に酒を飲み干した。

グラスを置き、アンドレアルスと固い握手を交わして退出した。

ガロの時の様にアンドレアルスを誘う事も考えたが、責任感が強い彼が軍を見捨てて行く事は無いだろう。

それと、軍にいる者達は魔剣に憧れて入隊した者達ばかりだ。

軍から抜ければ魔剣を返還しなくてはならないので、簡単に抜ける者はいないはず。

彼らがいなくなっては、本当にリースレイア王国の終焉になってしまう。

私もリースレイア王国にも愛着があり、無くなって欲しいとは思っていないのだからな。

別れの挨拶は終わった。

後は次期財務卿に引継ぎをするための資料作成を行って、私の最後の仕事としよう。

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