第三百十四話 赤ちゃんと命名

俺を心配させない為なのか、翌日から食事の時の座る場所が変わっていた。

無理をさせたのでは?と心配になったが、楽しそうに会話しながら食事をしているので、本当に皆の仲は良好なのだろう。

何か問題があったら言って来てくれるだろうし、安心して仕事に精を出す事にした。


「エルレイ様、ヴィヴィス男爵様にご子息がお生まれになったそうです」

「それはめでたいな!出産祝いを送ってやってくれ!」

「承知しました」

今俺の領内では、貴族の出産が相次いでいた。

それ自体はとても喜ばしい事なのだが…。

「それと、ヴィヴィス男爵様より、ご子息に名前を付けて頂けないかとお願いが来ております」

「またか…」

何故か俺に名付け親になって貰いたいらしく、子供が産まれるたびに依頼してくる。

名前は生まれてくる子供にとって非常に重要な物だし、適当な名前を付ける訳にはいかない。

しかし、何人にも頼まれてしまうと、名前を考えるのも辛くなってきた。

ルリア達に協力を仰いでみたのだが…。

「エルレイに頼んできているのよ!私が決める訳にはいかないわ!」

「エルレイさん、私もそう思います」

「うむ、英雄に命名して貰う事に意味があるのだぞ!」

「お姉ちゃんも協力してあげられないわね…」

と言う事らしい…。

俺は英雄でもなんでもないのだが、俺が一人で考えるしかなさそうだ。


そして、リアネ城でもシンシアに女の子が生まれていた。

皆でお祝いを兼ねて、赤ちゃんを見に行ったのだが…。


「エルレイ様、この子の名前をお願いできませんでしょうか?」

「う、うん…二、三日考えさせてくれ」

「はい!ありがとうございます!」

シンシアに笑顔でお願いされては断ることは出来ない。

真剣に考えて、いい名前を付けてあげないといけないな。

ルリア達は、嬉しそうに赤ちゃんを交代で抱きかかえていた。

「エルレイも抱いてあげて」

「そうだな」

抱いてかわいい赤ちゃんの顔を見れば、いい名前も浮かんで来るかも知れない。

アルティナ姉さんから、シンシアの赤ちゃんを優しく受け取った。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

俺が抱いたとたん、赤ちゃんが泣きだしてしまった…。

「どうしてかしらね?」

俺もどうしてなのか分からない…。

赤ちゃんをアルティナ姉さんに戻すと、赤ちゃんはピタリと泣き止んでしまった。

「呪われているのでは無いのか?」

「そんな事は無いと思うが…」

ヘルミーネが冗談めいた感じでそう言って来た。

女神クローリスから祝福されている俺が、呪われているはずがないと思うが…。

兄さん達の赤ちゃんにも泣かれたし、もしかしたら本当に呪われていて、自分の子供が出来たとしても抱く事が出来ないのでは無いのか?

それは非常に嫌だな…。

呪いを解く魔法が無いのかと、グールに聞いて…。


「あっ!?」

「どうしたのだ?」

俺はナイフ状のグールを懐から取り出し、ヘルミーネに預けた。

グールも俺が遠くに離れなければ、勝手に戻って来る事は無い。

そして、再びアルティナ姉さんから赤ちゃんを渡して貰った。


「泣かない!」

「エルレイ、良かったわね!」

赤ちゃんは泣かずに、俺に愛らしい笑顔を見せてくれていた。

俺が呪われているのはグールしかない!

そう思って試してみたのだが、正解だった様だ。


「俺様、何も悪くねーからな!」

「うん、グールが悪いわけではない。

ただ、グールが赤ちゃんに嫌われていると言うだけの事だ」

「うむ、口が悪いのが行けないのであろうな!」

「口は関係なくね?」

赤ちゃんは敏感に、グールからにじみ出ている悪の波動を感じているのだろう。

いや、そう言うのが出ているのかは分からないが、俺がグールを持っていない状態で赤ちゃんが泣かなかったのは事実だ。

それが分かったのは非常に嬉しい!

本当に俺が赤ちゃんに嫌われているのかと、相当悩んだからな…。

十分赤ちゃんの愛らしさを堪能したので、気合を入れていい名前を付けてあげる事にした。


リザベルト、ティアーヌ、エルディア、リオネッタ、リアマータ…。

「エルレイ、まだやってたの?」

「うん、なかなかいい名前が決まらなくて…」

赤ちゃんの愛らしい笑みを見た後から、俺は夜までずっと名前を考えていた。

今は和室のテーブルの席に正座して座り、これまで命名してきた名簿を参照しながら、シンシアの赤ちゃんにつける名前を書き出しているのだが、なかなかピンとくる名前が無い。

「どんな名前を付けても良いけれど、出来るだけ覚えやすい名前にしてあげないと、その子が困る事になるわよ」

「そうだな…」

シンシアの赤ちゃんは、将来的に俺の息子の使用人に成る可能性は高い。

勿論子供に強要するつもりは無いが、使用人の子供はその家に仕えるのが普通らしいからな。

そう思って、リアネ城に努めている使用人達の名前を思い出してみる。

殆どが三文字か四文字で、五文字の者もいるが少数派だ。

母親のシンシアは四文字だから、同じ四文字で覚えやすい名前にしてあげた方が良さそうだ。

俺は今まで書き出して来た名前から四文字の物を取り出し、その中から一つ選んだ。


「エリシア、赤ちゃんの名前はエリシアにしようと思う!」

「良いんじゃない?」

「エルレイさん、とてもいい名前だと思います」

ルリア達からも好評価を得たので、翌日シンシアを尋ねて名前を伝えた。


「エルレイ様、いい名前をありがとうございます!

エリシア、今日からあなたはエリシアですよ~」

シンシアも気に入ったみたいだが、エリシアも名前を呼ばれるたびに笑ってくれている。

いい名前を付けられて本当に良かったと胸をなでおろした。


「エルレイ様、この子にも名前を付けて頂けませんでしょうか?」

「うん、いい名前を考えるよ」

リアネ城で生まれてくる赤ちゃんは一人では無い。

シンシアの妊娠発覚後は、アドルフが妊娠しない様に止めていたのを俺がやめさせたので、次々と使用人の中に妊娠する者が出て来た。

それはとてもめでたい事だし、俺としても喜ばしい事だった。

だが、なぜ全員俺に名前を付けさせようとするのか…。

普通、両親が命名する物では無いのだろうか?


「普通はそうね。でも、エルレイは英雄の生まれ変わりだから仕方ないんじゃない?」

「うむ、皆英雄にあやかりたいのだ」

「僕は英雄の生まれ変わりでは無いのだけれど…」

「エルレイがどう思っていたとしても、あれだけ戦争で活躍したのだし、お姉ちゃんも仕方ないと思うわよ」

「エルちゃん」

「レイちゃん」

「「手伝った方が良い?」」

「いや、気持だけ受け取るよ…」

皆も手伝ってくれると言ってくれるが、俺を頼って来ているのだから頑張らなければならない。

仕事をこなしつつ、名前を考える日々が続く事になった…。


赤ちゃんの保育に関してだが、リアネ城の一室を保育室へと改装した。

アドルフは、自分達が住んでいる場所で行わせると主張したが、城内の方が安全だからな。

ラウニスカ王国が滅び、強力な暗殺者が送り込まれてくる心配は無くなった。

しかし、たまに俺の命を狙って来る者もいるんだよな…。

今の所警備隊(ニーナ)が事前に捕まえてくれていて、リアネ城へと辿り着いた暗殺者は一人もいない。

だが、ニーナも今は身重になっていて出産が近い事から、ニーナを頼る事は出来ない。

なので、リアネ城の警備を普段より厳重にしている所だ。

赤ちゃんを狙ってくる暗殺者はいないだろうが、人質として取るような悪人が来ないとも限らないからな。

リアネ城の廊下を歩くと赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるが、俺は気にしないし、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくると言う事は元気な証拠だからな。

夫である執事達も、安心して仕事が出来ると言うものだ。

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