第三百七話 アカリエル・ベル城の攻防 その五

「貴様…英雄は、争いを呼ぶ者だ。

その事は、ここまで戦いを続けて来たので理解しているはずだ。

そして貴様が没後、力の均衡が崩壊し、再び大きな争いが起きるだろう。

余は貴様を倒し、大陸を統一して争いが起きない世を望んだ…」

皇帝は俺を見ながら、どこか遠い所を見ている様な感じだった。

皇帝の言い分が分からない事も無い。

俺がこの世界に転生してからラノフェリア公爵を始めとし、様々な人達に利用されて来たのは間違いないだろうし、戦争にも参加して来た。

だからと言って、全ての争いの元凶が俺だと言われても困る。

俺は争いを望んでいない。

降りかかる火の粉を払っているに過ぎない。

そして、俺が死んだ後の事を言われても正直困る。

未来の事なんて誰にも分からないのだからな。


「罪もない人達を犠牲にしておいて、何が争いが起きない世を望むよ!

誰も貴方なんかについて行かないわ!」

ルリアが怒りをあらわにして皇帝に怒鳴りつけたが、皇帝はルリアに対してあざ笑うだけだった。

どうせ、戦争に犠牲は付きものだとか、大を生かすためには時には小を殺す事も必要だと思っているのだろう。

皇帝と言う立場であれば、そう言う決断をしなくてはならない時もあるだろう。

俺の領地で疫病や飢饉ききんが発生すれば、領民全てを救うことは不可能ないので、切り捨てる選択を強いられる時も来るかもしれない。

だが、今回皇帝が行った事は到底許されるものではないし、許してはいけない!


「僕も貴方と同じく、争いが起きない世を望みます。

だけど、貴方の様に犠牲を強いてまでそれを成し遂げようとは思わないし、ましてや力で従えて強制しようとも思わない。

そして、僕は貴方がやって来た事を許すことは出来ない」

「ふんっ、所詮子供か…。

余のやったことが許せないのであれば殺すがいい。

だが覚えて置け。

この大陸を一つにしなければ、争いが無くなる事は無い」

「確かにそうかもしれませんが、一つにしたとしても人の欲望がある限り、どこかで争いは起きるものです」

「ふっ、そうかも知れぬ」

皇帝は苦笑いをしていた…。


「さて、そろそろこの苦痛から解放してくれ」

皇帝はそう言いながら仰向けに倒れた。

もう既にかなりの血を流しているので、顔色も青ざめて来ている。

レオンは無言で頷くと、刀を皇帝の胸に躊躇なく突き刺し、皇帝は息絶えた…。

これで魔人にされる人達がいなくなるだろう。

しかし、戦争が終わった訳では無い。

これからも、皇帝が言った通り争いが起こるのかもしれない。

俺に出来る事は争いを未然に防ぐ努力をし、争いが起きた際には犠牲者の数を減らすよう努力する事だけだ。

俺は、皇帝の遺体をじっと見ているルリアの手を握りった。


「ルリア、帰ろう」

「そうね…」

ルリアは浮かない表情だったが、俺が手を繋ぐと少しだけ表情を緩めてくれた。

「リゼも帰るよ」

「はい」

リゼとも手を繋ぎ、広間から去る事にした。

レオンはまだ皇帝の遺体の前にいたが、今は一人にしておいた方が良いだろう。

広間の外に出ると、レオンの部下達が待ち構えていたので、中にいるレオンの事を任せてリリーとロゼの所に戻って行った。


「お帰りなさい!」

城の玄関へと戻ると、リリーが駆け寄って来て俺達を抱きしめて来た。

「リリー、ロゼ、終わったよ」

「もう帰れるのでしょうか?」

「どうだろう?」

ロゼが帰れるか聞いてきたが、正直なところ分からない。

皇帝を倒してそれでおしまい、と言う事にはならないだろう。

最悪、暫くこの城に留まって、ミスクール帝国の行く末を見届けないといけないのかもしれない。

それに、ミスクール帝国の軍はまだ健在で、城を奪還しに戻って来るかも知れないし、キュロクバーラ王国に攻め込んでくるかも知れない。

悩んでいるより、マティアスに相談した方が早そうだ。

俺は忙しそうに指示を出しているマティアスの所に向かい、今後の予定を尋ねて見た。


「エルレイさん達は、戻って貰って構いません。

それと、エルレイさんには交代要員の移送をお願いできませんか?」

「分かりました。お先に失礼します」

俺はルリア達を連れて先に戻り、交代要員の移送を行った。

レオンとマティアスは暫く城に滞在して、ミスクール帝国の行く末を見届けるそうだ。

俺はミスクール帝国に口出しする立場では無いし、レオンとマティアスに任せてリアネ城へと帰る事にした。

ミスクール帝国の軍がどう動くのかは分からないので、場合によってはまた呼び戻されるかもしれない。

でも、ひとまずは決着したと言っていいのだろう。

肉体的にも精神的にもつかれたし、今はリアネ城でゆっくりと休みたいと思った…。


≪プライラス視点≫

自宅で就寝していると、夜中に使用人から叩き起こされた。

使用人の話によれば、アカリエル・ベル城が何者かによって襲撃されていると言う事だ。

私は慌てて窓からアカリエル・ベル城を見上げた。

「なんてことだ…」

アカリエル・ベル城は、炎の明かりで赤く浮かび上がっていた。

燃えているのは魔道具研究開発施設の方だが、厳重に守られた魔道具研究開発施設が燃えているのは異常な光景だ。

皇帝陛下の御身が心配ではあるが、私が城に駆けつけたからと言って襲撃者を撃退することは出来ない。

アカリエル・ベル城は、騎士団と魔道兵器によって守られている。

私が行っても邪魔になるだけだ。


夜が明けた後、私の家に武装した者達がやって来た。

「我らはキュロクバーラ王国兵、帝国会議議長プライラス・エル・エメロン様、失礼ながら御同行お願いします」

私は武器を突きつけられ、無理やり馬車に乗せられアカリエル・ベル城へと連れて来られた。

城の入り口はキュロクバーラ王国兵が守っており、アカリエル・ベル城が落とされたのだと理解した。

私は城内にある議場へと連れて行かれた。

そこには他の議員達も集められており、皆不安そうな表情を浮かべていて、どうなるのかと私の所に詰め寄って来た。


「落ち着け、私達をここに集めたと言う事は、ミスクール帝国の行く末を私達の手によって決めさせてくれると言う事なのだろう!」

そんな事はあるはずも無いと思いつつも、そう言って安心させた。

そして、議員全員がそろった所で、険しい表情をした男が演壇に立った。


「俺はキュロクバーラ王国国王レオンフィス・フィル・キュロクバーラだ。

非道な皇帝は俺の手で殺した!

また同じような愚挙を繰り返すようであれば、俺はいつでも首を取りに来るぜ!」

キュロクバーラ王は皇帝を殺害した事を告げ、私たち一人一人をじっくりと睨みつけた。

私もそうだが睨まれた者達は縮み上がり、中には悲鳴を上げる者もいた。

この男に逆らえば殺される!

皆そう思ったのだろう…。

私達が十分怯えたのを確認したのち、キュロクバーラ王は言葉を続けた。


「さて、集まって貰ったのは他でもない。

新しい皇帝を選んでもらうためだ。

俺からの条件は一つ。

ミスクール帝国を分断させるな!

以上!」

キュロクバーラ王はそれだけ言うと、退出していった…。

余りの好条件に、議員達は騒ぎ出した。

皇帝陛下が殺害されたばかりだというのに、もう自分達の都合のいい次期皇帝を誰にするかで揉め出している。

私は慌ててキュロクバーラ王を追いかけ、立ち去る背中を呼び止めた。


「お待ちください!どうか、皇帝陛下に会わせて頂けませんでしょうか?」

「遺体は寝室に寝かせてある。会いに行くといい」

「ありがとうございます!」

私は近くにいた侍女に案内させ、皇帝陛下の寝室へと行った。


「失礼します」

皇帝陛下の寝室を守る者はだれもおらず、私は声を掛けて入室して行った。

皇帝陛下の寝室は静まり返っており、中には誰一人としていなかった。

皇后陛下は逃げ出せて無事なのか、それとも捕まえられて隔離されているのだろうか。

無事を願い、皇帝陛下が眠るベッドへと近づいて行った。


ベッドには、安らかな表情で眠る皇帝陛下のお姿があった。

私は皇帝陛下のこのような表情を見た事がありませんでした。

即位されてから今日まで短い期間でしたが、ミスクール帝国の為に必死に努力し続けたお姿は忘れません。

皇帝陛下が夢見た大陸統一の理念は私が引き継ぎ後世へと伝え、いつか必ず成し遂げるよう努力するとお約束いたします。

皇帝陛下には皇子がお二人いますが、どちらもまだ幼い子供です。

次期皇帝にはまだ早すぎますが、その次の皇帝に成れるように私が最善を尽くします。

どうか、安らかにお眠りください…。


私は皇帝陛下の寝室を後にし、皇帝陛下の御意志を胸に秘め、議場へと急ぎました。

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