第二百七十五話 財務卿ヒューイットの絶望

≪ヒューイット視点≫

「不味い、不味い、非常に不味い!」

私は自分の机の席に座り、頭を抱えていた。

周囲には部下達もいるので、不安を煽るような発言は控えた方が良いのだが、声に出さずにはいられなかった。

それもこれも、暢気のんきな国王が悪いのだ!

国境付近にミスクール帝国軍が布陣しているというのに、何も対策しないだと!

確かに、ミスクール帝国側から国境付近の村で疫病が発生したので、その対処に当たる為に帝国軍を動員して疫病の感染拡大を防ぐという知らせは事前に伝えられた。

だから、こちら側としても疫病対策として軍を国境付近に配置して、人の出入りを厳しく制限すればいいのだ!


「軍に疫病が蔓延してしまえば、それこそ一大事であろう」

あの国王は、本気で疫病が発生していると思っているのだ。

そんなものなど、ミスクール帝国がこちら側に侵攻準備をするための口実に過ぎないのだと、何度言っても信じては貰えなかった。

同盟関係など、この前の魔剣騒動の時に破棄されてるも同然!

だから私は、苦労して軍の増強に金を捻出したのだ!

攻め込まれてからでは、何もかも遅いのだぞ!

私は頭をかきむしり、その手で机を叩いた。


「すまん…」

周囲にいる部下達が不安気に私を見つめていたので、少し冷静さを取り戻そうと、天井を見上げて目を瞑った…。

落ち着いてよく考えろ…。

どうすれば軍を国境付近に配置させ、ミスクール帝国軍に備えることが出来るのかを。

国王を説得するのは無理だろう。

では、軍務卿であれば何とかなるか?

軍を動かすだけなら、軍務卿が許可を出すだけでいい。

そうか!軍事演習を目的とすれば、軍の方から軍務卿に申請するだけでいいはずだ。

問題は軍務卿が許可を出すかと言う事だが、こちらは私が何とかしなくてはならないだろう。

先ずは軍を説得し、その後で軍務卿に手を回せばいい。

私はさっそく軍を説得するための資料をまとめ、アンドレアルス第一魔剣軍団長の所へと向かって行った。


私が軍部を訪れても誰も嫌な顔をせず、素直にアンドレアルスの執務室まで通された。

これは、軍の増強に金を出した事もあるだろうが、魔剣からの被害を未然に防いだ事で信頼を得られたのが大きい。

今回も、私の提案を受け入れてくれる事を願いたい。

「財務卿殿、今回はどのような用件でこられたのだ?」

私はアンドレアルスに対して、資料を見せながら説明して行った。

「なるほど、軍としても危惧していた所だが、上からの命令が無いので独自で動けずに困っていた。

そちらの方は財務卿殿が手を打ってくれると?」

「そうだ、申請さえして貰えれば軍務卿はどうにかしよう」

「承知した。ただし、ミスクール帝国軍と戦うにあたって一つだけ懸念がある。

例の魔剣に使われている魔石についてだ。

あれが使用された時の対策が出来ていない。

そちらの情報については、知っている事は無いだろうか?」

「それに関しては、魔剣開発部のガロに対抗策を研究させている所で、まだこちらに上がって来ていない。

だが、急ぐように言っているので、軍事演習に向かう前までには何とか情報を伝えよう」

「頼む、兵士達を化け物にしたくは無いからな」

「私も同じ気持ちだ!」

アンドレアルスと気持ちを一つに出来たと安堵し、私は次の行動に移った。


「軍務卿、ご機嫌いかがでしょうか?」

「むっ、財務卿か…今日は何をしに来た」

私が軍務卿の執務室を訪れると、軍務卿は早く出て行けと言わんばかりの不機嫌な表情を見せていた。

先ずは軍務卿の御機嫌取りから行わないと、話をさせて貰えない状況だ。

私は笑顔で軍務卿に話しかける事にした。


「今日お伺いしたのはご子息の件についてでして、私としても資金を提供した手前気になっておりまして」

「その件では世話になった。息子から感謝されたからの」

軍務卿の表情が一気に緩み、笑顔まで見せていた。

恐らく息子から、頼りになる父親だと言われたりしたのだろう。

しかし、息子の領地の状況が変わった訳では無く、これからも事あるごとに金を無心されるとは思っていないだろう。

余程の事が無い限り、私が今後支援してやるつもりは無いので軍務卿は苦労するはずだ。

それはさておき、機嫌がよくなったので話を勧めようと思う。


「私は最近、軍が軍事演習をするという噂話を耳にしました」

「ふむ、耳が早いな。軍は何を考えてなのか、ミスクール帝国の側での軍事演習を要求してきおった」

「なるほど、軍務卿としてはミスクール帝国を刺激するような事は避けるべきだとお考えですね?」

「無論だ」

「ご慧眼御見それいたします。しかしながら、こうは考えられないでしょうか?

軍としては軍事演習を通じてミスクール帝国に精強さを見せ、共通の敵であるキュロクバーラ王国に備えるためだと」

「ふむ、キュロクバーラ王国の事は懸念しておるが、財務卿はミスクール帝国と協力してキュロクバーラ王国を叩くお考えか?」

「そのような事もありうるかと」

「なるほど、それを見越して今の内に軍事演習を行っておれば、先見の妙があると儂の株も上がると言うものだな」

「はい、その通りでございます」

軍務卿は不気味な笑みを浮かべながら、思案にふけっていた。

これで軍務卿は軍事演習を許可するだろう。

ミスクール帝国が攻め込んできた場合は軍務卿の株を上げてしまう事になるが、わが国が成す術も無く蹂躙されるよりかはましだ。


軍務卿の執務室を後にした私は、そのまま魔剣開発部のガロの所を訪れた。

ガロも軍務卿と同じく、研究の時間を邪魔されて不機嫌そうな態度で現れて来た。

「何の用?」

「例の魔石の対処法についてだ」

「ん、ついて来て」

要件を手短に話すと、ガロは研究室の自室へと私を案内してくれた。

ガロとは無駄話をせず、話す要点をまとめて伝えれば素早く対応してくれると、最近の付き合いで分かって来た。

最近よく訪れているので、私用の椅子も用意してある。

私が椅子に座ると、ガロは机の上にあった紙を手渡して来た。


「それに書いてある通り、魔石から出る煙を避けることが出来れば化け物になる事は無い。

物理的に壁で遮るか、魔法障壁でも化け物になる事は無かった。

それから、人が化け物になった後の体内から強力な魔石が取れた。

恐らく、ミスクール帝国の目的は化け物を作り出す事では無く、この魔石を入手する事だと思う」

「なに!人を使って魔石の生産を行うと言う事なのか!?」

「そう…」

私はガロに教えられた事に驚愕し、言葉を失ってしまった…。

ガロは私の事など気にせず、机の中から魔石を一つ取り出し、手の平に乗せて見せてくれた。

「これがその魔石、通常の魔石より強力」

「触っても害はないのか?」

「大丈夫、魔力を込めすぎても壊れる事は無いし、化け物になる事も無い」

見せられた魔石は直径三センチほどの物で、普通の魔石と同じように思えた。

ただし、普通の魔石は青みがかった色をしているのに対して、この魔石はまるで人の血を吸い込んだような赤い色をしている。

ガロが無害だと言うのを信じない訳では無いが、触りたいとは思わない。


「この魔石は通常の魔石に比べて、魔力の保有量が二倍ほど多い。

そして、この魔石を使って魔剣を作った所、威力が二倍から四倍ほどに跳ね上がった」

「魔剣を作ったのか!?」

「研究の為に必要な事。使う事はしないから安心して」

「あぁ、それならば構わないが…」

人を犠牲にした魔石を使うなど、断じて許される事ではないが…。

ミスクール帝国が使用してくる事を考えると、研究しておかなくてはならないのは理解できる。


「疫病の話があったよね」

「っ!まさかそれの為に?」

「多分そう思う」

ミスクール帝国は魔石を作るために、村を一つ潰したというのか!!

いや、考えられない話ではない。

実際に我が国に魔石を提供して、化け物を作り出そうとしていたのだから。

「つまり、次はその魔石が使われた強力な兵器が使用されると?」

「そう考えて対策を練った方が良いと思う」

「そうか…」

私は更に頭を抱える事になってしまった。

現状の戦力でも、ミスクール帝国に勝てる見込みは薄いというのに、更に強力な兵器を用意されるとは…。

こちらも同じ魔石を作り出す事は可能だが、いくら犯罪者を実験に使っているとはいえ、その事を秘匿して軍に使わせるとなれば、私もミスクール帝国と同じでは無いか!

いくら我が国を守るとはいえ、人道に離れたことは出来ん!


「ガロ、何かいい手はないか?」

「あるけど無い」

「そうだな…」

ガロも同じ気持ちだと知って安堵すると同時に、対応策が無いと絶望した…。

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