第二百七十四話 偵察任務
レオンからの依頼を受け、俺はロゼを抱きかかえて遥か上空を高速で飛行していた。
この高度なら、下から俺達が飛んでいるのを発見されたとしても点にしか見えず、何が飛んでいるのか分からないはずだ。
高度を上げているから、当然空気は薄く気温も氷点下だろうが、事前に障壁で守っていて中に空気も確保済みだ。
空気が無くなる前に、高度を下げて空気の入れ替えをする必要はあるが、その前に到着するくらいの速度は保っているはずだ。
「エルレイ様、こんな景色を見たのは初めてです」
「うん、俺も訓練の時に飛んで以来、ここまで高度を上げた事は無かったな」
眼下には大まかな地形が広がり、遠くには少し丸みを帯びた地平線も見えている。
「ロゼ、高度を上げれば早く飛ぶ事が出来るが、それと同時にかなり危険な行為だ。
今は障壁内部を温めているので寒さは感じないだろうが、外は冬の時期よりも寒いし空気も薄いので呼吸もし辛い。
だから、一人の時は決してここまで上がってはいけない」
「はい、分かりました」
俺が脅したからか、それとも寒かったからだろうか、俺にギュッとしがみついて来た。
そうして貰った方が、俺もロゼの温かさと柔らかさを感じる事が出来て幸せだな。
マティアスに見せて貰った地図を思い返しながら飛行を続け、ミスクール帝国の疫病が発生した村の上空付近へと辿り着いた。
「あの辺りだろうか?」
「ここからでは良く分かりません…」
「そうだな、一気に高度を下げるからしっかりと掴まっていてくれ!」
「はい!」
ロゼがしっかりと俺にしがみついたのを確認し、一気に地上まで急降下して、村と見られる近くにある林の中に下り立った。
大きな木の陰に隠れ周囲を確認して見たが、見える範囲に人影は見えない。
「グール、周囲に誰かいたりするか?」
「マスター、誰もいねーぜ!」
「そうか、誰かいる様ならすぐに知らせてくれ」
「了解したぜ!」
安全が確認できたので、俺は抱きかかえていたロゼを地面に立たせ、懐からグールを取り出し剣になって貰った。
上空から急降下してきたため、帝国軍の配置状況は確認できなかったが、レオンの情報によると帝国軍が村を封鎖しているとの事だったので用心しておかなくてはならない。
「ロゼ、これから村に入って中を調べるが、何時でも飛んで逃げられるようにしていてくれ」
「はい、分かりました」
疫病が残っている可能性があるので、二重に危険な場所ではある。
マスクがあればいいのだがそんな便利な物は無いので、俺は布を二つ取り出して一つをロゼに渡した。
「ロゼ、この布で口と鼻に当てて、直接空気を吸い込まないようにしてくれ」
俺とロゼは、頭巾の内側にマスク代わりの布を入れた。
効果は期待できないだろうが、何もしないよりかはましだろう。
準備が整い、俺はロゼと共に木の陰に隠れながら細心の注意を払って村へと近づいて行った…。
「何か焼けた匂いがします」
「そうだな。疫病を防ぐために村を焼き払ったという話だったから、まだその時の匂いが残っているのだろう」
林を抜け、周囲に人がいない事を確認しながら村に入って行った。
「これは酷いです」
「うん、本当に全部焼き尽くしたという感じだな」
村にある全ての建物は燃やし尽くされていて、燃え残った残骸がそこに建物が建っていた事を示している程度だ。
「グール、魔力反応はあるか?」
「何も残ってねーぜ。ただし、ここで戦闘が行われたのは間違いねーな」
「えっ、戦闘が?」
「ほら、道に引っ掻いた
それと、焼け落ちた建物も良く調べてみると良いぜ!」
グールに言われて気付いたが、確かに土の道には何か引っ掻いたような跡が残っていて、血痕跡も確認できた。
「剣…いや、もっと太い何かだろうか?」
「はい、剣にしては大きすぎます…」
何か強い力で引っ掻いたと言う事以外は分からなかったが、グールが戦闘の痕だと言うのならそうなのかもしれない。
次に、焼け落ちた建物を調べて見たのだが…。
「エルレイ様、これは建物を壊した後に燃やしたものではないでしょうか?」
「そうかも知れないな…木材やテーブルと思われる物の角が綺麗すぎる」
複数件の建物を調べて見たが、どの建物も焼け落ちたのとは違う壊れ方をしているように思えた。
グールが戦闘が行われたと言っていたことを踏まえると、疫病に罹ったが重症化していない村民が抵抗して戦ったのか?
それはあり得ない話では無いだろう。
誰だって死にたくは無いのだからな。
「遺体はどこかで焼却して埋葬したのだろうな」
「はい、焼け落ちた建物に遺体らしきものはありませんでした」
「よし、ここはこれ以上調べても無駄だろう。後は帝国軍の状況を調べて帰る事にしよう」
「はい、分かりました」
俺とロゼは少し浮かび上がり、人目につかない様に注意しながら林の中に入って隠れた。
「上空から調べられれば一番楽なのだが、それは流石に危険だよな…」
「そうですね。あの山に登ってみるのはいかがでしょうか?」
「そうして見よう」
林から森へ、人目につかない様に飛びながら、山に登って行った。
時間はかかったが、何とか人に見つかる事なく山頂へと辿り着いた。
「あれが帝国軍だろうか?」
「多分、そうだと思います」
山頂から見えたのは、平原にいくつもテントが建てられている状況だった。
そこで小さく動いているなにかが見えるが、それが人だと認識出来るには遠すぎる。
両手で四角を作り、その穴から見えるテントの数を数え、全体の大まかな数を数えてみる…。
「テントの数は約八千くらいだな。そこから考えると三万人から四万人と言った所だろうか?」
「さすがエルレイ様、素晴らしい推察です」
適当な数字を言っただけなのに、ロゼに褒められて恥ずかしくなってしまった。
実際に何人いるのかは不明だが、近づいて調べられないので適当でいいだろう…。
あれが帝国軍の全てでは無いだろうし、キュロクバーラ王国側にも睨みを利かせているのだろうから、帝国軍の数はあの倍以上いると見ておいた方が賢明だな。
「調べ終わったし、帰る事にしよう」
「はい、エルレイ様」
「その前に、一応治療しておこう」
俺はロゼと自分を浄化魔法を使って綺麗にし、治癒魔法をかけて病気の治療も行った。
これで病原菌が死んでくれるのかは分からないので、五回くらい念入りに魔法をかけた。
「これでいいだろう」
ロゼと手を繋ぎ、キュロクバーラ王国へと空間転移魔法で帰って来た。
「僕はレオンさんの所に報告に行って来るので、ロゼはルリア達に無事に帰って来た事を伝えてくれ」
「承知しました」
ロゼと別れて、俺は一人でレオンの所にやって来ると、部屋には頼まれた時と同じようにレオンとマティアスが待ち構えていた。
「随分早かったな」
「はい、急いで調べて来ましたので」
「で、どうだった?」
レオンがさっそく聞いて来たので、村の状況と帝国軍の状況を説明した。
「本当に四万人もいたのか?」
「いいえ、遠くから見ただけですので、正確な数は分かりません」
俺の報告に、レオンは納得していない様子だ。
俺自身も、帝国軍の数は適当に数えただけなので自信は全くない。
「マティアス、こちらで調べた数は?」
「親父様、二万人強だという報告でした」
「なるほど、どちらが正しいのか判断できないな…」
レオンの情報では俺の半分くらいなのか…と言うよりそちらで調べられたのなら、俺に危険な真似をさせないで貰いたかった。
「仕方ない!見に行った方が早いな!」
レオンはそう言うと立ち上がり、俺の手を握って来た。
「エルレイ、その山頂に俺とマティアスを連れて行け!」
「えっ!?それは流石に危ないと言いますか…」
俺はマティアスに助けを求めたのだが、マティアスも俺の手をしっかりと握って来た。
「はぁ、行きます」
俺は諦めて、レオンとマティアスを連れて、先程の山頂へと空間転移して来た。
「ここがそうなのだな?」
「はい、遠くに見えるのが帝国軍のテントかと思われます」
「そうか」
レオンとマティアスに、俺が数えた方法を教えて実践して貰った。
「その数え方だと、テントの数が八千くらいになるのは分かりました」
「こんな数え方があったとはな、勉強になったぜ!」
「それで、一つのテントに二人寝泊まりしていると考えれば一万六千人、三人だと二万四千人、四人だと三万二千人、五人だと考えれば四万人となります」
「良く分かったぜ」
「長居しても良い事はありませんので戻ります」
納得してもらったレオンとマティアスを連れて、部屋へと空間転移して戻って来た。
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