第二百七十話 ミスクール帝国
≪プライラス視点≫
私はミスクール帝国、帝国会議議長プライラス・エル・エメロン。
皇帝クリストフ・エルク・ノート・ミスクールは御高齢で、今日明日とも知れぬ命。
実質的に、私が今のミスクール帝国を支配していると言っても過言ではない。
今日は、帝国会議の前に極秘裏に行う会議に出席していた。
会議の参加者は私を含めて三人。
頭が白髪になるほど高齢だが、現役を思わせる隆起した肉体を持ち鋭い眼光で睨みを効かせている、ミスクール帝国軍司令官マクミラン・ロッド。
研究室に籠っているからか、常に目の下にはくまがあり、少し痩せ細っていて不気味な笑みを浮かべている、魔道具研究開発室室長ローレッド・オスマン。
それぞれが円卓の席につき、私が議長となり秘密会議を始めた。
「キュロクバーラ王国がラウニスカ王国を滅ぼした。
キュロクバーラ王国が以前に増して、帝国の脅威になったのは明らかだ!
いずれは叩かねばならぬ相手ではあるが、マクミランの意見を聞きたい!」
私がマクミランに尋ねると、鋭い視線で私を睨んで一言だけ告げて来た。
「皇帝陛下より御命令されれば実行する。それだけだ!」
「しかし、その皇帝陛下からは近年お言葉を頂けない状況が続いている」
「ならば、次期皇帝陛下のお言葉を待つのみ!」
マクミランは、あくまでも皇帝陛下の命令無しでは動かないつもりだ。
帝国軍司令官としては正しいが、あまりにも状況判断が出来ておらず、キュロクバーラ王国の台頭を許す結果となってしまった。
もっと早くキュロクバーラ王国に攻め込んでいれば、ラウニスカ王国を吸収されずに済んだのだ。
いまさら言った所で遅いので、次なる手を考えねばならない。
「ローレッド、例の研究は進んでいるのか?」
「くふふっ、実験の許可を頂けないうちは無理でございます」
「実験の許可には皇帝陛下の許可が必要だから出来ぬ!他の方法では駄目なのか?」
「努力しておりますが、この研究には大量の魔石が必要でございます。くふっ」
「それならば仕方ない」
ローレッドが進めている研究は、人の持つ魔力を大幅に強化し、人を超越した魔人にすると言うものだ。
それはかつての英雄が行っていた研究であり、英雄の研究が魔剣に移行してからは放置されていた研究だ。
近年その研究資料が奇跡的に発見され、ローレッドが研究を続けているが、化け物を作り出しただけに終わっている。
その実験は一度、リースレイア王国に行わさせようとして失敗している。
あれが上手く行っていれば、今頃魔人を誕生させることが出来ていたのかもしれん。
「その研究で本当に魔人が作り出せるのか?単に暴れるだけの化け物では軍に組み込むことは許容できぬぞ!」
マクミランがローレッドを睨みつけながら、真意を見抜こうとしている様子だ。
「くふふっ、何度も申しております通り、何事も実験を重ねねば成果を出すことは不可能でございます。
確かに、現状では理性を失った化け物ではございますが、あと一歩の所まで来ていると自信を持って言えます。くふっ」
「ふんっ、どうだかな!私の目の黒いうちは皇帝陛下の命令無しでは、戦争も実験も許さぬぞ!」
マクミランは、私とローレッドが暴走しないように釘を刺して来た。
しかし、何も動けない状態が続けば続くほど、周辺国が力を付けて来るのも事実だ。
それに、ソートマス王国の英雄の生まれ変わりの動向も気がかりだ。
その魔法使いの脅威は、我が帝国に逃げ延びて来た者達から情報を得ている。
逃げ延びて来た者達の魔法は素晴らしいものではあったが、帝国の魔道兵器に比べれば劣る程度のものだ。
やつらも、魔道兵器への魔力供給を行えるという意味では、貴重な者ではあるがな。
大事にしておけば、ローレッドの実験体にでも使えるだろう。
なんにしても、皇帝陛下のお命次第か…。
秘密会議を終え、各地の代表者が集まる会議へと向かって行った。
それから数日後、皇帝陛下が崩御なされた…。
帝国内は悲しみに包まれているが、アカリエル・ベル城では皇帝陛下の葬儀も執り行われる前から、次期皇帝を誰にするのかと勢力争いが活発だ。
通常であれば、皇帝陛下が生前に次期皇帝を指名しているはずなのだが、今回はそれが無かった。
なので、皇帝陛下の弟テオバルト様が次期皇帝となるのだが、こちらも御高齢であらせられるので息子のアルバーノ様が有力視されている。
私としてもアルバーノ様であれば話安くて助かるのだが、全て葬儀が終わってからの話であって、今は沈黙を保つのが一番だ。
無事に葬儀が執り行われ、テオバルト様は皇帝の座に就く事を辞退為された。
よって、アルバーノ様が次期皇帝の座にお付きになる事が事実上決定し、帝国会議の場で決議が行われる事となった。
誰一人として反対する者などいない。
そう思いつつ会議を開始すると同時に、議場にミスクール帝国軍司令官マクミランが議場を守る衛兵達と共に私の元にやって来た。
司令官と言えども軍人が議場に来る事が異常事態だが、衛兵が付き添っているので誰も抗議する者はいなかった。
マクミランはいつもの鋭い眼光で私を睨みつけつつ、厳重に封印された書簡を手渡して来た。
「皇帝陛下が生前に私に託したものだ。この場で公表しろ!」
「承知した…」
私は封印を解き、書簡の内容に目を通した。
封印は皇帝陛下がお使いになる物であったし、書簡に記されている印も間違いなく皇帝陛下の物だ。
書かれていた内容に動揺したが、表情には出さずに読み上げた。
「ミスクール帝国の未来は、トルメニコ・エルク・ノート・ミスクールに託す」
議場に集まった議員達から、動揺した声が聞こえて来た。
トルメニコ様は皇帝陛下のひ孫にあたり、二十二歳と言う若さだ。
しかし、頭脳明晰である事から有望視されていたのは間違いない。
皇帝陛下が御指名為された書簡が正式な物であることに疑いの余地も無い事から、決議により次期皇帝陛下はトルメニコ様に決定した。
トルメニコ皇帝陛下の帝冠の儀が執り行われ、ミスクール帝国中に若き皇帝陛下が誕生した事が伝えられた。
「皇帝陛下、ご質問はございますでしょうか?」
私は新皇帝陛下に対して、ミスクール帝国内外の情報を分かりやすくお伝えしたのだが、皇帝陛下は私の話を欠伸をしながら聞き流している様子だった。
若き皇帝陛下は、ミスクール帝国の行く末に興味をお持ちでないと落胆した。
しかし、それはそれで私の好きなように出来るので一向にかまわないと、内心喜んだものだった。
「余がそんな事も知らなと思われていたとは、おい、リースレイア王国とキュロクバーラ王国の詳細をまとめた資料を直ちに提出せよ!
それから、英雄の生まれ変わりと呼ばれている者についてもだ!
隠し立てせず、どんな細かい情報でも余に伝えよ!」
「は、はい、急ぎ用意いたします!」
皇帝陛下は私の話を聞かなかったのではなく、聞く必要が無かったのだ!
私は慌てて資料を取りに戻り、部下達に指示を出して、皇帝陛下の下へ私が持っている資料を手あたり次第持って行かせた。
皇帝陛下は膨大な資料に文句を言う事なく目を通し続けて、周囲からお体を気遣うように言われても、ひたすら資料を読み続けた。
そして、膨大な資料に目を通した後、私に様々な指示を出して来た。
「このリストに上げた議員は邪魔になるから始末しろ!」
「恐れながら、この者達は有能ございます。何卒ご再考お願いいたします」
「確かに有能なのは認めよう。ただし、賄賂を受け取り私腹を肥やしている者達だぞ!
帝国の利益には全くならん!」
「承知いたしました」
「それから、例の研究の実験の許可する。速やかに英雄の生まれ変わりに対抗出来る魔人を作り出せ!
軍の増強も急がせろ!
近いうちに、リースレイア王国を叩くぞ!」
「はい、しかしながら、何故同盟国であるリースレイア王国なのでしょう?
戦争を終えたばかりのキュロクバーラ王国の方がよろしいのではないかと、愚考致します」
「はぁ、本当に愚かだな。キュロクバーラ王国を叩くのであれば、隔離地の首都コルビーノを叩かねば意味がない。
今の帝国軍に、そこまで侵攻出来る武力は無いぞ!」
「しょ、承知いたしました!」
皇帝陛下の仰る通り、キュロクバーラ王国の首都コルビーノを潰さなければ、何度でも蘇ってくるのは長い歴史が物語っている。
今の帝国軍に、キュロクバーラ王国が保持しているグリフォンと戦える戦力は無いも等しい。
己の愚かさを指摘されて恥ずかしい思いであると同時に、皇帝陛下に着いて行けば間違いは無いという確証を得た。
議会をまとめ、若き皇帝陛下に楯突く者達を排除し、忠義を尽くして行こうと心に決めた。
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