第二百六十六話 悩めむ二人

≪トラウゴット視点≫

「ぐぬぬぬっ!」

儂はミエリヴァラ・アノス城の執務室で頭を抱えていた…。

国王陛下が、まさかあの小僧に公爵位を授けるとは思いもよらなかった!

これで、全てにおいての勢力図が塗り替えられる事になる!

儂は領地でも負け、城内でも敗北する。

今はまだ金と城内では勝っておるが、それもいつまで続くか分からぬ。

恐らく数年後には、小僧は金でも儂を上回る事は間違いない。

そうなる前に何かしら手を打たねばならぬが、いくら考えても思い浮かんで来ぬ!


「ポメライム公爵様、いかがなさいましたか?」

「いかがもくそもあるか!!」

儂の事を心配して声をかけてくれた役人のまとめ役エグバートに、つい怒鳴りつけてしもうた。

感情が高ぶり過ぎておったようだ。

儂は少し冷めた紅茶を一気に飲み干し、気持を落ち着かせた…。


「すまぬ、冷静さを欠いておった…」

「いいえ、お気持ちは察しております」

エグバートは少しも気にしていない素振りを見せつつ、空になったティーカップに紅茶を注いでくれた。

そして、儂の気持ちが落ち着いた頃合いを見て話しかけて来た。


「ポメライム公爵様、今後の対応に関してですが、いかが致しましょう?」

「どうすればよいのか全く分からぬ。エグバート、儂はどう動けばよい?」

「そうでございますね…。

一番良いのはラノフェリア公爵様と手を組む事ですが、今更それは無理な事でしょう」

「うむ…」

「であれば、アリクレット公爵様にご協力して頂くのがよろしいかと思います」

「はぁ?そんな事が出来れば苦労はせぬ!

儂が使おうと画策しても、ロイジェルクが必ず邪魔しにくる!」

「いいえ、そうはならないかとおもいます」

エグバートはすました顔で、儂の意見を否定して来た。

こやつは頭が良く、その上平気で悪事に手を染める。

また何か悪巧みを考えておるのだろう。

それと、女癖が非常に悪く、儂にまた女を要求して来るはずだ。

エグバートの好みに合う女を見つけて来るのは苦労するが、女一人で小僧を使えるのであれば安い物だ。


「どうすればいいのだ?」

「報酬を期待しても?」

「うむ」

「では、ご説明いたします。

国王陛下は、みなで協力し国力増強に努めよとおっしゃられました。

当然ながら、アリクレット公爵様も含まれます。

ですので、先ずはアリクレット公爵様にポメライム公爵様の領地の街道整備を行って貰いましょう」

「む?つまり、王国の事業として街道整備を行わせると言う事だな?」

「はい、その通りでございます」

「なるほど、それであればロイジェルクの奴も邪魔は出来ず、小僧も拒否する事は出来ぬな!

そうか、それが終わったとしても、今後も儂の思う通り小僧を使って行けると言う事だな!」

「はい、ただし、アリクレット公爵様の勢力が弱い今しか出来ません」

「分かっておる。出来るだけ遅らせる様お前も城内で手を尽くせ!」

「承知しました」

小僧が自分の領地とロイジェルクの領地の街道整備を行ってから、儂の所から徐々に人の流れが減って行っておった。

それを食い止めるためにと、儂の所にも街道整備を行えと言う要望が来ておったのだが、街道整備を簡単に行う事は不可能だ。

そもそも、街道整備は数年から数十年かかる大事業。

それを短期間で終わらせる小僧が異常なのだ!

しかし、小僧にやらせられるのであれば、すぐに終わるであろう。

次の事業を考えねばならぬな!

そうと決まれば、早速動き出さねばならぬ!

ロイジェルクと小僧になぞ、負ける訳にはいかぬのだからな!


≪エルレイ視点≫

俺は執務室で、父と兄さん達に言われた事で頭を悩ませていた…。

いくら考えた所で解決策は見つからず、アドルフを呼んで父達から言われた事を相談してみた。

「難しい問題です…」

「だよな…」

アドルフでも、すぐには解決策を見つけられないみたいだ。

「それぞれの事情も異なる事でしょうし、ヴィヴィス男爵様以外の貴族様方に要望書を提出して頂いてはいかがでしょう?」

「それしか無いと思うが、叶えきれない要望を出されても困るぞ?」

「幸いな事に優秀な方々ばかりですので、その心配は不要かと思われます」

「なるほど、そうしてみるか…」

「はい、それと、一応ネレイト様にもご相談成されてみてはいかがでしょうか?」

「分かった」

アドルフにしては珍しく自信が無いみたいだ。

俺も全く自信が無いので、ネレイトに相談しに行く事にした。


「やぁ、エルレイとユーティアが一緒に来るとは珍しいね!」

前回のが相当堪えたみたいで、今回ルリアは来ずにユーティアがついて来てくれた。

ネレイトもユーティアが来たのならと、気を使って人払いをしてくれた。

今は一緒に連れて来たエルミーヌが、俺達に飲み物を用意してくれている所だ。

エルミーヌが紅茶を出してくれるのを待って、これまでの経緯をネレイトに説明した。


「なるほどね。エルレイに質問だけれど、難民問題が起こっている際に協力を申し込んで来た貴族はいたのかな?」

「父と兄以外はいませんでした」

「そっか、絶好の機会を逃すとはね。

うーん、優秀な者ばかり送ったつもりだったが、案外そうではなかったのかな…」

ネレイトは少し困った表情を見せながら、悩み始めていた。

確かに、俺の領地に来た貴族は優秀だと言う話だったが、若い者たちばかりだったのでネレイトが望むような優秀さを発揮するには時間がかかるんじゃないかな?


「それは、僕が父と兄の協力を断ったからかも知れません」

「それはあるかも知れないけれど、領民を増やせる機会を自ら逃すようでは駄目だよね」

「結果的には増える事になりますが、相当苦労する事になりますよ?」

実際、ヴィヴィス男爵は相当苦労している。

難民が押し寄せて来た時は勿論の事、今は受け入れた難民から仕事の要望を聞い入れてくれている。

当分休む暇はないだろう。

幾ら領民が増えるとは言え、そんな苦労は俺でも遠慮したいと思う。


「苦労はするだろうけれど、領民を増やし収入を上げる事によって出世は早くなるよね。

ルノフェノは好機ととらえて、借金までして難民を受け入れたと言うのにね」

「えっ、あれはロイジェルクさんが支援してくれたのでは?」

「お金は出したけれど、全部ルノフェノの借金だよ。

父上は息子には厳しいからね」

「なるほど…」

ラノフェリア公爵は娘には甘いからな…ネレイトはユーティアを見ながら苦笑いをしていた。


「そうか!多分エルレイの影響だね!」

「僕の影響とは?」

「エルレイが街道整備を行い、闘技場を作り、今回難民を受け入れる為の施設を作ったからだね。

だから、待っていればエルレイがどうにかしてくれると思ったんじゃないかな?」

「なるほど…」

「これは一度きちんと締めた方が良いね」

ネレイトは再び考え始めていた…。

確かに俺が何でもしてしまっているから、それを期待してしまう気持ちも分からないでもない。

でも、自分の領地くらいは自分で発展させて貰わなくては困るな…。


「どんな理由であれ、不満が出て来るのは面白くないよね」

「はい…」

「そこで、パーティーを開いて分からせてあげればいい!」

「パーティーですか?」

「うん、エルレイの領地にいる貴族を全員集めて、ヴィヴィス男爵の活躍を褒めてあげるのさ!

皆も苦労をして頑張れば褒めて貰えるのだとね!」

「えーっと、頑張った人を褒めるのは分かるのですが、それって余計に不満を募らせませんか?」

「そうだね。だから、不満を取り除くための女性をこちらで用意しよう!」

「女性ですか?」

「うん、エルレイが使用人候補を見つけてくれと要望していたよね」

「はい」

「その候補者をパーティーに参加させて、気に入った者がいれば貴族の妻にしてあげればいい。

それとは別に、ヴィヴィス男爵には褒美として伯爵家の令嬢を用意してあげよう!」

「いいんですか?」

「うん、その代わり、ヴィヴィス男爵が気に入らなければ、エルレイの所で使用人として働かせてやって欲しい」

「伯爵家の令嬢がそれでいいと言うのであれば…」

「大丈夫だよ。ユーティア、そうだよね?」

「はい、ネレイト兄様」

なるほど、ユーティアの紹介によるものなのか。

ユーティアには以前、アンジェリカの結婚相手を探して貰った事があるし、安心してヴィヴィス男爵に紹介できるな。


「後は、要望書の提出と、それに伴う領地の将来展望書を事前に提出させた方が良いね!

エルレイがそれを確認して、発展できる要望だと思えば、パーティーで発表してから実行してあげれば良いと思うよ」

仕事が増える事になってしまったが、実行可能な要望だけ選別できるのはありがたい。

「それなら、要望書が良かった者にだけ女性を紹介した方が良いでしょうか?」

「そうだね。そこはエルレイの判断に任せるよ」

「分かりました。ネレイト兄さん、ありがとうございました」

ネレイトに感謝を告げ、ユーティア、エルミーヌと共に帰宅して来た。

まだ解決したわけでは無いが、悩みが解消された事は大きいな。

ほっと一息つき、これ以上問題が増えない事を女神クローリスに願わずにはいられなかった…。

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