第二百六十五話 妊娠と教育

「やっと帰って来れた…」

「流石に疲れたわ…」

俺とルリアは王族達への挨拶を終えて、夕方近くにリアネ城へと帰ってくることが出来た。

ルリアも疲労困憊ひろうこんぱいの様子だ。

これを毎月一度はやらないといけないとはな…。

ルリアが後宮を吹き飛ばしたいと思う気持ちも非常に分かる…。

あんな上辺だけの笑顔を一日中張り付けて、相手の内面を探っていくような会話のやり取りは、もう二度と勘弁願いたい。

今日はネレイトが殆ど俺の代わりにやってくれたから助かったが、ネレイトが手助けしてくれなくなったらと思うとぞっとする…。

「エルレイも、そのうち慣れるよ」

ネレイトはそう言っていたが、俺とルリアは一生慣れそうにない。

「私はもう二度と行かないから、今度はリリーかユーティア姉さんを連れて行って頂戴」

「う、うん…」

ヘルミーネを連れて行くのが一番良いのだけれど、ヘルミーネは絶対に嫌だと言うだろうからな。

無理に連れて行く事はしたくないから、ルリアの言う通り、リリーかユーティアに頼む事にしようと思う。


「エルレイ様、公爵位就任おめでとうございます」

「うん、ありがとう!」

アドルフや他の使用人達から次々と祝意を伝えられたが、お城での出来事があったばかりなので素直に喜べないでいた。

でも、使用人達には素直に感謝を伝える事が出来たと思う。

彼らの支えがあって、俺が公爵位を拝命される事になったのだからな。


「エルレイさん、おめでとうございます!」

「リリー、ありがとう!」

リリー達からは抱擁で祝って貰えた。

その事だけで、今日の疲れを忘れ去ることが出来るような気持なるのは非常にありがたかった。

そして、この幸せを維持していくためには、面倒な事でも頑張って行かなくてはならないとも思った。


公爵になったが、リアネ城での日常は変わる事は無い。

仕事と訓練をして過ごす、穏やかな日々が続いて行く。

そんな穏やかな日々だったのに、執務室の俺の机の前に、神妙な面持ちでアドルフとカリナが立っていた。

二人が並んで俺の前に立つのは珍しい事ではないが、二人の表情から良くない事が起きたのだと想像できる。

俺は覚悟を決めて、何があったのかと二人に問いただした。


「「エルレイ様、大変申し訳ございませんでした!」」

いきなり二人に頭を下げられて困惑してしまったが、気持ちを落ち着けて話を聞いた。

「奥様方お付きのシンシアが妊娠しました」

「えっ!それはとてもおめでたい事じゃないか!何故謝る必要があるのだ?」

シンシアは最近太ったと気にしていたが、妊娠していたとはな。

子供が出来た事は非常に喜ばしい事で、お祝いをしなくてはならないな!

「エルレイ様の領内もまだ落ち着いていない状況ですので、妊娠は控えるように厳命しておりました。

それと、シンシア以外にも二名の妊娠が発覚致しました。

エルレイ様にご迷惑をおかけする事になってしまい、誠に申し訳ございません!」

二人はまた頭を下げて謝罪して来た。

そうか…。

俺の為に、妊娠しない様に気遣ってくれていたのか。

それは悪い事をしたと思い、二人に頭を上げるように言った。


「アドルフ、カリナ、俺の為に妊娠しない様に気遣っていてくれた事には感謝を伝える。

しかし、これからはそんな気遣いは無用だ。

妊娠したシンシア達を咎めるような事は決してするなよ!

分かったな!」

「「…はい、承知しました」」

二人は一瞬顔を見合わせながら、何とか了承してくれた。

「それから、妊娠したシンシア達を祝いたいと思うが、派手にやりすぎると気を使わせてしまう事になるだろう。

どの様に祝えばいいか、二人も一緒に考えてくれ!」

「「はい」」

三人で相談した結果、食事と花を贈る事に決まった。


「さて、祝いはそれでいいとして、今後は妊娠し子供を産む者も増えて来るだろう。

育児を受け持つ人を雇わないといけないな。

それから、教育を教える者も必要になるだろう」

「はい…」

「育児はリアネ城内で行うとして、教育は外で行う事にしようと思うがどうだろう?」

「外でとは、エルレイ様の仰っている意味が分かりかねます…」

「そうだな、今孤児院でも教育を行っているよな。

それを孤児院から分けて、教育だけをする場所を作ろうと思う。

そうすれば、効率的に基本的な教育を行うことが出来るだろう。

勿論、子供が将来的に使用人になるのであれば、専門の教育を別に受けさせる必要があるだろう。

しかし、基本的な部分はどの道に進むにしても同じはずだから、纏めた方が効率は良いのではないか?」

「確かにそうですが…」

「まぁ、俺の子供が出来たらそこに通わせることにすればいいし、何なら貴族達の子供も受け入れてもいいはずだ。

屋敷はいくらでも余っているのだからな」

二人は俺の提案を受け、顔を見合わせて目で相談をしているみたいだ…。

この世界には学校と言う物が存在しない。

俺もそうだったように、貴族は自宅に家庭教師を招いたり、使用人に教育を任せたりする。

基礎学習を教える場所を作れば、子供を通わせる貴族も出て来るかも知れないからな。


「それから、剣術を教える場所も作れたらいいな。

武闘大会も定期的に開催できそうだし、剣術を習いたい者も出て来るだろう。

とは言え、先立つ物が無いので急ぐ必要はない。

先ずは、育児を受け持つ人を雇い入れるか、新しく使用人を雇うのが先だな。

その後、お金に余裕が出てきた段階で、教育の場を作っていく事にしたいと思う」

「畏まりました。早急に草案を纏めたいと思います」

「うん、よろしく頼む」

難民問題が解決し、俺の公爵就任でまた忙しくなった時期に申し訳ないとは思うが、子供が産まれてから対応しては遅すぎるからな。

育児に関しては両親が行うのが理想だが、アドルフやカリナなど、重要な仕事に就いている者に育児休暇を与えるとなると大変な事になりそうだ…。

俺が頑張ってどうにかなるものでもないから、子供が産まれる前に育児を受け持ってくれる人を雇わなくてはならない。


俺が公爵になってから五日後、両親、マデラン兄さん夫妻、ヴァルト兄さん夫妻がお祝いに駆けつけて来てくれた。

「エルレイ、おめでとう!」

「父上、ありがとうございます。ですが、言ってくれれば迎えに行ったのですけど…」

「なに、エルレイが街道整備してくれたおかげで一日もかからないし、祝いに来たのにエルレイを使う訳にはいかないからな」

「それに、公爵様呼びつけるのは気が引ける」

「そうだぞ!しかし、大人しくて可愛かったエルレイが公爵とは、いまだに信じられないな!」

「僕も同じ気持ちです」

マデラン兄さんは遠慮して俺の頭を撫でなかったが、ヴァルト兄さんは今まで通り俺の頭を力強く撫でてくれたのは嬉しかった。


その日の夕食時、父達にエンリーカ達を紹介した。

「キュロクバーラ王国王女、エンリーカ・フィル・キュロクバーラですわ」

「エレオノラ・フィル・キュロクバーラだよ!」

「リディア」

「ミディア」

「「フィル・キュロクバーラ」」

「四人の王女を頂いて来るとは…」

父達も流石に驚いていた。

あまり気にしては無かったが、エンリーカ達も王女なんだよな。

レオンが国王と言うより、一騎当千の武士!って感じだったから、エンリーカ達も王女とは認識していなかった。

戦場でも先頭に立っていたし、俺の持つ国王のイメージとはかけ離れていたからな。

でも、エンリーカ達も両親達とはすぐに打ち解けていたし、甥のロルフと姪のアンジェルを抱いて可愛がってくれていた。

レオンの家族が多かったから、赤ん坊をあやすのもすごく慣れている感じだった。

ちなみに俺が抱くと大声で泣かれてしまい、またロルフとアンジェルを可愛がることが出来なくて落ち込んでしまった…。


翌日、俺は父、マデラン兄さん、ヴァルト兄さんに大事な話があると言われて、四人で話し合う事となった。

「エルレイ、難民問題を無事解決したのは見事だった!」

「はい、皆が協力してくれたおかげです」

「それは非常に良かったのだが、エルレイがヴィヴィス男爵領で難民を受け入れた事で問題が起きている」

「問題ですか?」

「今はまだ表立って文句を言って来る貴族はいないが、エルレイがヴィヴィス男爵を贔屓した事で、他の貴族から不満の声が上がって来ている」

「難民問題に対応しただけで、贔屓した覚えは無いのですが…」

「まぁ、俺もそう思うが、事実としてヴィヴィス男爵領だけが発展してしまった。

公平を保つため、他の貴族領にも何かしら施しを行わないと、他の公爵、具体的にはポメライム公爵に取られてしまう事になるぞ!」

「あー、そう…ですね…」

確かにポメライム公爵なら、お金にものを言わせて俺の傘下の貴族を奪いに来るだろう。

「出来るだけ早く、何かしてあげる事を伝えた方が良いだろう」

「分かりました。今すぐには思いつかないですが、何とかしたいと思います」

「頼んだぞ!」

三人の言う事はもっともだ。

難民の受け入れ先を分散していれば…いや、それでも全ての貴族領に分散する事は不可能だし、難民達も纏まっていた方が安心するだろう。

過ぎた事だし、今更考えても仕方が無い。

それより、ヴィヴィス男爵領と同じとは行かないまでも、他の貴族領にも繁栄させる事をやらないといけないだろう。

公爵になっただけでも頭が痛いのに、更に頭の痛い問題を抱える事になってしまった…。

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