第二百五十八話 嫁選び その一

「エンリーカですわ!」

「エレオノラだよ!」

「リディア」

「ミディア」

残ってくれた四人が俺に名前を教えてくれたのだが、あまり乗り気では無いみたいだ。

エンリーカは腕組みをして横を向いているし、エレオノラは俺より身長が高いせいか見下されている様な感じがする。

リディアとミディアは双子の様でそっくりだが、名前を言った後は二人ともエンリーカの後ろに隠れてしまった。

とにかく、俺はこの四人の中から婚約者を一人選ばないといけないのは間違いない。

双子を引き離すのは良くないと思うので、エンリーカとエレオノラのどちらかになるだろう。

話し合いをし、納得して貰った方を選ぶ事にしようと思う。

でもその前に…。


「天井裏にいる人、出て来て貰えませんか?

覗かれているのは好きではありませんので…」

俺は最初から天井裏にいた者に声を掛けた。

キュロクバーラ王国に来てからと言うもの、天井裏には常に気を使っていて、この広間に来た時から数人を確認していた。

レオンが退出し、レオンの妻と娘達が大勢出て行った事で他の者は移動していき、今俺が確認できているのは一人だけになっていた。

天井の板が一枚音も無く動いたかと思うと、スッとエンリーカ達の後ろに黒ずくめの人が天井裏から飛び降りて来た。

そして、俺の前へとやって来て片膝を付き頭を下げた。


「お客様失礼しました。私は御屋形様より護衛の任を承っており、お客様を害するつもりは一切ございません。

このまま護衛を続けさせていただく事、何卒ご容赦くださいませ」

「うん、隠れていなければ問題ない」

俺が許可を出すと、黒ずくめの人は俺の方を向いたまま、音もたてずにエンリーカ達の後ろに下がって行った。

服装から何まで忍者だな…。

顔も布で覆われていて目しか見えないが、声からして女性…くのいちだ。

この世界では、忍術の代わりに魔法を使ったりするのだろうか?

それとも、英雄が忍術まで伝えたのか?

かなり興味が湧いてきたが、今はエンリーカ達と話すのが先だな。

そのエンリーカ達は、俺がくのいちに気付いた事に驚愕していた。

まぁ、俺も魔力を感じることが出来なければ、気付く事は無かっただろうから無理も無い。


「ミリアの存在に気付くとは、なかなかやりますわね!」

「そうだね!僕、ちょっと興味が出て来た!エンちゃん、試してもいいよね?」

「えぇ、親父様も好きにしていいと仰っていましたわ」

エンリーカとエレオノラの間で話し合いが終わり、エレオノラが一歩俺の前に出て来た。


「確か…エルレイだった…よね?」

「うん」

「じゃぁ、レイちゃんだね!レイちゃん、僕と勝負しよう!レイちゃんが勝てば僕がお嫁さんになってあげるよ!」

「あ、うん…」

レイちゃん…女の子っぽいけれど、訂正しても聞いてくれなさそうだし、何より、そんな暇はなさそうだ。

くのいちがエレオノラに何処から用意したのか、刀を手渡していた。

エレオノラは受け取った刀を帯に差し、エンリーカ、リディア、ミディアの三人は即座に離れて行っていた。


「レイちゃんは抜かないの?」

「うん、室内だし、剣は抜かなくてもいいかな?」

「ふ~ん、自信があるんだ?」

「いいや、自信はないけど…」

「まっ、どっちでもいいや!どうせ勝つのは僕なんだからね!」

エレオノラはそう言うと、右足を前に出して、抜刀術の構えを取った!

「リゼ、危ないから下がっていてくれ!」

「旦那様、分かりました…」

リゼは渋々後ろに下がって行ってくれて、エレオノラもそれを待っていてくれる…。

レオンの時もそうだったが、勝負は一瞬で決まる。

リゼが下がったのを確認し、俺とエレオノラはじわじわと間合いを詰めていく…。

あと少しで、エレオノラの間合いに入る!


「やぁっ!」

エレオノラの掛け声とともに、横一線に刀が薙ぎ払われた!

俺も気合を入れて一歩踏み込み、エレオノラとの間合いを一気に詰めた!

俺の脇腹に刀で斬られた激しい痛みが走るが、俺の手刀はエレオノラの首筋と捕らえることに成功していた!

「僕の勝ちでいいかな?」

「そうだね!鍔元ではこれ以上斬れないから僕の負けだね!

でも、痛くないの?」

「痛いけれど、これくらい魔法ですぐ治療できるからね」

「へぇ~凄いね!」

エレオノラが刀を引くと同時に、俺は治癒魔法で傷口を治療した。

軍服は切れてしまったが、綺麗な畳を血で汚さなくて済んでよかったと思う…。

ともあれ、エレオノラに勝ったことで俺の婚約者は決まった。


「次は私の番ですわ!」

「エンちゃん、僕の仇を取ってよね!」

婚約者が決まったと思ったのだが、何故かエレオノラに代わってエンリーカが前に出て来た…。

「エルさんは将棋をご存じですか?」

「い、いや、知らないけれど…」

「そうですか、ではまずルールからご説明いたしますわ」

エンリーカが俺の前に正座すると、くのいちが足の付いた分厚い将棋盤と駒の入った箱を持ってきて置いた。

俺も将棋盤の前に座り、エンリーカから駒の説明を受けた後、問答無用に勝負が始まった…。

将棋自体は知っているが、殆ど遊んだ事は無かった。

だから、俺が勝てるはずも無く、為す術も無く負けてしまった…。

「私の勝ちですわ!」

「流石エンちゃんだね!」

エンリーカは勝ち誇り、エレオノラは仇を取ってくれたとはしゃいでいた…。

でも、エンリーカに負けたので、エンリーカが俺の婚約者になる事は無くなったな。


「次は、リーちゃんとミーちゃんの出番だよ!」

エレオノラが、少し離れた所にいたリディアとミディアを俺の前に連れ出して来た。

勝負する必要があるのかは分からないが、二人とも勝負しないと終わりそうにないのは間違いない。

俺の前に来て、少しおどおどしている二人から勝負内容を言われるのをじっと待った。

「鬼ごっこ?」

「かくれんぼ?」

二人は首をかしげながら、俺に選べと言っているみたいだ…。

どちらも遊びであって勝負では無いとは思うが、前の二人よりかは楽な勝負だな…。

「この広間でやるなら鬼ごっこかな?」

「鬼はエルちゃん?」

「鬼はレイちゃん?」

「あーうん、鬼は僕がやるよ」

二人で俺の名前を分割しないで欲しいと思いつつ、俺が鬼をやる事になった。

広間から出ないというルールなので、簡単に捕まえることが出来るだろう。

そう思って鬼ごっこを始めたのだが…。


「はぁ、はぁ、はぁ…もう無理…」

「リーちゃんとミーちゃんの勝ちぃ!」

俺は畳の上に大の字になって倒れこんだ…。

リディアとミディアの足の速さは、異常としか言いようがなかった…。

リゼが能力を使ってやっと追いつけるかどうか、と言った感じでは無いのだろうか?

それほど早かった…。

実際にリゼが能力を使えば、あっさり捕まえられるとは思うが、能力を使わずあの足の速さは反則に近い。

あの速度で攻撃されたらと思うと、寒気がしてくる…。

確か、縮地と言う移動方法があったよな?

くのいちも、リディアとミディアの様に素早く動けるのだと思っておいた方がよさそうだ。

まぁ、レオンのいるこの国と敵対するつもりは全く無いので、俺が狙われる事は無いとは思うが、用心しておく必要はあるのかもしれない…。


「旦那様、大丈夫でしょうか?」

「うん、大丈夫。息切れしただけだから、もう少し休めば起き上がれるよ…」

リゼが倒れた俺を心配そうにのぞき込んで来たが、まだ動けそうにない…。

しばらく休んでから、リゼに手を引っ張って貰って起き上がった。

四人と勝負し、俺が勝ったのはエレオノラだけだ。

不甲斐ない結果となってしまったが、一人になった事は結果的に都合がいいな。

エレオノラさえよければ、俺の婚約者として来て貰おうと思う。

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