第二百五十一話 夫婦旅行
「旦那様、旦那様、旦那様…」
「リゼ、どうした?」
「間違えないように練習をしています」
「なるほど…」
リゼは幸せそうな表情を浮かべながら、何度も旦那様と俺に呼び掛けてくれていた。
俺も旦那様と呼ばれるたびに、嬉しくて表情が緩んでいるのが分かる…。
ここが上空で他の誰にも見られていないからいいが、地上に下り立つ前に俺も呼び慣れる様にしておかなくてはならないな…。
「予想よりグリフォンの飛ぶ速度が速いな」
「はい、ですが旦那様よりは遅いと思います」
「まぁそうだな…」
グリフォンの飛ぶ速度は、俺が普段リゼを抱えて飛ぶ速度よりは遅いが、普通の飛行魔法の倍以上の速度は出ている。
リゼは俺の飛ぶ速度に慣れているので、遅いと感じてしまうのだろう。
だが、グリフォンは飛び立つ時以外、翼をあまり動かしていないから魔法で飛んでいるのではないかと思う。
五頭のグリフォンの魔力量は個体差で多少違いはあるが、概ねルリアと同じくらいあるので、普通の魔法使いと比べるとかなりの魔力量を保有している事になる。
グリフォンが攻撃魔法を使えるのであれば、相当な戦力となるのは間違いないだろう。
そうなれば、俺は必要ない事になるのではないか?
いいや、協力を求めて来たのはキュロクバーラ王国だし、ソートマス王国としても俺を無料で貸し出した訳ではないだろうからな。
何にしても、向こうにつけばわかる事だろう。
何度か人気のない山頂などで休憩し、目的地だと思う山の盆地の上空に到着したのは、日暮れが間近に迫って来ていた頃だった。
「こんな山奥に集落があるのですね…」
「そうだな…それにあの見慣れない建物は…」
瓦の屋根だよな…。
マティアスが乗ったグリフォンが集落の中心にある空地に降り立ったので、俺も続いて下りて行った。
マティアスはグリフォンから飛び降りて、俺の所まで走って来た。
「本当にここまでついて来られるとは、正直思っていませんでした…」
「あーうん、結構大変でした…」
マティアスは驚いていると言うよりは、感心しているな。
長時間リゼを抱えて飛んで来たのは大変だったが、俺にとっては幸せな時間だったので疲労は感じていない。
魔力もそこまで使っていないし、すぐにでも戦いに赴く事は可能だ。
でも、グリフォンの方がかなり疲れている様子だから、戦いは明日以降になる事だろう。
グリフォン用だと思われる大きな厩舎が幾つも建っていて、マティアス達を運んで飛んで来た五頭は厩舎の中に連れて行かれていた。
あの厩舎内にグリフォンがいるのだとしたら、かなりの数になるのだろう…。
「エルレイさん、着いて来て下さい」
「はい」
俺とリゼはマティアスの後に続いて集落を道を歩き、突き当りにあった大きな木造の屋敷の中に案内されて行った。
「マティアス様、お帰りなさいませ」
「ただいま」
マティアスを出迎えたのは、和服に白いエプロンみたいなのを着た女性だ。
日本旅館で見た女中さんを思い出すな…。
マティアスも袴姿だったし、屋敷も日本風だった。
これも、英雄クロームウェルが伝えた日本文化なのだろうな…。
「エルレイさん、今日はゆっくりと休んで、明日からの戦争に備えてください」
「分かりました」
「アルベット、こちらがソートマス王国から協力に来てくれた、エルレイさんとリゼさんです。
一日中飛んで疲れているだろうから、お風呂と食事を用意してあげてくれないか」
「マティアス様、承知しました。
お客様、お部屋へとご案内いたしますので、靴を脱いでお上がりください」
「うん、お願いします」
家に上がるのに靴を脱ぐ習慣を懐かしく思う…。
磨き上げられ、廊下に灯されたランプの光をよく反射している木の廊下を歩いていると、外には日本庭園が見られた。
戦争を手伝いに来たのに、日本旅館に泊まりに来た気がして来たな…。
「こちらの部屋をお使いください」
「ありがとう」
アルベットが
俺は感動を覚えたが、リゼは初めて見る和室に戸惑いを見せていた…。
『マスター、上に誰かいるぜ!』
室内に入ろうとした所で、グールが珍しく俺に念話で注意して来たので、俺も上を見た…。
和室の木製の天井には何もいなかったが、魔力を確認すると人らしき者が天井の上にいるのを確認できた。
リゼが気付いて無いと言う事は、殺意は無いのだろう…。
しかし、誰かが上にいると分かっている部屋には入って行きたくはないな…。
そう思っていると、天井の上にいる者が音も無く去っていくのが分かった。
俺はリリーの様に遠くの魔力を見ることは出来ないので、天井から離れて行った時点で見失ってしまった。
「いかがなされましたか?」
「いや、何でもない。部屋の美しさに見とれていただけです。リゼ入ろう」
「はい、旦那様」
俺は注意しながら、リゼと部屋の中に入って行った。
屋根裏に誰か戻ってくる気配は今の所ないが、注意しておいた方が良さそうだ。
アルベットが、部屋の案内をしてくれた。
八畳の部屋が左右二つあり、左の部屋が寝室になるみたいだ。
寝室の奥には縁側があり、そこから続く通路の先には露天風呂があると言う事だ。
「お食事の準備に時間がかかりますので、先にお風呂にお入りくださいませ」
「分かった、ありがとう」
アルベットは案内が終わると部屋から出て行ってくれた。
「リゼ、せっかくだから風呂に入ろうか」
「はい、旦那様!」
脱衣所で服を脱ぎ、俺が先に扉を開けて露天風呂に入って行った。
「これは凄い!」
見事な岩風呂があり、ランプの光で庭が綺麗に照らされていた。
早く入りたいが、体を先に洗わないとな…。
「お待たせしました」
リゼが入って来たので、体を洗って貰おうとしたのだが…。
「リゼ、なぜ裸なんだ!?」
リゼの美しい裸体に、思わず魅入ってしまった…。
「夫婦なのですから、裸になるのが当然です」
「あーまぁーそーだな…」
先程の事もあるし、夫婦として不自然の無いように振舞った方が良いだろう。
これは仕方のない事なのだ!うん、仕方がない!
誰かがリゼの裸を覗き見しているのを発見したら、絶対に許さないけどな!
リゼに体を洗って貰い、夫婦だからと俺もリゼの体を洗ってあげた…。
「気持ちがいいな…」
「そうですね…ですが、私達は戦争をしに来たのですよね?」
「うん…明日からこき使われるかもしれないので、ゆっくり過ごすとしよう」
「はい…」
リゼと露天風呂浸かり…そこから見える景色を眺めながら、普段より時間をかけてお湯に浸かっていた…。
露天風呂が気持ちよかったし、リゼの美しい裸も見ていたかったからな…。
お風呂から上がると、脱衣所には浴衣が用意されていた。
「旦那様、これを着なくてはならないのですか?」
「折角用意してくれているのだし、着た方がいいのだろう」
「分かりました」
俺とリゼは、少し苦労しながら浴衣を着こんで部屋に戻ると、
俺とリゼは横に並んで座椅子に座ると、女中さん達が料理を運び込んで来てくれた。
「お箸は使えますでしょうか?」
「いいえ、使えませんが、使えるようになりたいので教えて貰えませんか?」
「はい、承知しました」
いい機会だし、箸の使い方を教えて貰おうと思う。
俺は箸を使えると思うが、かなり使っていなかったから自信は無い。
リゼは初めての経験で、多分上手く食べられないかも知れないが、俺が手伝ってやればいい事だな。
リゼと二人で箸の使い方を教えて貰いながら、普段より時間はかかったがリゼと楽しく食事が出来たと思う。
食事を終えて、リゼと食事の感想を話しながらまったり過ごしていると、お布団の準備が出来たと女中が知らせてくれた。
「旦那様、変わったベッドなのですね」
「そうだな…」
リゼにしてみれば、畳の上に布団が敷かれているのは、かなり違和感を覚えたに違いない。
俺は懐かしい布団に感動しつつも、知らない振りをし続けた。
俺とリゼは布団に入って、いつものように手を繋いで眠りにつく事にした…。
「旦那様、誰もいないので逆に落ち着きません…」
「いつも寝る前は、皆で今日あった出来事を話をしているからな…」
いつもよりリゼを近くに感じるが、ルリア達がいない寂しさと言うのも感じられる…。
リゼも二人きりだからと言って、積極的になってきたりはしない。
これがアルティナ姉さんだったら、容赦なく抱き付いて来ていたんだろうな…。
俺としても、リゼともっと親密になりたかったが、留守番を頼んだルリア達の事を想うと踏み出せない…。
何かあればグールが知らせてくれるだろうし、大人しく寝る事にした…。
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