第二百四十話 ホルフィーナ その六
≪ホルフィーナ視点≫
王女に復帰した翌日、私はナタリアに連れられてお店へとやって来ていました。
ナタリアが事前に話をしていたのでしょう。
店員はナタリアの顔を見ると、すぐに私とナタリアを奥の部屋へと案内してくれました。
「ようこそいらっしゃいました」
奥の部屋で私達を出迎えてくれた方は、シャトニーヴェル城に来られていた商人でした。
私も服を作る際に何度かお会いしていましたので、よく覚えております。
商人の方も私を覚えていらっしゃるみたいでしたが、服やドレスを用意して下さった後は、何も言わずに部屋を出て行かれました。
商人が出て行くと代わりに女性たちが入って来て、私に服を着せながら気になる箇所を私に聞いては直ぐに補正してくれました。
「ホルフィーナお嬢様、本日はどれになさいますか?」
「そうですね…」
ナタリアもメイド服に着替えていて、なんだかシャトニーヴェル城に戻ったような感じがしました。
私はその時と同じように、並べられているドレスの前を行ったり来たりしながら選びました。
「今日は赤の気分です」
「畏まりました」
この後何処に行くのかは知らされてませんが、髪を綺麗に梳かして貰い、化粧をしてから、私が選んだ赤色のドレスを着せてもらいました。
「良くお似合いです」
「ありがとう」
姿見に移る姿は、シャトニーヴェル城にいた頃の私でした。
農作業で少し日焼けした肌も、化粧で綺麗になっています。
私は綺麗にしてくださった皆さんに感謝を伝えて、私とナタリアはお店を出る事にしました。
お店を出ると、執事服を着たドナートが出迎えてくれて、私のそのままドナートが用意した馬車に乗り込みました。
そこで私は、ドナートに行先を
「シャトニーヴェル城でございます。今はリアネ城と言うそうです」
「そうですか…もしかして、私の結婚相手と言うのは…」
「それは違います!」
「そうでしたか…」
住む方が代わったのですから、シャトニーヴェル城と言う名前が変わるのも仕方ありません。
少しだけ寂しい気持ちにはなりましたが、私もこれからはリアネ城と呼ぶことにします。
それと、私の結婚相手が領主では無かったことには安心しました。
領主は闘技場で見ましたが、私より年下の様でしたし、何よりお父様の仇でもあります!
仇と言いましたが、お父様は戦争に行かれて亡くなったのですから、恨んでいる訳ではありません。
ですが、その様な方と結婚するのは許される事ではないでしょう。
「ホルフィーナお嬢様、これからお会いする領主様に気に入られない様に、
「傲慢ですか…あまり自信はありませんが、要はお母様のように振舞えばよろしいのですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「それと、リアネ城に向かうのは理解しましたが、私は警備の者に捕まったりしないのですか?」
「その心配はございません。私が調べた限りでは、警備をしている者の殆どがアイロス王国軍に所属している者達でした。
それに、隊長のトリステンとは何度か話をしたことがございます」
「トリステンの名は私も聞いたことがあります。確か…逃げのトリステンでしたか?」
「はい、ですが、その名前は口に出さないようお願いいたします」
「分かっています」
逃げのトリステンの名は、貴族間で無能な軍団長として噂されていました。
実際は違うのだとお父様から教えて頂いていましたし、たまたま覚えていた名前だと言う事で、彼の事を悪く言うつもりはありません。
彼を見かけた事はありますが、話した事はありませんでした。
お父様から聞いた話ですと、真面目で仲間思いだと言う事でしたし、ドナートも彼の人となりを知っていて私を捕まえる事は無いと思っているのでしょう。
元より、私はドナートの事を信じておりますので、何も心配する必要はありません。
「最後に大変申し訳ないのですが、ホルフィーナお嬢様のお名前を変えなくてはならないかもしれません。
今は亡き国王陛下より授かった大切なお名前を変えると言う事が、どのような事なのかは理解しております。
しかしながら…」
「ドナート、いいのです。それが必要な事なのは私も理解できます。
そうですね…先々代王妃様のアルフィーナなら私と一文字しか違いませんのでいかがでしょう?」
「はい、大変よろしいかと存じます」
「では、名前を変える必要がある場合には、アルフィーナと名乗る事に致しましょう」
名前を変えると言うのは、今までの私が死んだも同然の事です。
ですが、私は一度死んでドナートとナタリアの娘になったのですから、名前を変える事に抵抗はありません。
ここまでの流れから、ドナートが私をソートマス王国の貴族と結婚させようとしているのは理解しました。
私の結婚相手がどの方になるにせよ、正妻になる事は不可能でしょう…。
私は酷い扱いを受けるかも知れませんが、ドナートとナタリアを安心させる為に、どんな事になろうとも笑顔を絶やさぬようにしようと決意しました。
私達を乗せた馬車はリアネ城に向かっておりましたが、途中で警備隊の人達に止められてしまい、別の場所に連れて行かれました。
一瞬捕まってしまうのかと思いましたが、そうはならずに、丁寧な対応で私達を部屋へと案内してくださいました。
そして、そこで領主の到着を待ち、やって来た領主と対話する事となりました。
私はお母様を思い出しつつ演技をしたので、領主には良い印象を持たれる事は無かったと思います。
私達はリアネ城案内され、部屋を与えられました。
「部屋の外には出ない様にしてください」
領主はそれだけ言って部屋を出て行かれました。
思わぬ形で戻って来たシャトニーヴェル城でしたが、あのころの面影は一つも残されておらず、リアネ城に変わってしまったのだと実感させられました…。
私はそれから三日間、部屋に監禁された状態で過ごす事になりました。
ですが、部屋から出られないだけで以前と同じ…いいえ、それ以上に快適に過ごす事が出来ました。
気を使って下さった事には、使用人を通じて感謝申し上げました。
そして三日後に、私は領主の魔法で結婚相手のお屋敷に連れて行って貰いました…。
一瞬で風景が変わってしまった事には驚愕し、言葉を失ってしまいました。
ドナートとナタリアも動揺を隠せないみたいでしたが、ここは私の結婚相手がいるお屋敷の前です。
気持ちを落ち着かせて、笑顔を見せなくてはなりません。
ドナートとナタリアも、私と同じように気持ちを切り替えてくれたみたいです。
私達はお屋敷の中に案内されて行きました、
お屋敷の中はとても落ち着いた感じで、かなり好感を持てます。
私の結婚相手も落ち着いた方でしたらいいのですが…。
期待を胸に、結婚相手が待つ部屋へと入って行きました。
「初めまして、私はマデラン・フォン・アリクレットです。
こちらは妻のセシルと長男のロルフです」
「お初にお目にかかります。私はアルフィーナと申します。
お会いできまして光栄に思います」
挨拶を交わした後は、マデラン夫妻と私の三人のみで話をする事となりました。
マデランさんの印象は、とても優しい方でした。
セシルさんの印象もお優しい感じでしたが、目は私の事を厳しく観察しておりました。
マデランさんに対して悪意が無いか確認していらっしゃるのでしょう。
私がセシルさんの立場だとしても、同じことをすると思います。
ですので、私は笑顔を崩さずセシルさんに敵意が無い事を示し続けました。
「あなた、アルフィーナさんと二人だけで話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「分かった、私は席を外していよう」
マデランさんは退出して行き、部屋には私とセシルさんだけが残されました。
ここからは、女の戦いが始まるのです。
いいえ、戦ってはいけません。
私がセシルさんの味方だと示さなければなりません。
私も結婚を目の前に控えていた時期もありましたので、この様な事態を想定した教育を受けております。
立場は逆になってしまいましたが…。
まずは、私の立ち位置を明確に示す必要があるでしょう。
「セシル様、私はアルフィーナ、地位も何も持たない、ただのアルフィーナです。
それは、私が死ぬまで変わらない事をお約束いたします。
仮に子供が出来たとしても、過去の事を子供に話したりは致しません」
「それを聞いて安心しました…」
セシルさんは、私の話を聞いて表情をやわらげてくださいました。
ですが油断せず、もう一押しする必要があるでしょう。
「セシル様、マデラン様は領主様の兄だと教わりました。
であれば、今後多くの妻を娶られる事が予想されます。
私は、セシル様の味方であり続ける事をお約束いたします」
「はぁ、貴方はとても聡明なのですね…」
「いいえ、私はその様な教育を受けて来ただけです」
何も出来ず、死ぬことを待っていた私が聡明なはずはありません…。
セシルさんは大きなため息を吐くと、真剣な表情をなさって心情を語ってくれました。
「夫は、貴方…いいえ、アルフィーナの事を気に入られたと思います。
私の気持ちを素直に申し上げると、アルフィーナを受け入れたくはありません。
夫との間に長男が生まれたばかりで、毎日が幸せに包まれています。
ですが、アルフィーナが言った通り、多くの結婚話が寄せられて来ているのも事実です。
私は元々、子爵家の三女でした。
結婚話のお相手は侯爵家や子爵家が殆どで、私の地位は下の方になってしまいます…。
アルフィーナが私の味方になってくれると言うのであれば、非常に心強く思います。
信じても…よろしいのでしょうか?」
「はい、誓う物は失ってしまいましたが、お約束いたします」
「アルフィーナ、これからよろしくお願いします」
「セシル様…」
「セシルで構いませんよ」
「セシル、よろしくお願いします」
私とセシルに認めて貰い、マデランさんとの結婚が決まりました。
「「アルフィーナお嬢様、おめでとうございます」」
「ドナートとナタリアのお陰です。ありがとうございます」
結婚が纏まった後、私は個室を与えて頂き、そこでドナートとナタリアに祝福して頂きました。
三人共涙を流してしまい、酷い顔になってしまいましたが、二人を安心させてあげる事が出来て本当に良かったと思います。
これからは、私がこのお屋敷で幸せに暮らし、二人に心配かけないよう努力して行かなくてはなりません。
その為には、マデランさんとセシルを陰ながら支えていく必要があるでしょう。
今夜は初夜です…。
私も幸せになる為に、マデランさんと愛し合える様になりたいと思います…。
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