第二百三十九話 ホルフィーナ その五

私は受付の人が教えてくれた通りの道をたどって、女性用の宿泊施設へとやってきました。

「ここに泊まれると聞いてやってきたのですが?」

「はい、木札を見せて頂けますか?」

私は受付で受け取った木札を見せると、七号室と書かれた部屋の鍵を手渡されました。

「部屋は二人部屋となっていて、もう既に同室の方は先に入っておりますので、ベッドは話し合って決めてください。

武器はそちらの部屋に用意しておりますので、ご自由にお選びください」

「ありがとうございます」


先ずは部屋に行って、扉に鍵を差し込み開けようとしましたが、扉が開きませんでした…。

今住んでいる家で鍵を使用しておりますので慣れているはずでしたが、扉が開かず暫く困ってしまいました…。

まさか、部屋に入る事も出来ないなんて思ってもいませんでした…。

ガチャリ。

部屋の中から音が聞こえ、扉が勢いよく開きました。

「痛い!」

私は扉の前にいましたので、開いた扉に額を打ち付けてしまいました…。

「あら、ごめんよ!」

私は額を両手で押さえてうずくまっていると、頭上から声を掛けられました。

私は額をさすりながら立ち上がると、ふくよかな女性が申し訳なさそうな表情を浮かべていました。

「あんたが同居人かい?」

「はい、七号室になっています」

「そうかい、あたしは右のベッドを使ってるから左のベッドを使っておくれ」

「はい、分かりました」

ふくよかな女性は、私が部屋の中に入ると左のベッドを使う様にと言って下さいました。

私は持って来た荷物をベッドの上に置き、挨拶をする事にしました。


「私はホルフィーナと申します。短い間ですがよろしくお願いします」

「あたしはリット。よろしく」

リットは私に手を差し伸べてくれましたので、私も手を出して握手を交わしました。

「早速だけど、一緒に訓練をしないかい?」

リットが訓練に誘ってくれましたので私は喜んで承諾し、リットと一緒に武器を選んで外にある訓練場へとやってきました。


「まだそれほど多くは無いね」

「はい、向こうの場所が空いています」

「そこでやろう」

私はリットと軽く手合わせをしました…。

「あんた強いね!」

「いえ、リットさんこそお強いです」

リットと手合わせをした感じでは、十分強いと感じました。

ただ、お互い本気を出していませんでしたので、闘技場で戦えばどうなるかは分からないと言った所でしょう。

リットと訓練を続けていますと、他の人にも声を掛けられ、手合わせする事になりました。

数名と手合わせをしましたが、リット以上に強いと感じる人はいませんでした。

訓練を終えて、リットと共に宿泊施設に戻り、お風呂に入りました。

お風呂と言っても桶にお湯が入れてあるだけですが、これまでの生活でも似たような感じでしたので戸惑う事はありません。

体を綺麗にした後は、食事をしに食堂に行きました。

リットは既に席について食事をしておりましたので、私もリットの隣に座りました。

「あんた、食事は自分で取って来ないといけないよ」

「そうなのですね」

リットは親切に食事の取り方を教えて下さり、私は食事が置いている場所に行き、食べる分だけの食事を取って参りました。

予選が始まるまでの間、リットは私に様々な事を教えてくださいました。

同室になった方がリットで本当に助かりましたが、一人ではまだ何も出来ないのだと実感しました…。


予選が始まりました。

リットの話によると、予選では五試合戦い四勝すれば本選に行けると言う事でした。

本選に出れば賞金を頂けるので、何としても本選には残りたいので頑張らなくてはなりません。

私は順調に勝って行きましたが、ナイフ使いの人に惜しくも敗れてしまいました。

ですが、その他の人には勝つ事が出来ましたので、本選の出場権を得ました。

本選での対戦相手を決めるくじ引きが行われ、私の相手は五戦全勝で上がって来た方でした。

ですが、負けるつもりはありませんので、頑張って勝利を得ようと思います!


…残念ながら、一回戦で敗退する事になってしまいました。

全力を出して負けたのですから、悔いはありません。

少ないですが賞金を頂けたました。

この賞金は、今まで苦労を掛け続けたドナートとナタリアの為に使おうと最初から決めていました。


「リットさん、今日までお世話になりました」

「明後日まで使えるのに、もう帰るのかい?」

「はい、家族を待たせておりますので」

「そうかい、じゃまたな」

リットと別れて、私は闘技場の外へと向かって行きました。

闘技場の入り口では、私の予想通りドナートとナタリアが待っていてくださいました。


「お爺様、お婆様、お待たせしました」

ドナートとナタリアとの再会を喜び合い、闘技場が用意して下さった馬車に乗り込み街へと帰りました。

その日の夕食は、二人が私の健闘を称えてくださって、少しだけ豪華な夕食となりました。

一回戦で敗北したのに申し訳なかったのですが、二人は本選に出場できたことを本当に喜んでくださっていました。

その日は遅くまで闘技場での出来事を話し、二人は感心しながら聞いてくれました。


翌日、闘技場では男性部門の本選が行われておりますが、私達は街で買い物をしておりました。

男性部門の戦いを見たくないと言う事ではありませんが、ドナートとナタリアに早く贈り物をしたかったのです。

三人で商店を回りながら、二人に何を贈ればいいのかを考えていました。

私が頂いた賞金は小金貨一枚ですので、何でも買えると言うものではありません。

慎重に選び、二人には新しい服と靴を贈る事に決めました!

シャトニーヴェル城から逃げ出して以降、二人が新しい服と靴を買っていた記憶はありません。

私には、新しい服と靴を用意してくれましたのに…。

「ホルフィーナ、ありがとうございます…」

「ホルフィーナ、私達は本当に幸せです…」

二人は涙を流して喜んでくれましたし、私も思わず涙を流してしまいました…。

私は二人の娘になって本当に良かったと改めて思い、これからも二人の為に頑張って行こうと決意しました。


買い物を終えて宿屋に戻ると、二人が真剣な表情で大切な話があると言って来ました。

私達はテーブルの席につき、私は二人の話を聞く事にしました。


「ホルフィーナが私達の娘になってくれてから今日まで、とても幸せな日々でした。

この幸せな日々が永遠と続いて行ければ、どんなに良かった事でしょう…。

ですが、私とナタリアは年老いており、今日明日とも知れない命です。

ホルフィーナ、私達が元気なうちに結婚してくれないでしょうか?」

「えっ…」

ドナートの突然の申し出に戸惑ってしまいました…。

ドナートとナタリアとの幸せな生活が何時までも続く事が無いのは理解しております。

それに、結婚と言われましても…お相手はおりませんし、今の私と結婚して下さる殿方なんているはずもありません…。

ですので、どの様に返事したらいいのか迷ってしまいます…。

「ホルフィーナに相応しいお相手を見つけますので、心配しなくてもいいのですよ」

ナタリアが私の心情を察して声をかけてくれました。

二人が認めた相手であれば、私も安心して結婚出来ます。


「分かりました。ドナートとナタリアの言う通り結婚する事にします」

「「ありがとうございます」」

話しはこれで終わりかと思ったのですが、まだ続きがあったみたいです。

「ホルフィーナ、この時を持ちまして私達の娘では無くなり、ホルフィーナ王女様に戻って頂きます」

「そ、それはどういう事ですか!?」

「言葉の通りでございます。私とナタリアは再びホルフィーナ王女様の使用人となり、命尽きる時までお支えしていく事を誓います」

ドナートとナタリアは席を立ち、恭しく一礼していました…。

その光景は見慣れていた物でしたが、二人が遠くに行ってしまったような寂しさを感じずにはいられませんでした…。

私はドナートとナタリアの娘でずっといたかった…。

その気持ちは、これからずっと変わる事は無いでしょう。

ですが、私が我儘を言って二人を困らせる様な事はしたくはありません…。

二人を安心させるためにも、王女に戻る事を決意しました。


「アイロス王国第七王女ホルフィーナ・フォーレ・アイロスは、王家に繋がる血を絶やさぬために復帰します!」

「「おめでとうございます!」」

狭い宿屋の部屋での宣言でしたが、アイロス王国の王女として恥ずかしくない宣言だったと思います。

今更、アイロス王国を取り戻そうという考えは私にはありませんし、王族の血筋を残さなくてはという使命感もありません。

ドナートとナタリアを安心させたいがために言った言葉です。

私を王女に戻した事で、ドナートとナタリアがどの様な事を考えているのかは分かりませんが、二人に任せておけば何も心配する事は無いと言う事だけは分かっております。

私は今まで通り、二人の言う通りに行動する事にしました。

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